2005年07月29日

白川 浩道
人民元切り上げで日本企業はベトナム、インドへ?



 中国人民元の改革がスタートした。短期間での大幅な人民元切り上げは予想されない。しかし、日本企業は、人民元の切り上げが継続するリスクを認識し始めている。このため、日本企業が海外の生産拠点を中国から他国に分散させる可能性が出てきた。有力な候補地は、ベトナムとインドである。


 まず、日本の海外現地法人について、中国における生産コストと他のアジア諸国における生産コストを比較してみよう。


 2003年度の日系海外現地法人(製造業)のデータをみると、中国現地法人の経常利益率はASEAN諸国における現地法人のそれとほぼ同水準であり、6%強である。中国での生産に優位性がある業種は、一般機械、情報通信、輸送機械、繊維などである。コンピュータ、自動車、衣料品などで、中国での生産効率が相対的に高い。他方で、食料品と電気機械などについては、ASEAN諸国現地法人の経常利益率の方が高い。日系企業の生産効率は、特に、家電において、ASEAN諸国でのパフォーマンスが優れている。


 このように、業種の差はあるが、経常利益率からみる限り、中国現地法人の生産効率が、ASEAN諸国のそれに比べて必ずしも十分に高いとは言えない。


 また、日系海外現地法人の売上高人件費比率をみても、中国(含む香港)は、ASEAN諸国のそれに比べて依然としてやや低いが、両者の格差は急速に縮小する傾向にある。中国本土の経済成長に伴って、労働者1人当たり所得が拡大していることが、徐々に中国の人件費を上昇させている。


 重要なことであるが、ASEAN諸国については、1人当たりGDPでみる限り、マレーシア、タイとインドネシア、フィリピンの間にかなりの格差(後者2カ国は所得水準が低い)が存在する。このため、中国の人件費売上高比率は、既に、インドネシア、フィリピンを上回っている可能性を否定できない。なお、1人当たりの所得水準は、ベトナム(インドとほぼ同水準と推計される)、インドでは、さらに低い。このため、人件費が中国よりも低い可能性がある。このように、人件費でみた場合、中国で生産することの優位性は薄れる方向にある。


 以上を総合すれば、利益率や人件費からみた場合、日本企業にとって、中国に生産拠点を持つことの優位性は、いまや、絶対的なものではなく、相対的なものに過ぎなくなっている可能性がある。日本企業は、中期的にみて、中国からASEAN等諸国へ、その生産拠点をシフトさせる可能性が高い。過去数年間、日本企業の海外直接投資は中国に大きく傾斜したが、人民元切り上げのリスクを感じる日本企業が、直接投資の分散を図る可能性は十分にあると言える。


 人民元改革のスタートを背景に、日本企業の生産拠点の分散が進む可能性が出てきたが、これは、日本企業が、人民元の大幅切り上げによる利益へのダメージを最小化しなくてはならないからである。国際的な競争環境が改善する可能性は低く、販売価格を引き上げることは困難であるからだ。


 実際、人民元の大幅な切り上げが実施された場合、円相場も上昇すれば、中国に生産拠点を有する日本企業の利益は大きく悪化する可能性が高い。


 日系企業の場合、中国現地法人(製造業)の総仕入額のうち、日本からの輸入が7割にも達しているとみられ、仕入の国外依存度が極端に高い。このため、仮に日本からの資材等の輸入が円建てで決済されている場合、人民元の上昇によって、元ベースの仕入コストが低下し、利益下押し圧力は緩和される。日系企業は、現地企業に比べて、元切り上げへの耐久力が高いとみられる。


 しかし、円がドルに対して上昇した場合には、元の対円での上昇幅が小さくなり、資材調達コストがあまり低下しない。すなわち、仮に、人民元が対米ドルで10%上昇した場合、円が対米ドルで3%程度の上昇となれば、増益は困難になると試算される。円が人民元対比で大きく円安にならない限り、人民元切り上げは、日系の中国現地法人にとって、減益要因となる可能性が高い。なお、人民元と円が対米ドルでともに10%上昇した場合、中国現地法人の経常利益は40%程度もの大幅減少となる。


 人民元の切り上げと同時に円も上昇すると考える企業にとっては、利益の悪化を回避すべく、より生産コストの低い国に生産拠点を移動させることが合理的となる。人民元が増価しても、円相場は動かない、という楽観的な見通しを立てない限り、人民元の切り上げ予想が強まれば、日本の直接投資に大きな影響が出ると考えるべきだろう。

 

以 上
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