2004年03月15日

白川 浩道
個人消費の持続的な回復が視野に



輸出と企業設備投資は、循環性の強い需要項目である。今回の景気回復局面でも、輸出―鉱工業生産−機械受注の循環的な拡大のメカニズムが健在であることが示された。しかし、このことは、輸出が回復すれば、企業設備投資も成長するが、その逆もまた真であることを意味している。


米国財政赤字の拡大や中国経済のバブル的状況からすれば、世界景気が来年にかけても順調に成長し続けるとは考えにくい。従って、生産活動と設備投資は、短期的には力強い成長をするにせよ、いずれ、調整局面に入ることはほぼ避けられない。


こうした中で、日本の国内景気の落ち込み度合いを左右するのは、個人消費である。個人消費が回復傾向を辿れば、景気の調整圧力はマイルドなものに止まり、日本経済の積年の課題であるデフレからの脱却も徐々に展望できるようになる。


個人的には、個人消費の持続的な回復が視野に入りつつあると考えている。なぜなら、個人消費については、以下に示すように、依然として、プラス材料とマイナス材料が混在するが、ここ2−3年はプラス材料がマイナス材料を凌駕すると予想されるからである。


個人消費に対する趨勢的なプラス要因
1. 構造的な労働市場需給の改善
2. 消費者のデフレ期待の緩やかな後退


個人消費に対する趨勢的なマイナス要因
1. 今後数年に亘ると予想される財政政策の引締め
2. ここ数年間の趨勢的な家計貯蓄率の低下


労働需給の趨勢的な改善が続く

第一に、労働市場需給の趨勢的な改善が継続すると見込まれる。まず、高齢化の進展(=具体的には、ベビーブーマー世代の労働市場からの退出)を背景に、労働供給がピークアウトしている。その一方で、労働需要に関しては趨勢的な拡大が継続している。実際、有効求人倍率は1993年半ば以来の高い水準にまで上昇したが(図表1)、その回復傾向は、今後も2−3年は続く可能性が高い。


労働需要が趨勢的に拡大するとみられる背景には、以下の4つがある。


1つめは、労働生産性の回復である。日本の労働生産性は、99年以降の雇用リストラによって、昨年以降、回復傾向が顕著となっている。このため、多くの企業が、そろそろ雇用削減のペースを抑制できる環境になってきたとみられる。緩やかな物価の下落傾向が継続する間は、労働分配率の高止まりもあって、賃金・給与の緩やかな下落傾向が継続する可能性があるが、企業の雇用者数削減圧力は今後、徐々に後退するであろう。実際、財務省の法人企業統計季報をみると、人件費全体の抑制傾向は続いているが、人員については下げ止まり傾向がより鮮明になっている。 


2つめは、高齢化社会におけるサービス化の進展である。介護、医療、福祉といった分野における趨勢的な雇用拡大が期待される。2001年半ばからの約2年半で、これら産業では、70−80万人もの雇用が創出されているが、こうした傾向が止まることはないだろう。 


3つめは、労働市場におけるミスマッチの拡大である。これは、企業雇用における欠員の趨勢的な拡大といった現象として捉えることができる。一部産業における熟練労働者の趨勢的な不足、フリーターの拡大に代表される若年層の就業意識変化等が背景となっている。 


4つめは、企業倒産の減少である。日銀による過剰流動性政策がさらに少なくとも2年程度は継続する可能性が高いからである。日銀は消費者物価が安定的にプラス0.5%程度になるまで、金融引き締めには転じないだろう。その結果、銀行部門の過剰流動性が企業雇用を支えることになる。 


このように、趨勢的な労働市場の需給改善が、今後2−3年の間、消費者マインドにプラスの効果を与える可能性が高い。 


消費者のデフレ期待は徐々に後退へ

第二に、消費者のデフレ期待が緩やかに後退することが展望される。我々の推計によれば、足元での消費者物価の下落ペースは、医療費値上げなどの特殊要因を除いた場合、前年比で0.5%程度である。


依然として水面下にはいるが、中長期的にみて、デフレの最悪期は脱したと考えられる。消費者物価が前年比で1%も下がるといった強いデフレ圧力の再来は想定できない。
興味深いことに、こうしたデフレ圧力の後退は、失業率のピークアウトとともに生じている。失業率は2002年後半から2003年頭にかけて5%台半ばまで拡大したが、足元では5%前後に低下している(図表2)。 


そして、そうした状況で、消費者の物価期待も緩やかに変化している(図表3)。消費者は、労働市場需給の緩やかな改善の下で、物価と賃金が趨勢的に下げ止まる可能性を既に肌で感じ取っているとみられる。実際、サラリーマンの給与をみると、時間当たり基本給の下げ止まりがはっきりしている。 


今後、労働需給が趨勢的に改善していけば、消費者のデフレ期待はさらに緩やかに後退するだろう。そして、消費者のデフレ期待が徐々に後退すれば、ゼロ金利の銀行預金に貯蓄を寝かせておくことの機会費用が上昇する。このことは、消費者にとって、貯蓄を取り崩し、消費に回すインセンティブが上がることを意味する。日銀がゼロ金利政策を継続させる限り、個人の消費意欲が徐々に強まる可能性が高い。 


財政緊縮、貯蓄率低下は中長期的課題

このように、労働市場需給の改善は、消費者の緩やかなデフレ期待の後退を伴いながら、個人消費にプラスに働く可能性が高い。こうしたプラス材料に対抗するマイナス材料の代表は、趨勢的な財政政策の緊縮化と、ここ数年間で既に起こってしまった家計貯蓄率の低下である。しかし、これらのマイナス要因が、今後2−3年の個人消費に大きな影響を持つ可能性は高くない。


まず、財政緊縮化についての最大のポイントは、大幅な増税がいつ実施されるのかである。増税の目玉は、公的年金ファイナンスとの関係から、現状では、やはり消費税率の引き上げであると考えられる。 


消費税率に関しては、3−5%ポイント程度の引き上げが有力であるが、その時期は、選挙日程などからして、早くて2007年度であるとみられる(2008年度に先延ばしされる可能性も十分にある)。今年10月から始まる社会保険料率の引き上げ(年0.354%、労使折半)は個人消費にとってマイナス材料であるが、財政引締めショックというほどの措置ではない。 


また、将来の消費税率引き上げといった財政緊縮措置が視野に入れば、消費者は、むしろ消費行動を積極化させる可能性すらある。中長期的な財政引締めが消費行動を大きく冷やす可能性は当面想定されない。


確かに家計貯蓄率は、この数年間、大きく低下した。その背景は、デフレによる個人可処分所得の減少である。家計は貯蓄を切り詰めすぎたとの議論があり、この結果、早晩、家計は貯蓄を復元し、消費を抑制せざるを得ないとの見方もある。 


しかし、世帯主の年齢階級別の平均消費性向をみると、最近の貯蓄率低下に寄与しているのは、主に、60代以上の高齢者世帯であることがわかる。逆に、30代、40代の消費者の貯蓄性向は大きく変化しておらず、これら世代の消費余力が小さいとは言えない。きわめて興味深いことであるが、昨年央以降の個人消費をリードしてきているのは、実際、30代と40代の消費者である。 


このように、財政緊縮化と家計貯蓄率の低下は、より中長期的なマイナス材料であると考えた方が良い。今後2−3年を展望した場合、労働市場需給の改善や緩やかなデフレ期待の後退といったプラス材料が、これらマイナス材料を相殺し、個人消費の緩やかな回復をもたらす可能性が高いのである。 


 

図表1

図表1

図表2

図表2

図表3

図表3

以 上
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