2004年07月16日

白川 浩道
金融政策を再考する


ポイント

  1. 量的緩和政策解除の条件が「CPIにおける小幅の前年比プラス化」と考えるのは適当ではない。

  2. 金融政策運営については、政府の財政再建シナリオとの整合性といった大局的な視野に立つ必要がある。

  3. プライマリーバランス黒字化に必要な20兆円規模の増税措置を可能とするためには、バブル経済の再現が必要である。その場合、日銀は、前年比+3%程度のCPIを許容せざるを得ない。

  4. 現在の金融政策運営は、バブル経済の再現を目指すようなものとはなっていない。その意味では、数年後の大型増税によって日本経済は再び大きく落ち込む可能性が高い。焦点は、財政再建を優先する政府が、どの時点で、日銀に新たな圧力をかけるか、である。


 日本国内では、CPI前年比の動きを神経質に眺めながら、量的緩和政策に関する出口論がまことしやかに議論されている。日本経済の先行きに対する強気見通しが依然として優勢なことも、出口論に拍車をかけている。しかし、海外、特に欧州では、量的緩和の出口論に対する関心は極めて低い。


 このギャップは、海外投資家(とりわけ欧州投資家)が、「金融政策運営のあるべき姿を財政政策との協調」といった枠組みで捉えているからに他ならない。「中長期的な財政再建と相容れない条件(CPI前年比の小幅プラス化)を用いて、量的緩和政策の解除時期等を議論することは無駄である」といった彼らの主張に耳を向けるべきであろう。


 日本経済が抱えている最大の問題は、政府の財政赤字が一向に縮小せず、公的債務残高が着実に増加していることである。特に懸念されるのは、資産バブル崩壊後の数度に亘る所得減税措置もあって、課税ベースの強化が殆ど進んでいないことである。昨年度の税収は、名目GDPが+0.7%となったにもかかわらず、43兆円程度となり、02年度対比で数千億円の減収となった。


 バブル期のピークであった1989年度、1990年度には、名目GDPが前年度対比で平均30兆円程度も拡大した。しかし、税収は4、5兆円しか増加しなかった。足元では、税収の名目GDPに対する弾性値がさらに低下している可能性が高く、名目GDPが7〜8%伸びても、税収は高々3〜4兆円しか増加しない可能性が十分にある。さらに、高齢化の進展による社会保障負担の拡大を考えれば、中長期的に財政赤字額を減らすことは、名目GDP成長率がプラス7、8%あっても容易ではないだろう。
 日本は、もはや景気回復による自然税収増によって財政赤字を解消することは不可能であり、政府債務の累積的な膨張を食い止めることも不可能である。どうしても、大型増税が必要であると考えざるを得ない。


 政府債務GDP比率の発散を回避し、個人や企業といった民間経済主体の財政政策に対するコンフィデンスの崩壊を防ぐためには、少なくとも、プライマリーバランス赤字の解消を企図しなくてはならない。これは、およそ20兆円規模の増税措置が必要となることを意味する。


 20兆円規模の増税は、個人所得税(課税最低限所得の引き上げ)と消費税の増税で行うことになるであろう。日本は、諸外国に比べて、対家計部門の課税ベースが弱いからである。


 20兆円規模の増税を対家計で実施し、個人消費の大幅縮小による大型不況を回避するためには、増税を実施するまでに、家計部門の所得規模を大きく膨張させておく必要がある。1980年代終りから1990年代初のバブル景気の時期には、雇用者報酬が年間で10〜17兆円程度拡大した。仮に、毎年10兆円強、3〜4年に亘って雇用者報酬が拡大を継続すれば、家計部門は20兆円程度の増税をなんとか吸収できるのではないか。


 このことは、財政再建のためには、バブル経済の再現が必要になるということを意味する。言い換えれば、金融政策の責務は、バブル経済を再現させること、となる。


 バブル経済を再現する場合、金融政策は、どのような物価・金融情勢を受け容れなくてはならないであろうか。ポイントを示すと以下のようになる。


[1] バブル経済のピークにおけるCPI前年比のピークは3%強である。このことは、日銀が、再び、前年比3%程度のCPIを許容する必要性を示している。


[2] 資産バブル(株価・地価バブル)を再現するためには、長期金利水準の低位安定が必要である。より具体的に言えば、10年債利回りに代表される長期金利は名目GDP成長率を下回り続ける必要がある。ここ1−2年の名目GDP成長率の伸びが平均でみて1%強であるとすれば、日銀は、当面、1.5%を上回るような10年債利回りを許容することはできない。


[3] 上記で論じたような長期金利の低位安定を維持するためには、日銀は、高いマネタリーベースの伸びを維持しなくてはならない。具体的には、市中における国債発行残高の伸びを上回るマネタリーベースの伸びを維持することで、国債市場における日銀のプレゼンスを拡大させて行かなくてはならない。市中国債発行残高の前年比伸び率が当面で9〜10%と見込まれることからすれば、マネタリーベースの前年比伸び率は10%以上を維持する必要がある。
 しかしながら、現状における金融政策運営は、上記のいずれとも整合的ではなく、バブル経済を再現させる方向にはない。従って、現状で判断すれば、数年後に実施される可能性が高い大型増税によって、日本経済は再び大きく落ち込むものとみられる。


 もっとも、やや長い目でみれば、経済政策における焦点は、明らかに財政再建・大型増税である。その意味では、金融政策に対する圧力が再び大きく高まる局面がいずれ生じる、と読むのが筋であろう。


 いずれにしても、「CPI前年比の小幅プラス化」が量的緩和政策解除の条件になる、という見方に拘泥することは、金融政策の中長期的なシナリオを見誤る可能性が高く、注意が要る。


 

以 上
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