2004年01月15日

白川 浩道
2004年展望



ポイント

  1. 日本経済は、輸出と鉱工業生産の回復の下で、80年代末の資産バブル崩壊後3度目となる設備投資の循環的な回復局面にある。短期的には、大企業製造業を中心とした企業収益の大幅な回復によって、景気が予想よりも上振れる可能性がある。

  2. しかし、内需の持続的かつ自律的な回復を期待するのは時期尚早であろう。財政及び金融政策面でのサポートがない状態においては、過剰生産能力の問題が今後も当面は継続するものと予想され、足元の景気回復は循環的な性質のものに止まると考えられる。2004年度の実質GDP成長率の2%達成は困難であり、現状では、1%すれすれを予想している。

  3. 従って、依然として、外需(=世界景気)の循環が、日本の景気循環を決定づける最も重要な要因であることに変わりはない。世界経済は、2004年全体としては力強い成長になるものの、年後半には、米国と中国の景気が減速するものと予想している。ひとたび、外需が減速し始めれば、国内景気の循環的な回復もピークアウトすることになろう。

  4. 政府は、ここ数週間、当初予想していた以上の明確な姿勢で、長期的な財政引締めにコミットし始めており、個人消費が大きくスローダウンするリスクがある。

  5. 他方で、企業設備投資に関しては、非製造業におけるIT投資が循環的な回復局面に入るものとみられ、その動向次第では、設備投資の拡大が想定以上に大きなものとなる可能性がある。


3度面の循環的回復

日本経済は80年代末の資産バブル崩壊後3度目となる設備投資の循環的な回復を謳歌している。その追い風となったのは、輸出と鉱工業生産の回復である。輸出は、日系企業の最終需要財・生産拠点としての地位が高まっている、中国やアジア諸国向けに好調である。
輸出が回復する中、鉱工業生産も拡大してきた。鉱工業生産の拡大は1999〜2000年と同様にハイテク部門が牽引役となっている。ただ、今回のハイテク部門のリード役は、国際競争力が高まったデジタル家電及び半導体製造装置等の関連部品業種である。1999〜2000年のITブームとは異なり、今回の循環では、情報通信やパソコン関連業種の生産はあまり増えていない。また、非ハイテク部門における生産の回復は全体的にみて緩やかなものに止まっている。
このように、足元の日本経済の回復は、主に、世界需要の回復とハイテク家電分野における日本企業の競争力向上によってもたらされている。短期的には、大企業製造業を中心とした企業収益の大幅な回復によって、景気が予想以上に上振れる可能性もないとはいえない。しかし、残念ながら、今回の回復も、これまでと同様、本格的な内需の回復にはつながっておらず、力強い回復が起こっているとは言えない。
たとえば、設備投資が回復しているにせよ、その中心は、外需拡大の恩恵を最も享受している大企業製造業であり、中小企業や非製造業への広がりはみられていない。また、経済全体に占める製造業のプレゼンスが縮小してきたことを反映し、輸出の回復が個人部門にもたらすインパクトは過去の循環的な回復局面に比べてより限定的なものに止まっている。事実、個人消費の昨年後半のパフォーマンスは予想以上に弱いものとなった。


需給ギャップは依然大きい

日本経済の最大の問題は、依然として、大きな需給ギャップが残存していることである。今年前半まで循環的な需要の回復が継続したにせよ、需給ギャップ(GDPギャップ)の縮小が、前回の回復局面に比べて目立って進展することは予想できない。我々の推計では、GDPギャップは、なお3%を上回っている。
経済における過剰生産能力の存在は、日銀短観における、生産・営業設備判断DI及び雇用人員判断DIの改善が、依然として小幅なものに止まっていることからも確認される。製造業は、長引く需要の低迷を受けて、ここ数年生産設備を積極的に圧縮してきており、過剰生産設備に対する懸念が幾分薄れているが、非製造業における、設備と雇用に対する「過剰感」はほとんど変化しておらず、憂慮される。


デフレの解消を望むのは早い

今後の物価動向を左右する主な要因は、需給(GDP)ギャップ、為替レート、公的医療制度等の制度変更である。結論としては、今年中に消費者物価(CPI)がプラスに転じる可能性は極めて低い。第一に、上で述べた通り、マクロ経済全体、特に、国内非製造業において大きな需給ギャップが依然として存在しているためである。これが、全国ベースでみた不動産価格底打ちの足かせとなり、サービス価格に下押し圧力を加え続けるものとみられる。第二に、ここ1-2年の円高が、早晩、すでに下落し始めている輸入消費財の価格を一段と押し下げ、国内で生産される消費財の価格も押し下げるものと予想される。輸入消費財価格の低下が、国内生産される消費財の価格下落効果として出尽くすには、18〜24ヵ月かかるものと推定されため、CPIは2006年初まで下押し圧力を受け続ける可能性が高い。
最後に、2003年にCPIを押し上げた複数の特殊要因が、4月から徐々に剥落すると予想される。特殊要因とは、医療費負担の増大、たばこ税・酒税の引き上げ、コメ類の値上がりなどである。


賃金下落圧力が再び高まる?

ここで懸念されるのは、CPIの軟調を受けて、賃金への下押し圧力が再び高まる可能性があることである。物価が緩やかな下落基調を続ければ、企業の名目売上高(特に非製造業)が持続的に回復する可能性は小さい。企業の売上高が再び減少を始めれば、たとえそれが大幅なものでなくとも、物価と賃金のスパイラル的下落が再開する可能性が高い。日本企業はここ3〜4年間、債務を大幅に圧縮してきた。しかし、売上高との関連でみた債務水準の正常化には、なお一層のバランスシート調整が必要である。債務圧縮のペースは、名目売上高がどのように推移するかにかかっており、名目売上高が再び減少すれば、企業は経営合理化を再度加速させねばならない。その際、人件費の削減が再加速することが予想される。現状では、予見可能な将来において、物価と賃金のスパイラル的下落が終息する可能性が大きく遠のいたと思われる。


景気刺激的な政策必要?

脆弱な景気には継続的な政策サポートが必要であるが、現実には期待できない 大幅な需給ギャップが存続する下で、日本経済はなお脆弱である。こうした状況で、内需の持続的かつ自律的な回復を見込むのは時期尚早であろう。したがって、日本経済は、なお、財政・金融政策両面での強力なサポートを必要としていると言わざるをえない。しかし、現実の財政・金融政策運営は景気サポート力を弱める方向にある。政策当局は、本格的とは言えないまでも、自らの政策の正常化を優先させるように窺われる。これについては、次号で詳しく論じる。


やはり外需次第

当然の帰結として、外需の循環が、依然として、日本の景気循環を左右する最大の要因となっている。世界経済は2004年通年では力強い成長を達成するものと予想されるが、年後半には、米国と中国の経済が減速するというのが当社の見方である。ひとたび、外需が鈍化し始めれば、足元の循環的な回復はピークアウトするであろう。
年央以降に予想される景気減速の深さは、金額ベースでみた輸出がどの程度落ち込むか(この意味では、円高の度合いが重要になる)と、政策運営にかかっている。仮に、(1)財務省・日銀の為替市場介入が継続することで1ドル=100円の水準で円高に歯止めがかかり、(2)地方銀行への再度の公的資金注入により銀行システムが一段と安定化し、(3)財務省が再度本格的な財政引締め策を先送りする、という3つの条件が揃えば、景気減速は小幅なものにとどまるであろう。今年の実質GDP成長率については、暦年ベースで1%強、年度ベースでは1.0%を予想する。


リスクは?

こうした経済見通しにはどのようなリスクがあるだろうか。政府は、ここ数週間、我々が従来予想していた以上の明確な姿勢で、長期的な財政引締めにコミットし始めている。この結果、個人消費の先行き見通しにダウンサイド・リスクが生じている。我々の推計によれば、2004年度の財政引締め効果はGDPの0.8〜0.9%にも上るとみられ、特に、歳出サイドについては予想していたよりも大規模の引き締めが実現する可能性が高い。
もっとも、より重要なのは、政策当局が、年金制度改革を議論する過程で、向こう数年間における増税実施に踏み込んだことである。緊縮的な財政運営に対する政府の強硬なスタンスが、消費者心理に悪影響を及ぼす可能性が懸念される。
他方、企業設備投資に関しては、非製造業における情報通信関連投資(IT投資)が力強く回復する可能性がある。同IT投資の伸びは4年サイクルを描く傾向があり、そうであるとすれば、関連する機械受注は年央には上向き始めよう。ただし、個人消費の先行きを警戒する必要が生じていることから、現状では、通信、金融、小売・卸売業のIT投資が盛り上がる公算は低く、製造業の循環的な投資ピークアウトを相殺する力はないと思われる。そうは言っても、特に、通信業の業況が年央に向けて大きく改善するようであれば、IT投資が、予想を上回る回復をみせる可能性がある。


改革には期待できない

サプライサイドの改革が進展すれば、中期的に日本の経済活動を下支えする。市場では、小泉首相の改革路線に対する楽観論が残っているが、個人的には、近い将来における構造改革の目立った進展は望めないと考えている。
第一に、公的年金制度改革は事実上先送りされた。政府が進展させたのは、年金給付の安定財源確保を目指した増税論議であり、制度改革論議ではない。こうした状況では、現役世代が、その退職後の生活展望に前向きになることはないだろう。
第二に、歳出サイドの改革は、抵抗勢力の反対にあって、遅々としたペースでしか進まないであろう。特殊法人や地方政府向けの無駄な支出や補助金は今後も続くものと予想する。
また、企業及び銀行改革についても年内は大きな進展は見込まれまい。政府は、いわゆる「ゾンビ企業」を整理するのではなく、延命させることに主眼を置いている。新法下での地銀向け公的資金注入が実施された後には、不良借入先に対する債権放棄が拡大する可能性が高い。


産業構造改革は進展せず、労働生産性も改善しまい

このため、経済全体、特に非製造業における過剰設備の縮小は期待できず、また、日本の産業構造にもほとんど変化が生じないであろう。日本経済における労働生産性はこの2年間に約1.6〜1.7%(年率)上昇した。しかし、この上昇分のほとんどは、生産性が約15%上昇した製造業の寄与によるものである。通信業の生産性は1999年〜2001年には著しく改善したが、直近2年間はほぼ横ばいである。国内非製造業の生産性は、この10年間ほとんど改善しておらず、建設業の生産性は低下の一途を辿っている。これは、銀行が不良債権の最終処理に依然手間取っているためであると思われる。こうした状況が変わらない中で、全産業ベースでの労働生産性が改善することも予想しづらい。日本経済に本気で強気になるのはまだ早い。

以 上
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