2005年03月25日

白川 浩道
日銀の量的緩和政策は崩壊へ



 日銀は、2001年3月以降、量的緩和政策という、新たな金融政策の枠組みを導入した。政策金利の水準がゼロ%という下限に張り付いた状態で、金利水準をさらに引き下げるという政策を行えなくなったからである。銀行が中心となって参加する短期金融市場に、毎日、膨大な資金を供給し、そのジャブジャブの資金によって株価や景気の下支えを行うことにしたのである。


 そうした新たな政策の下で、日銀は、市場に供給するジャブジャブの資金の目安として、民間銀行が日銀に預ける預金(民間銀行は決済などの目的で日銀に預金口座を持っている)の残高に目標を設けた。市場の資金量が増えれば、銀行の手元流動性も拡大し、銀行が日銀に預ける預金の量も増えると考えたからである。現在では、その預金残高は30兆円を上回る大規模なものになっている。短期金融市場では、毎日、30兆円もの資金がだぶついているのである。


 なぜ、こんなにも大きな規模の資金が、毎日、使われることもなく、だぶついているのであろうか。それは、資金を手にした民間銀行がその運用先に困っているからである。魅力的な運用先がないか、あるいは、リスクをあまり採りたくないか、のいずれかが、その理由であろう。


 こうした状態は永続するのであろうか。答えはノーである。景気回復期待が高まり、企業や家計の資金需要が回復したり、不動産市況が改善してくれば、銀行は、手元の流動性を貸出や株式・不動産投信などに運用し始めるだろう。銀行は、なにも金利を生まない日銀当座預金に資金を寝かせておく必要はないのである。さらに、預金者の方も、ゼロ%の銀行預金を解約して、株式投資などを増加させる可能性がある。そうなれば、銀行預金から資金が流出することになり、銀行の資金繰りはきつくなる。資金繰りがきつくなれば、日銀に預金を預ける余力も落ちる。


 このように、景気回復期待が高まり、民間銀行と預金者双方のリスク・テーク能力が回復すれば、日銀の当座預金残高は縮小することになる。つまり、日銀の量的緩和政策は崩壊するのである。


 その結果、何が起こるのであろうか。おそらく円相場の急騰であろう。1ドル90円程度に円相場が上昇する可能性が十分にある。なぜなら、為替市場では、日銀のジャブジャブの資金供給によって円の供給が高水準で推移してきているため、例えばユーロなどに比べて、円相場の上昇が抑えられてきたと考えられるからである。市場の余剰資金が株式や不動産に姿を変え、日銀当座預金が縮小し始めたら、円相場は大きく上昇するだろう。問題はそのタイミングである。実際には、それを正確に予測するのは困難であるが、4月のペイオフ解禁を受けて銀行預金の減少傾向が強まれば、今秋あたりが一つの目安となるのではないだろうか。



(以下は専門家向けのより技術的な説明です)


 世界景気の堅調な推移や、銀行への資本増強策等を反映して、ここ1−2年、日本経済の安定性は急劇に高まったと判断される。こうした状況においても、日銀が量的緩和政策を維持している結果、企業の倒産確率が顕著に低下するとともに、経済における信用リスクが縮小を続けている。その帰結は、金融部門、非金融部門の双方における、リスク許容度(リスク・アペタイト)の拡大である。銀行、個人、企業ともに、低リスク・低リターンに偏ってきた資産運用の基本姿勢を徐々に軌道修正することになるだろう。きわめて重要なことであるが、経済主体におけるリスク・アペタイトの回復は、当座預金残高目標政策を破綻に追い込む可能性が高い。


 まず、リスク許容度が高まった金融機関は、よりリターンの高い運用先を求め、金利の付かない日銀当座預金に資金を寝かせておくインセンティブを低下させるだろう。次に、雇用や賃金の最悪期を脱したと判断する預金者は、ゼロ金利の銀行預金を解約し、株式投資等への運用を拡大するだろう。こうした銀行からの預金流出は、銀行の手元余剰流動性を減少させることで、日銀当座預金への資金運用余力を低下させる。


 民間銀行が大規模の日銀当座預金を保有するためには、彼らのリスク・アペタイトが極めて低く、ゼロ金利の日銀当座預金への選好が強いこと、銀行預金が拡大基調にあり、余剰資金のアベイラビリティに問題がないこと、の2つの条件が同時にクリアーされる必要がある。典型的には、銀行預金は拡大しているが、銀行が運用先に困る場合、日銀は膨大な当座預金残高目標を維持することが可能である。しかし、この条件がクリアーされなければ、当座預金残高目標政策は破綻する可能性が高い。


 銀行預金の伸びが鈍化する一方で、銀行の貸出運用が拡大した場合、銀行は、日銀当座預金に資金を寝かせるのではなく、むしろ、日銀からより大きくの資金をネットで借り入れる必要がある。銀行の対日銀ポジションは、与信超(当座預金残高が日銀借入れを上回る状態)から、借入超(当座預金残高が日銀借入れを下回る状態)に転換することになる。これが、当座預金残高目標政策が破綻する局面である。重要なことは、そうした兆候が既にみられはじめていることである。日銀のマネタリーサーベイ統計によれば、預金通貨銀行の対日銀ポジションは、ここ数ヶ月、与信超幅を大きく縮小させている。民間銀行では、既に、日銀当座預金への、いわゆる「ブタ積み」のインセンティブがかなり低下している可能性が高い。


 このように、銀行のリスク・アペタイトが回復した状態で生じる「当座預金残高目標政策の破綻」については、それを修復することはほぼ不可能であると考えられる。日銀が、いくら資金供給オペを増加させても(実際にはオペの札割れは生じないだろう)、銀行の当座預金需要が減退している以上、高水準の当座預金残高を維持することは困難なのである。


 例えば、日銀が輪番オペを拡大させた場合、一時的には、日銀当座預金が増加するかもしれない。しかし、輪番オペの増額が長期金利の低下によって株価や地価の上昇期待をもたらした場合、預金からの資金流出が加速する一方、銀行に対する借入れ需要が回復する可能性が高い。結局のところ、やや長い目でみれば、輪番オペを拡大したところで、当座預金残高を維持できなくなる可能性が高い。


 より簡単に言えば、銀行の信用創造機能が回復したとき、当座預金残高は減少し、信用乗数が回復して、広義マネーが拡大することになる。そうした状態では、日銀当座預金や、マネタリーベースはその指標性を失うことになる。


 このように、当座預金残高目標政策は、中長期的には維持可能ではない。従って、日銀がこの政策を採用したことは、そもそも誤りであったといわざるを得ない。コントローラブルではない量的指標を金融政策の操作目標に据えたことは、金融政策の信認を大きく傷つけたと批判されても仕方がないだろう。問題は、市場が、当座預金残高目標を「金融政策の緩和度合いを示す指標」として重視してきたことである。これは、日銀が当座預金残高目標のシグナル効果を自ら重視してきたことの裏返しでもある。


 当座預金残高目標の削減が経済におけるリスク・アペタイトの回復を示すものであるとの論理が正しくても、当座預金残高の拡大を金融緩和と解釈してきた市場は、当座預金残高の削減を金融引き締めと受け取るであろう。特に、同目標の縮小は、円相場のオーバーシュートをもたらす可能性が高い。


 日銀が当座預金残高目標政策に拘泥すればするほど、その傷口は深くなる。そうした状況を理解する日銀は、「今後、景気安定化の下で、銀行の当座預金需要が徐々に減退する可能性が高いこと」、しかし、「その需要減退の程度を事前に把握することは極めて困難であること(経済主体のリスク・アペタイトの回復度合いはわからないこと)」を正直に認め、当座預金残高目標政策を早めに放棄するのではないだろうか。


 そして、金融政策における新たな操作目標は、ゼロ%のオーバーナイト・コールレートとなるだろう。「ゼロ金利政策の復活」である。日銀は、新たなゼロ金利政策の下で、最低6〜7兆円の当座預金残高を維持しようとは努めるだろうが、金融機関の日々の需要によって変動する当座預金残高の拡大・縮小は無視することになるだろう。現実には、当座預金残高は、7兆円程度から20兆円程度の間で日々変動することになるものと読む。市場が当座預金残高の変動に一喜一憂する時代は終るのである。

 

以 上
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