2004年09月16日

白川 浩道
遅れるデフレからの脱却


ポイント

最近のマクロ経済データに関して、我々が最も注目しなくてはならないことは、雇用や賃金の面において、製造業と非製造業の間のコントラストが強まったことである。 すなわち、引き続き輸出拡大の恩恵を受けている製造業は、中間財価格・素材価格の上昇もあって、業況が安定的に回復しており、これが、賃金にも波及している。 他方で、非製造業は、過剰営業設備の存在等を背景に物価を引き上げにくい環境が継続しているとみられ、これが、再び、雇用や賃金の弱さとなって顕現化している。 来年にかけて、輸出がピークアウトし、製造業の業況が後退すれば、マクロでみた賃金・物価への下押し圧力が強まるだろう。デフレからの脱却は簡単には展望できない。


失業率上昇の背景はサービス業における雇用余力の減退

7月の完全失業率は4.9%に上昇した。 こうした失業率の上昇を労働力人口の一時的な拡大によるものと位置づけ、雇用環境はさほど悪くなっていないとする見方もある。 しかし、こうした議論は、6月の失業率が労働力人口の一時的な縮小で低めに出たと言っているのとほぼ同義であり、自己矛盾に陥っている面がある。 若年層の就業意識の変化によって、労働市場における求職者の出入りが激しくなっている可能性があり、これが、労働力人口の変動幅の拡大に繋がっているとみられる。 こうした点を考慮すれば、労働力人口の振れを均してから、失業率を評価すべきである。
そうした考え方に基づき、労働力人口を6ヶ月移動平均した後、失業率を再計算すると、6、7月の平均は5.0%と、4、5月平均の4.4%から大きく上昇している。 その上昇幅の大きさから判断して、今回の景気回復局面における雇用環境の改善はすでに止まったと考えて良いだろう。 重要なことは、こうした雇用環境の悪化が、非製造業の雇用創出力のピークアウトに起因していることである。 逆に言えば、製造業では、前年対比でみた雇用削減のペースが緩やかに後退しており、その意味で、雇用環境は改善している。 問題は、受け皿としての非製造業の雇用余力が明らかに落ちてきていることである。 非製造業の中では、医療・福祉産業を除くサービス業、運輸・通信業のモメンタム低下が顕著である。 4、5月におけるこれら業種の雇用拡大は実力以上のものであったと評価せざるを得ない。


夏のボーナスでも、製造業と非製造業のコントラストが拡大

さらに懸念しなくてはならないのは、製造業と非製造業のパフォーマンスの違いが、賃金面で顕著になりつつあることである。 毎月勤労統計によれば、7月の常用雇用者の現金給与総額(サラリーマン給与)は前年比−0.4%と3ヶ月連続で前年割れとなったが、そうした中で業種間の格差は広がっている。
すなわち、製造業では、前年比プラス幅が2.2%となり、緩やかな拡大傾向にあるが、サービス業は−1.7%とマイナスの領域から抜け出せないでいる。 卸・小売業は、ボーナス支給タイミングが前年とずれたことから、6、7月に大きな変動を示したが、2ヶ月を均してみれば、大幅なマイナスである。
業種間の賃金パフォーマンスの格差はボーナスで顕著である。 夏のボーナスについては、製造業では前年比+3〜4%となったとみられるものの、サービス業では前年比マイナス7〜8%、卸・小売業ではマイナス10%程度となった。 この結果、全産業でみた夏のボーナスは、市場の事前予想を裏切る形で、前年を3%程度下回った。


サービス業、運輸・通信業の基本給の下押し圧力が増大している

非製造業では、製造業と比べて、非ボーナス部分給与の下押し圧力も根強い。 特に懸念されるのは、サービス業や運輸・通信業における所定内給与(基本給)前年比マイナス幅の拡大傾向である。
卸・小売業では、急劇に進展したパートタイマー化が徐々に落ち着いてきている可能性があること、消費財価格のデフレ圧力が最悪期を脱したとみられること、などを背景に、所定内給与のマイナス幅は縮小傾向にある。 卸・小売業では、98年後半から約6年間継続した、従業員の基本給削減が漸く終息に向かう気配にあると言える。
しかし、サービス業や運輸・通信業は、まさに今、基本給削減の真っ只中にあるとみることができる。 重要なことは、製造業、サービス業、運輸・通信業は、卸・小売業(基本的には小売業)に比べて、パートタイマー化の余地が大きいということである。 パートタイマー化後発隊である、サービス業や運輸・通信業は、パートタイマー化の過渡期にあり、基本給への下押し圧力が当面継続する可能性が高い。


なぜサービス業や運輸・通信業では趨勢的な人件費削減が継続しているのか

このように、最近のマクロ経済データは、サービス業や運輸・通信業における業況・雇用のモメンタムがやや落ちるとともに、同業種における趨勢的な賃金削減圧力が高まる傾向にあることを示している。 繰り返しになるが、輸出の回復や製品価格上昇の恩恵を受けている製造業とのコントラストが強まっている。 なぜ、サービス業や通信業を中心とした国内非製造業の業況が目立って上向かないのであろうか。 その背景としては、2つの点を指摘することができるであろう。
1つめは、製造業に比べて需給環境の改善が遅れていることであろう。 日銀短観によれば、サービス業、小売業では、需給環境の最悪期は脱したものの、その改善度合いが依然としてゆっくりとしたものであること、通信業においては、景気循環と乖離する形で、需給環境がむしろ悪化していることが示される。
こうした需給環境の改善の遅れ、ないし、悪化は、営業設備が依然として適正水準に対比して過剰であり、その是正が進展していない可能性を強く示唆している。
実際に、資本ストック統計によれば、製造業では、2002年半ば以降、過剰設備のスクラップが加速し、ここ1年程度、資本ストックの前年比はマイナスとなっている。 これが、最近、製造業稼動率の水準を維持してきたことには疑いの余地がない。
しかし、小売業、運輸・通信業では、依然として、資本ストックが前年比2%程度で拡大しているほか、サービス業に至っては、資本ストックが前年比6%で拡大している。 非製造業における資本稼動率を計算することはできないが、特にサービス業における高い資本ストックの伸びは、同業種における需給環境の改善が遅れている1つの大きな要因であると考えられる。
第2には、サービス業や通信業は、規制緩和の影響もあって、中小企業の新規参入が他業種に比べて盛んであるとみられ、このため、これらの業種では、企業間の競争状態が強まっている可能性が高い。 これが、サービス価格の上昇を抑制するとともに、企業のリストラ・インセンティブを高めていると考えられる。


インプリケーション

消費者物価統計をみる限り、民間サービス価格は横ばい状態で落ち着いている。 サービス・デフレが深刻化しているわけではなく、その結果として、サービス業従事者の基本給削減がもたらされているわけでもない。
しかし、経済のサービス化がトレンドとして継続する下で、サービス業における企業間競争は強まることはあっても弱まることはないだろう。 刺激的なマクロ経済政策などによって個人のサービス支出が大きく拡大しない限り、当面は、サービス業の賃金は下押し圧力に晒されるであろう。
製造業の賃金の動きが、輸出回復に主導された循環的なものであるとすれば、仮に世界経済が来年にかけて減速した場合、製造業の賃金にも下押し圧力がかかるだろう。 製造業では、近年、給与の業績連動性が高まっていることからすれば、なおさら、そうした状況が想定される。 上記でみたようなサービス業における構造的な賃金調整圧力の存在と合わせて考えれば、世界経済のスローダウンの下では、マクロでみた賃金下落は避けられないだろう。
このことは、賃金との連動性が高い消費者物価の持続的な上昇を望むことは簡単にはできないことを意味する。 日本経済が新たなデフレ・スパイラルに入る可能性は極めて小さいと考えられるが、他方で、デフレ終焉に自信を持てるまでには時間がかかると考えている。

以 上
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