2004年05月31日

白川 浩道
米国金融引き締めは予想外に大幅?



 これまで、個人的には、米国における“金融政策の正常化”は当面起こらないとの見方をとってきた。 米国連銀による利上げは、仮にあったにせよ、高々10−12月期に25ベーシス・ポイントに止まる、との予想を立ててきたのである。


 こうした見方をとってきたのは、[1]米国企業行動の趨勢的な変化(労働生産性維持志向の強まり)により、雇用の持続的な拡大が望めず、従って、インフレ率の目立った上昇をもたらすような失業率の低下は、当面生じないとみられること、 [2]製造業稼働率の長期低迷が物語っているように、米国製造業は依然として大きな過剰設備を抱えているとみられること、 [3]米国財政赤字の規模がGDP比4%程度に達する中で、流動性の縮小によって、これまでの長期金利のミス・プライシング(財政プレミアムの過度な縮小)が是正された場合、長期金利の急騰が生じるリスクがあること、といった点が背景にあった。


 しかし、こうした見方をとり続けることは困難になった。 すなわち、米国における“金融政策の正常化”は、少なくとも“年内に100ベーシス(1%)利上げ”といった形で実現する可能性が高まっていると判断すべきであろう。


 その最大の理由は、現実問題として、米国内におけるインフレ圧力がかなり強まっているとみられることである。 より具体的には、米国の消費者物価(4月前年比+1.8%)が、短期間のうちに、前年比2%を大きく上回る可能性がかなりある、ということである。


 ポイントは以下のとおりである。


 マクロでみた米国製造業稼働率は依然として76%弱であり、1972年以降の長期平均(80%)、94年の利上げ時(81%程度)の稼働率を下回っている。 しかし、財の段階別に稼動率をみると、中間財部門(素材と半最終財部門)の稼動率は、足元で79%強まで上昇しており、長期平均(82%)や94年当時(83%強)との格差が、相対的に小さい。 こうした中で、段階別のPPI(生産者物価)をみると、中間財・素原材料価格比率が既往最低レベルにあり、これまでのところ、中間財価格は素原材料価格に比べて、その上昇が大きく抑制されている(中間財段階のマージンが大きく縮小している)。 このことは、中間財部門の稼働率がさらに上昇した場合、ついには、企業の価格引き上げ意欲が強まり、中間財価格がかなり上昇する可能性があることを示している。 簡単に言えば、中間財インフレが加速する可能性があるわけで、そうなった場合、最終財部門の価格マージンが変化しなくとも、PPIの最終財価格も一段と上昇するリスクがある。


 このように、米国では、製造段階におけるインフレ圧力が高まってきている(原油高がそれにさらに拍車をかける可能性がある)が、加えて、労働コストの上昇圧力も高まっている。 なぜなら、非農業部門雇用者数がV字型に回復しているため、早晩、労働生産性の低下と、ユニット・レイバー・コスト(単位労働コスト)の目立った上昇が生じる可能性があるからである。 過去のデータをみる限り、非農業部門雇用者数前年比と労働生産性前年比の間にはそれなりに安定した関係があり、そうした関係からすれば、労働生産性は、足元の前年比5%超といった高い水準から、年内には、3%程度まで、急激に低下する可能性がある。 この場合、ユニット・レイバー・コストは、足元の前年比1%以上のマイナスから、一気に1%超のプラスに転じることになる。


 最後に、米国のGDPギャップ(マクロ的にみた需給バランス)は、簡易的な方法で計算した場合(実際の成長率と過去5年のトレンド成長率の格差を、ギャップがほぼゼロ近傍にあった1985年から累積)、2003年央の4.5%程度から、足元では、2.5%程度まで縮小した。 依然として、米国経済では、生産設備や労働といった経済資源に遊休の部分が残っているが、その程度はかなり明確に縮小している。


 以上まとめれば、米国では、製造業、とくに中間段階におけるインフレ圧力が高まっていると同時に、最近の雇用統計改善を受けて、労働コスト(=賃金)が上昇する可能性も高い。 さらに、GDPギャップも縮小している。これまでは、失業率の低下が十分に生じていないことで、米国CPI(消費者物価)に対する上昇圧力が大きく高まることはない、と考えていたが、そうした見方は甘かったことを認めざるを得ない。


 金融政策に対するインプリケーションとして注目しなくてはならないことは、上記でみたように、インフレ関連指標の多くが、連銀が連続的な金融引き締めに踏み切った“1994年当時に近い水準”にまで回復している点である。 米国連銀が先行きのインフレ・リスクを1994年当時と同様に評価すれば、かなり短期間のうちに、金融政策の正常化を一気に模索する可能性があると判断すべきである。


 実際、足元の実質政策金利(FF金利マイナス個人消費デフレータ前年比)はゼロ近傍にあり、これは、1994年半ばの実質政策金利が2%程度であったことからすれば、相当に低い水準であると言わざるを得ない。 その意味では、少なくとも、年内100ベーシス(1%)の利上げは視野に入ったと考えるのが妥当であろう。 さらに、リスクは、実際にはそれを上回るペースでの利上げが行われてしまうことである。 米国の各種物価関連データに注目するとともに、足元のインフレ圧力の大きさを適格に判断しなくてはならない。


 

以 上
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