2005年06月01日

白川 浩道
景気刺激策導入の時



 向こう数年を展望した場合、日本経済はどの程度の成長を達成できるのであろうか。我々の見解は、名目GDP成長率でみて高々1%、というものである。


 名目個人消費であるが、2つの理由によって、1%を大きく上回るような伸びは期待できない。イメージ的には、0.5−0.7%の伸びといったところではないか。まず、労働力人口の減少によって労働供給が減少する(年率0.5%程度)ため、企業が1人当たり実質賃金の大幅上昇を許容しない限り(CPIのトレンドがゼロ%であれば、名目賃金の伸びは0.5%程度が限界か)、雇用者報酬全体では、ゼロ%か、高々+0.2−0.3%の伸びしか期待できないだろう。年金保険料の引き上げが継続するため、高齢者世帯のウェイト上昇による貯蓄率の趨勢的な下落を仮定しても、個人消費が1%以上の成長をするとは考えにくい。


 企業設備投資は、個人消費に比べて、高めの伸びが期待できるが、それでも、名目では年率で3−4%の伸びが限界であろう。潤沢なキャッシュフローの下で、合理化投資や研究開発投資は伸びるだろうが、能力増強投資には期待できない。趨勢的な円高や国際競争の激化による、生産の海外流出が継続するとみられるからである。


 公的需要は、政府消費が2%の安定的な伸びを維持したにせよ、公共投資は年率8−10%での縮小を継続させる可能性が高い。このため、公的需要全体の名目GDPに対する寄与はマイナス0.2−0.3%となることが想定される。


 最後に純輸出であるが、円相場が、継続的に過小評価(割安状態が継続)されたにせよ、平均的にみれば、GDPに対する寄与はプラス0.2−0.3%ではないか(2003年度は0.6%のプラス寄与で直近ではこれがピーク)。なぜなら、生産の海外移転によって、アジアを中心に輸入の趨勢的な拡大が生じる可能性が高いからである。実際、実質輸入前年比のGDPに対するマイナス寄与は、昨年央以降の実質成長率減速の下でもあまり縮小しておらず、構造的な輸入増加の胎動がみられる。


 純輸出のプラス寄与は公的需要のマイナス寄与を相殺することにはなろうが、おつりは来ないだろう。結局のところ、個人消費と設備投資の寄与度を足し上げた1%程度が、名目GDP成長率の限界となるだろう。


 名目1%成長では、国税収入の増加は、毎年1兆円程度に止まるものとみられ、歳出をよほど大きく削減しない限り、プライマリーバランスの赤字を解消することは困難である。我々の試算では、名目GDP成長率が4%を超えない限り、将来の社会保障負担の増加を自然税収増で賄いながら、財政赤字を削減することは困難である。トレンド成長率が上方に大きく屈折しない限り、大幅増税は不可避である。そして、大幅増税の懸念が高まれば、貯蓄性向が高まり、実際に需要が減退する。この結果、税収が減れば、益々、増税懸念が強まる。


 日本経済がこうした悪循環から脱却するためには、名目成長率の目標を4%以上に設定する必要がある。潜在成長率が高々1.5%であるとすれば、インフレ率の目標は2.5%以上とならなくてはならない。


 政策当局に課せられている課題は、金融不安後退を背景とした政策の正常化を模索することではなく、日本経済が名目4−5%の成長を達成できるよう、新たな景気刺激策の導入を検討することである。


 景気刺激策の基本は、個人所得拡大政策でなくてはならない。財政政策では、無駄な歳出の削減を柱に、中高所得層への減税策を実施すべきであろう。他方、金融政策では、インフレ期待の回復を目指し、インフレ率目標を大幅に引き上げる必要がある。さらには、インフレ期待の回復が、長期国債市場の過剰反応を招かないよう、日銀は、少なくとも短期的には、中長期国債買い切りオペを拡大することが不可欠であろう。名目GDP4%成長を持続的に達成することは困難であろうが、実験を試みることが否定されるべきではない。


 こうした状況に鑑みれば、日銀による安易な量的緩和政策からの脱却は許容できない。安易な量的緩和脱却は、以下の点で問題である。

  1. 資金供給オペに関する技術的な問題点、すなわち、札割れ現象は、日本経済における金余り現象の象徴であり、これは、金融政策がインフレ期待の回復に失敗している証左である。景気刺激に失敗しているにもかかわらず、量的緩和を縮小した場合、株式市場は大きく混乱するであろう。特に、海外投資家による日本株売り圧力が高まるだろう。

  2. 量的緩和縮小は、円相場の安定期待を損ね、実際に、円相場の上昇圧力を強めるだろう。これは、中期的にみて、デフレ的である。

  3. CPI前年比マイナス幅がやや拡大する下での量的緩和縮小は、「日銀のCPIターゲットがプラスになる可能性が極めて低いこと」を市場に印象付けるだろう。これが、株価や地価の持続的上昇期待を抑制する。


 政府はこうした量的緩和縮小の問題をよく理解しており、先週の金融政策決定会合では、一部鷹派審議委員から提案された「当座預金残高目標引下げ」に強く抵抗した模様である。


 こうした政府の合理的な対応によって、日銀鷹派のシナリオは実現しなかった。鷹派の完全敗北と言っても良いだろう。5月会合は、ペイオフ全面解禁後の銀行システム安定や法人税揚げといった技術要因を盾に、量的緩和の縮小を押し切れる唯一の会合であったと良い。そこで、鷹派が敗北したことは、当預残高目標引下げ論が、当面、政策論の表舞台から姿を消す可能性を強く示唆する。日銀が、次に、当座預金残高目標引下げ論を復活させられるのは、CPI前年比がプラス化する時であろう。これは、早くて来年4月である。


 さらに、上記で議論したように、今の日本経済に要求されているのが景気刺激策の導入であるならば、日銀の次の政策アクションがなんらかの緩和となる可能性もみておかなくてはならない。

 

以 上
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