2005年04月28日

白川 浩道
G7会合と過剰流動性



 4月16日に開催されたG7会合のコミュニケには重大な変化が生じた。 それは、日本の経済構造改革に関する部分について、「日本は財政健全化を含む更なる構造改革にコミットしている」との表現がとられたことである。 前回2月のG7会合のコミュニケでは、「欧州及び日本は更なる構造改革にコミットしている」との表現が用いられており、そこには、「財政健全化」の文言はなかった。


 「財政健全化」という表現がコミュニケに挿入されたのは、欧米諸国による対日圧力が強まったためではない。 日本政府(財務省)が、G7諸国の前で自ら財政再建の意思を強く表明したということである。 すなわち、日本政府は国際公約として(頼まれていないのに)より大幅な増税にコミットしたということである。


 考えてみれば、政府の増税スタンスの前傾化は、G7会合前に開催された政府税制調査会における「個人所得税制の中期的見直し(実質増税)」の議論に符号する。 政府は、G7会合に先立って、日本の財政再建の方向性を明確に示していたのである。 財政再建が国際公約として掲げられた以上、市場とすれば、2006年度から2007年度にかけての増税幅が、予想以上に大きくなるリスクを見込まなくてはならない。


 2007年度にかけての借り換え債発行拡大、高齢化による家計貯蓄余力の後退による国債消化難、など中長期的にみた場合、財政再建の必要性を論じる材料には事欠かない。 しかし、問題は、なぜ、政府は、今ここに来て、財政再建論を推し進めているのであろうか、という点である。


 その問について、我々は、「政府(財務省)が日銀から量的緩和維持に対する約束を再び取りつけたため」と考えている。 すなわち、財務省は、量的緩和縮小のリスクが大きく後退したため、安心して財政再建論を押し出すことが可能になったのである。 あるいは、財政再建のモメンタムを維持するため、日銀による早期量的緩和縮小に対しては「絶対にノー」の立場を貫き、日銀サイドが折れた可能性を示しているといえる。


 政府が日銀から量的緩和政策維持の約束を取りつけたことは、中国元問題にも影響を与えたと考えられる。 G7会合で、米国政府は、中国における為替制度変更について従来以上に強硬な立場を採ったとされるが、これは、日銀が量的緩和政策の維持にコミットしたためであると考えられるのである。


 米国政府が中国元の切り上げを強く迫り過ぎると、中国がドル・ペッグ制を放棄し、その結果として、中国による米国債購入が減るというリスクがあり、米国政府はこれを気にしてきた面がある。 特に、日本で量的緩和が縮小された場合、日本の国内金利に上昇圧力がかかるとともに、円高期待が強まるため、日本からの資金フローも縮小する可能性が高い。 従って、日銀による量的緩和縮小リスクの下では中国に圧力をかけにくかったのである。


 しかし、日銀が量的緩和維持にコミットしてくれたとなれば、話は変わってくる。 内外金利差を背景に、日本から米国債市場への資金フローが継続する可能性が高いからである。 さらに、日銀が量的緩和維持の姿勢を強めてくれれば、場合によっては、米ドル相場が下落した場合、日本による米ドル為替介入復活を期待できるかもしれない。 米国政府は、日銀の量的緩和縮小スタンスが後退したタイミングを捉え、中国への圧力を高めた可能性が高い。


 G7会合における財政再建に対する国際公約や米国の対中国元強硬スタンスは、今後、日銀に対する包囲網を形成することになるだろう。 日銀は、明日の「経済・物価情勢の展望」において、05年度の消費者物価見通しを下方修正する可能性が高いが、そうした中で、量的緩和縮小論は封印されることになるだろう。


 さらに、米国経済の鈍化等を背景に企業利益の悪化が顕現化する秋口にかけては、「追加緩和論」が浮上する可能性が出てきた。 仮に、中国が為替制度の柔軟化に踏み切るとともに、ドル・ペッグ制からバスケット・ペッグ制に移行することで円相場が100円近くまで上昇した場合、追加緩和の確率は上昇するだろう。


 市場関係者の多くは、米国における利上げ、ドル高基調、日本における量的緩和政策修正といった「流動性縮小シナリオ」を懸念してきた。 最近における世界的な株価の調整は、そうした市場の懸念を反映した面が強い。 しかし、「流動性縮小シナリオ」を決め込むのは危険である。 上記で指摘したように、少なくとも日本においては、財政再建最優先の下で、量的緩和縮小シナリオがかなり遠のいただけでなく、中国元問題にも絡んで、追加緩和の可能性も見え始めたからである。


 今後の焦点は米国の利上げがどこで打ち止めになるか、である。 米国では、石油製品を含む素材価格の上昇と賃金の上昇基調を受けて、インフレ・リスクの高まりが指摘されてきた。 しかし、こうしたコスト・プッシュは、最終需要が十分に強くなければ、むしろ、企業利益の圧迫や設備投資の縮小といったマイナスの副作用を生む。 注目すべきは、最終需要の強さであって、コスト上昇ではない。


 我々の関心は、米国の最終需要の強さ、あるいは、コスト上昇が最終財インフレに結びつくかどうか、であり、そのメルクマールとして、最終財の稼動率と賃金の動向に注意を払うべきである。 最近のデータは、これら指標のピークアウトを示唆しているが、そうした動きがよりはっきりしてくれば、米国の利上げは打ち止めとなるのではないか。


 重要なことは、世界的な製造業の競争激化やコーポレートガバナンスの変化等により、先進国では、依然として、価格下落バイアス、あるいは合理化圧力が強く、そうした中で、インフレ率の持続的な上昇は望みにくい、ということである。 さらに、日米ともに、大きな財政赤字を抱えており、政府の財政再建路線が金融政策の正常化を阻むことも忘れてはならない。


 企業合理化と財政健全化の挟み打ちに合う中央銀行は、金融引き締めを断念せざるを得ず、さらには、財政再建支援の下で、長期にわたって、いわゆるビハンド・ザ・カーブ(引締め対応の遅延)を強いられるということではないだろうか。 一度は死んだと思われた「過剰流動性ストーリー」は、意外にも短期間のうちに復活する可能性があると言える。

 

以 上
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