2003年11月28日

白川 浩道
4つの懸念



 株式市場の潮目は変わったのであろうか。現下の投資家の最大の関心は、11月入り後に日本株投資スタンスを消極化させた外人が、年明け以降、再び戻ってきてくれるのかどうか、であろう。こうした観点から、以下では、外人投資家(株式投資家)の動向を左右すると考えられる4つの材料について点検してみたい。

1.デフレ脱却論

 4−6月期のGDP統計が公表され、実質成長率が前期比プラス1%となった際、海外投資家の間では、日本経済における需給ギャップの大幅な縮小が期待された。日本の潜在成長率が1%強であるとの認識を持っている投資家にとって、2%を上回る経済成長が視野に入ったことは、マクロでみた物価下落圧力の大幅な低下を連想させた。折しも、消費者物価指数の前年比マイナス幅が縮小していたことから、投資家の間でデフレ脱却論が支持を集めた。
しかし、そうした投資家の見方は修正を余儀なくされている。日本のGDPデフレータには極めて大きな下方バイアスが存在し、その結果、実質GDP成長率は日本経済の実力から乖離してかなり高目に推計されているという、エコノミストの解釈が急速に台頭したからである。仮に実質GDP成長率が2%を大きく上回っても、需給ギャップの縮小を望むことはほとんど不可能であることが、市場参加者の共通認識となりつつある。さらに、消費者物価の前年比マイナス幅の縮小に関しても、それが特殊要因、季節要因によるものであり、一過性のものに過ぎないとの理解が進んだ。実際、10月の全国の消費者物価(コア、前年比)は0.1%とプラス化したが、外人が「デフレの終焉」として評価する可能性は小さい。
なお、デフレータや消費者物価のバイアスに関しては、日銀を中心とした政策当局のキャンペーンが大きな効果を持った。日本経済のデフレ脱却など当面あり得ない、といった当局のコメントは、外人投資家にかなり浸透した。債券市場がゼロ金利解除に神経質になることを恐れた日銀等の行動は、市場参加者のマインドを既にかなり冷やしており、デフレ脱却期待の盛り上がりはもう期待できない。

2.銀行に優しい政策

 第2には、日本の銀行行政である。海外投資家は、大手行等への予防的な公的資金注入によって不良債権処理を加速させるとともに、経済の安定化を図るといった対銀行政策を前向きに評価してきた。加えて言えば、希薄化効果を超えた株主責任は問わないという政府の姿勢にも好意的であった。海外投資家は、銀行部門におけるガバナンスの変化(公的管理への移行)ではなく、金融・企業再生を最優先させた、いわば現実的な安定化路線を支持してきたのである。
しかし、衆院選を経て、こうしたシナリオの継続性をやや疑問視する見方が出てきた。政策当局が、再び、ガバナンスと企業整理(企業再生ではなく)を重視し始めたのではないか、という危惧である。特に、金融庁の検査姿勢が、私的整理に関する精査の面を中心に、再び厳格なものになっているのではないかとの見方が出てきている。さらに、金融相が、政府によるガバナンスの強化に積極的になっているといった観測もある。これらによって、銀行行政の転換による信用リスクの再拡大が意識され始めている。
現実には、新法の制定による「予防的な公的資金注入」が進展する気配をみせており、銀行行政が反対方向に舵を切る可能性はかなり低い。それでも、海外投資家の間では、「銀行行政の転換なし」を見極めたいという動きが広まってくる可能性が高い。
なお、別の観点から、海外投資家にとって1つのマイナス材料が提供されつつある。それは、大手地銀を主たるターゲットとした、予防的公的資金注入の枠組み作りが進展した場合、日銀による積極的なリフレ政策実施の確率が低下する嫌味がある、ということである。横並び的な公的資金注入を回避し、積極的なリフレ策によって株価を上昇させることで金融再生を図る、といったシナリオが海外投資家にとってはベストである。予防的公的資金注入論の進展はこうしたシナリオの根底を揺るがす。予防注入論が前進し、日銀の政策にもう一段の積極化がみられなければ、海外投資家のマインドは後退するだろう。

3.米国の財政赤字ファイナンスに対する懸念

 日本の当局による膨大な為替市場介入については、円高を阻止することに効果を発揮したというより、米国の財政赤字のファイナンスを助け、世界的な長期金利上昇のリスクを抑えこんできた、との評価がこれまでのところ一般的である。また、投資家の一部には、日本のドル買い・円売り介入による米国国債市場への資金供給が、海外からの日本株投資を促進したとの見方もあった。これは為替市場介入が一種のポートフォリオ・リバランス効果をもたらしたという評価である。
しかし、こうした投資家の期待に変化が生じてきた。為替介入資金が先細ってきたことや日本を取り巻く地政学的なリスクが高まっていることもあって、日本の当局の為替介入姿勢が徐々に積極性を欠くのではないか、という心配である。地政学的リスクに関しては、日本の介入資金が米国の財政赤字、すなわち、戦費やテロ対策費をファイナンスしているという見方が強まっていることが背景にある。
日本による米国財政赤字ファイナンスが後退すれば、世界的な悪い長期金利上昇のリスクが高まる可能性が高い。世界的に株価への下押しを招くリスクがあるということである。ブッシュ・小泉ラインが、依然と同様に強固、磐石なものであるのか、日本政府、日銀が為替介入資金の手当てを前向きに行うのか、海外投資家は強い関心を持っている。

4.世界的な金融引き締め観測

 11月6日、イギリスが0.25%の利上げに踏み切った。物価と成長率の両面で利上げの環境が整った結果である。他方、日米と大陸欧州については、財デフレの常態化といった問題を抱えており、この問題の解決に目処がつかない限り、3極の中央銀行当局が金融引き締めに転じることは当面困難なはずである。
しかし、現実には、投資家の間で、イギリスでの利上げが世界的な連鎖的な利上げをもたらすリスクが嫌気されている。それは、日米、EU圏の実質政策金利(政策金利マイナス消費者物価<コア>前年比)がゼロ%の近傍にあり、2003年後半における3極経済の実質成長率(3%強)と比べて十分に低いからである。先進国の景気回復の持続性には疑問を持っているにせよ、米欧の金融政策運営が、今後も、株式市場にとって十分に支援的であるかどうか、懐疑的な見方が広がってきたのも事実である。
この点に関しては、11月の米国地区連銀報告に注目しなくてはならない。そこでは、まず、労働市場に関する表現が変化した。今月の表現は、「Labour markets across the nation generally improved or remained stable, with several districts noting a slowing in layoffs.」となった。ヘッドラインからslack(需給悪化状態)という表現が消えたのである。ちなみに、10月の報告では「Most districts continue to describe labour markets as slack.」、9月の報告では、「Labour markets remain slack across the nation.」となっていた。大きな変化である。もう1つの注目点は、商品価格の上昇に対する記述がさらに一歩踏み込んだものになったことである。商品価格の上昇に関しては、先月までに既に指摘されてはいたが、今月は、米国FEDの懸念が示唆される表現となった(Increases in some commodity prices were noted.)。さらに興味深いことは、先月までは、川下の最終財価格に動意がないということが強調されていたが、今月は最終財価格に関するコメントが記述されておらず、あえて判断を避けた格好になっている。
米国では、最終物価、特にFEDが最も注目しているとされているコアの消費デフレータは依然として前年比1.3%であり、物価目標(2%)を下回っている。その一方で、米国経済では、7−9月期の実質成長率が年率8%成長となったことで、需給ギャップが急激に縮小している。FEDが物価の実績に重きを置けば、利上げは当面見送られることになるが、一方で、FEDが需給ギャップの縮小、すなわち、将来のインフレ圧力を重視すれば、利上げは比較的容易に射程に入る。91−92年のリセッション後、FEDは94年1−3月期に利上げをした(2月初と3月下旬に0.25%ずつ)。このときは、消費デフレータが2.1%と2%を上回っていたが、トレンドとしては弱含む状況にあった。FEDは足元の物価動向ではなく、需給ギャップの縮小に配慮したのである。
今回も、足元の高い成長率、労働市場の改善、商品価格の上昇といった要因を総合的に判断すれば、FEDが早期に予防的な利上げに踏み込む可能性がないわけではない。先物市場予想(来年4−5月)よりも早い「1−3月期」に小幅の利上げが行われるリスクが徐々に認識される可能性がある。

 以上、4つの要素はすべて、海外投資家が日本株投資に対して後ろ向きになる材料を提供することになる。無論、合理化努力による日本企業の収益力の改善や循環的な景気回復期待など、プラス材料も失われてはいない。企業決算やマクロ経済指標の改善傾向が投資家のマインドを支える状況に当面変わりはないだろう。マクロ経済指標面では、10−12月期は7−9月期に比べ、明るさが増す可能性が高い。個人消費の回復傾向の鮮明化、機械受注のリバウンド、米国向け輸出の回復、などが、その代表的なものである。

 しかし、楽観は禁物である。政策当局は、デフレ脱却に対するコミットメントを再確認する必要がある。特に、日銀が思考停止状態になることは望ましくない。また、安易な予防的公的資金注入の議論を推進すべきではないだろう。資産デフレ脱却による景気回復を目指すべきである。

以 上
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