2004年01月30日

白川 浩道
円相場はG7会合後90円台へ



 今年の国際金融市場における最大の焦点は、ドル安是正に向けた国際政策協調が行われるどうか、である。 以下に述べるように、短期的にみた場合、日本経済を含めた世界経済にとっては、緩やかなドル安が継続することの方が望ましい。 ドル相場が上昇に転じた場合には、世界の流動性が縮小し、流動性に支えられてきた世界景気も後退局面に入るであろう。 ドル安是正か否かは、今年の世界景気を占う上で極めて重要なのである。


 ドル安是正の方向性は大雑把に言って2つある。 すなわち、米国主導型の是正と日欧主導型の是正である。 前者は、米国が、金融・財政政策の引き締め転換を行うことで内需拡大を抑制し、対外経常赤字の縮小を図ろうとするものである。 いわば、米国のマクロ経済政策の正常化・健全化による、縮小均衡型のドル安是正である。 後者は、日・欧が積極財政政策に転じることで内需を拡大させ、対外経常黒字の縮小を通じて、円やユーロに対する上昇圧力を緩和しようとするものである。 日欧の内需刺激による、拡大均衡型のドル安是正である。


 理論的には、このように2つのオプションがあるように見えるが、実際には、後者の選択肢はない。 なぜなら、日欧には、拡張的な財政政策を採る余地が極めて限られているからである。 日本の財務省は2007−2008年までを展望して財政政策の緊縮化を表明しているし、欧州も、財政赤字GDP比率を3%以下に抑制する基本方針を大きく変える姿勢にはない。


 それなら、日欧が金融緩和(日本の場合は、為替市場介入の完全非不胎化によるマネタリーベースの思いきった拡大を意味)を行ってドル安是正を目指せばよいではないか、という議論もあるだろう。 しかし、こうした金融政策に依存した対応は、やや長い目でみた場合、ドル安是正に繋がるとは考えにくい。 日欧の金融緩和は、円やユーロを一時的に軟化させるであろうが、その結果、日欧の輸出と米国の輸入がともに拡大することになる可能性が高い。 世界的な貿易不均衡は是正されるどころか、むしろ拡大することになる。 これは、中長期的にみたドル安リスクが高まってしまうことを意味する。


 従って、米ドル安の流れを食い止めようとすれば、実際には、上記の1つ目のオプション、すなわち、米国におけるマクロ経済政策の正常化・健全化を企図するしかない。 米国が、財政政策運営をより節度あるものとするとともに、金融政策面でも、内需のソフト・ランディングを目指し、政策金利の緩やかな引き上げを実施していくしかないのである。 そうすることによって、米国における双子の赤字問題に対する市場の懸念を後退させ、ドル相場の反転上昇を模索するという対応が、ほぼ唯一の解決策なのである。


 問題は、日米欧の政策当局者が、こうした米国の政策正常化・健全化に合意できるかどうか、なのである。 米国の政策正常化は、中長期的にみた為替相場の安定、ひいては世界貿易の安定的成長、といったメリットをもたらす一方で、短期的には、米国景気の鈍化による世界経済成長率の低下といったディメリットをもたらす。


政治的には、当然のことながら、短期的なディメリットは嫌われ、中長期的なメリットが無視されるのが常である。 世界経済の短期的な成長がより重視されれば、米国の双子の赤字問題、そしてそれを背景にした緩やかなドル安傾向は、当面は、容認されることになる可能性が高い。 つまり、日米欧の政策当局者が米国の政策正常化・健全化には合意せず、当面、現状維持でいく、ということである。


特に、日米当局は、緩やかなドル安傾向を強く望む可能性が高い。 なぜなら、米ドル相場が反転上昇してしまったら、日本は、米ドル買い為替介入の正当性を失う。 そして、その場合、米国長期金利の急上昇が生じ、米国景気が鈍化するとともに、日本の景気も鈍化することになる。


日米の両政権にとって、こうしたシナリオは最悪である。 緩やかなドル安の下で日本が膨大な米ドル買い為替介入を継続させれば、その流動性によって米国長期金利の低位安定が継続するとともに、米国の景気回復が長期化する。 その結果、日本の景気回復も長期化する。 緩やかな円高圧力が継続することで、日本の輸出企業の収益環境が悪化するというマイナス面はあるが、他方で、円高傾向が継続すれば、ゼロ金利政策の解除期待はどんどん後退する。 逆に言えば、円高傾向が続けば、政府は、日銀に対して、断続的な追加緩和を長期間に亘って要求し続けられるのである。 日銀は円高という人質をとられたようなものである。 円安に転じてしまえば、事態は一変してしまう。


日本政府はなんとしても現状維持で行きたいはずである。 緩やかな円高を強く歓迎するはずである。 直近の日銀の追加緩和がいかにも中途半端であったことは、日本が円相場の反転下落を望んでいないことの証左である。


ただ、欧州の出方には注目しておいた方が良い。 なぜなら、欧州は、日本ほど、米国べったりではないからである。 米国のマクロ政策正常化・健全化による“ドル安是正”といった、いわば「正論」を展開する可能性がある。 欧州は「米国の景気回復は、本来必要とされるべき民間部門のバランスシート調整を経たものではなく、かつ、財政赤字と経常赤字の拡大を伴っている、という意味で、必ずしも健全とはいえない」と考えているものと推察される。 日米よりも中長期的に節度のある政策運営を志向していると言える。


欧州の正論(=米国のマクロ政策正常化による“ドル安是正”必要論)が、「ドル安是正不要、米国の双子の赤字容認」で、がっちりと手を組んだ日米にどの程度対抗できるのか、2月6−7日のG7会合に大いに注目しなくてはならない。 しかし、現実には、欧州の正論が敗退する公算が強まっている。 その場合、G7会合後、米ドル相場は一段と下落する一方、世界的な景気回復期待が一段と高まるであろう。 円高は100円では止まらず、90円台に突入する可能性が視野に入るだろう。 日本の基礎収支黒字の拡大基調には変化がみられないこと、円の実質実効為替レートの上昇は依然として限定的であり、これまでの円高が日本の国際競争力を著しく低下させているわけではないことが、円相場が100円をブレークする背景である。


以 上
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