2004年03月30日

白川 浩道
ドル安継続で国内資産インフレへ



世界経済における最大の問題は、日米2大経済における財政赤字の大幅な拡大である。 歴史を振り返ると、前回、2大経済で財政赤字が同時的に拡大したのは、世界経済が第2次石油ショック後のスタグフレーションに見舞われた直後の1982−1983年である。 従って、足元ではまさに20年ぶりの財政赤字ショックが生じているといえる。


こうした中で、米国経済は、雇用低迷の長期化とディス・インフレ圧力の継続に直面している。 米国経済は、1970年代以降、4度の深い雇用調整を経験しており、昨年末に一旦終息したと考えられる調整が4度目の調整局面である(最初の2度の調整局面は石油ショックによって生じた)。 ここでの最大の問題は、直近の雇用調整が、過去3度に比べて長期化したという点である。 過去3度の雇用調整期間(非農業部門雇用者の前年割れ期間)の平均は15ヶ月であったのに対し、直近は30ヶ月と2倍にもなった。 米国の雇用情勢は歴史的にみて極めて悪い状態にあると結論付けざるを得ない。 この結果、米国では、物価がなかなか上昇しない。 消費者物価指数でみたディス・インフレ圧力には後退の兆しがみられないのである。


他方で、日本経済の状況をみると、米国経済とはやや対照的な動きがみられ始めている。 すなわち、日本経済は、94−95年、98−99年、01−02年と、小刻みに雇用調整を繰り返してきたが、直近では、雇用調整期間が幾分短期化しており、その下で、消費者物価でみたデフレ圧力も緩やかに後退している。 絶対的な水準でみた場合、日本のデフレ圧力の方が依然として大きいが、改善度合いでは米国経済を上回っているといえる。


こうした日米経済におけるコントラストからすれば、米国の財政赤字問題が日本の財政赤字問題に比べてより深刻である、ということになる。 日本の財政赤字が中期的にみて一段と悪化するリスクよりも、米国の財政赤字が中期的にみて悪化するリスクの方が高いと考えるべきであろう。


従って、米国においては、やや長い目でみた場合、日本よりも強力な金融リフレ策(金融緩和策)の実施が必要とされている可能性が高い。 そうであるにもかかわらず、米国のマネタリーベースの伸び率は最近鈍化してきており、足元では前年比5%程度しかない。 こうしたマネタリーベースの低い伸びは、90年代後半のような米国経済好調期に正当化されるものであり、現下の雇用低迷、ディス・インフレの下では正当化されない。 確かに米国経済の需給ギャップは昨年来の高成長の下で縮小してきており、政策金利の小幅の引き上げが可能なようにもみえる。 しかし、マネタリーベースの伸び率をさらに鈍化させ、米ドル相場に上昇圧力をかけるような金融引き締め政策は、財政赤字が中長期的に拡大するリスクが高まっている現状では、妥当なものとは言えないだろう。


さらに注目しなくてはならないことは、こうした米国経済の脆弱性が、2002年以降の米ドル相場下落の下で高まっているという事実である。 逆に言えば、これまでの米ドル相場下落(実質実効為替レートでみて2002年春のピークから10%超下落)は、米国経済のディス・インフレ圧力の緩和に、今のところは十分には役立っていない。 もちろん、為替相場の変動と実体経済の変動の間には一定のラグがあり、ドル安のプラス効果が完全には顕現化していない可能性もある。 しかし、そうした点を割り引いても、これまでの米ドル下落のプラス効果はあまりに限定的であると言わざるを得ない。


こうした状況からすれば、米国の当局は、米ドル相場の一段の下落を望む可能性が高い。 米国における雇用指標と消費者物価の目だった改善がみられなければ、日米の国際政策協調が「もう一段のドル安合意」となるものと読むべきであろう。 しかし、新たなドル安合意によって、米国債市場が崩れ、米国長期金利が上昇してしまっては元も子もない。 このため、日米の政策協調が、「ドル安合意と日本による流動性供給の継続」といった、これまでの枠組みから逸脱することはないだろう。


ここで言う日本による流動性供給とは、原則的には、米ドル買い為替介入の継続である。 昨今の為替介入批判の下、市場では、日本による為替介入が停止するのではないかとの憶測がみられる。 しかし、為替介入が中期的にみて完全に停止してしまうことはないだろう。 米国債相場を崩さないよう、一定規模の為替介入が維持されるものと予想する。 ただ、為替介入規模の縮小と、為替介入水準の切り上げ(105−108円から100−103円程度へ)から、円相場のレンジが、年央にかけて5円程度切り上がるものとみられる。


ただ、夏場にかけては、米国大統領選挙との関係から、一時的に、米ドル買い為替介入が大きく減少する可能性もある。 しかし、この場合、日本政府は、日銀による中長期国債輪番オペの増額、あるいは、日銀による米国債直接購入、といった政策を模索するであろう。 政治的な配慮から為替介入といった露骨な政策が採れなくなった場合、日本は、民間資金、あるいは日銀による米国財政赤字ファイナンスの道を模索するものと想定される。


いずれにせよ、日米の当局は、緩やかなドル安と米国長期金利の低位安定の同時的な実現を達成すべく、最大限の対応をするであろう。 このように、米国財政赤字の拡大と、米国におけるディス・インフレ圧力の継続は、日銀を中心にした先進国の金融リフレ策(金融緩和策)の長期化を要求する。 世界の株式市場は、当面、拡大する流動性の下で上昇傾向を維持するだろう。 さらに、日本国内では、超低金利状態の長期化期待と相まって、リスク資産投資が一段と活発化し、資産インフレ的な色彩が強まる公算が大きい。 「ドル安・円高の下で国内資産インフレへ」といった1980年代後半のシナリオが、やや小規模ではあるが、再び繰り返される環境が徐々に整いつつある。


 

以 上
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