2006年03月20日

白川 浩道
株安で新たな政府・日銀バトルへ



株安で新たな政府・日銀バトルへ

 日銀は、2001年3月以来、5年間にわたって続けてきた量的緩和の解除に踏み切った。日銀は、早ければ夏にも、政策金利であるオーバーナイト・コール・レートを0.25%程度に引き上げ、いわゆるゼロ金利政策に終止符を打ちたい考えのようである。

 しかし、日銀がゼロ金利政策の解除にこぎ着けられる保証はない。政府との新たなバトルが始まるのは時間の問題であるからだ。

 政府との新たなバトルの火種となるのは、夏場にかけての株価下落であろう。量的緩和の解除は、円高と金利上昇(より正確には社債利回りの上昇)をもたらす。この結果、企業利益の先行き期待が悪化し、株価が下落するとみられる。株価の下値のメドは、日経平均でみて13,000円程度と予想される。

 株価が下落し、企業・個人の景況感が悪化すれば、日銀の独立性を尊重し、ひとまず静観の構えにある政府・自民党において、再び日銀批判が噴出するだろう。

 特に、「政策の失敗を繰り返すことは二度と許されない」としている首相官邸周辺の日銀バッシングは相当のものになるに違いない。増税なき財政再建を目指す自民党主流派にとっては、いかなる景気鈍化も許容し難いものであるからだ。


円相場は100円台突入、社債利回りは1%上昇へ

 速水前総裁時代のゼロ金利政策期(1999年2月から2000年8月)と比べると、量的緩和期には、為替相場が円安傾向で推移する一方、社債利回りの顕著な低下が生じた。日銀が量的緩和を解除し、ジャブジャブの資金供給を止めれば、仮にゼロ金利政策を維持したにせよ、円高と社債利回りの上昇は不可避なのである。

 より具体的には、ここ数ヶ月程度を目処に、まず、円ドル相場が100円台に突入するものとみられる。

 円ドル相場は、ゼロ金利政策期には平均で111円程度であったが、量的緩和期は平均で116円程度となり、5円程度も円安方向に振れた。この間、ITバブル崩壊後の積極的な企業経営合理化を反映して、日本経済の労働生産性が上昇していることを勘案すれば、量的緩和の解除によって円相場が10円程度切り上がっても不思議ではない。

 断っておくが、量的緩和期の円安傾向を日米金利差で説明しようとするのは誤りである。なぜなら、米国フェデラル・ファンド・レートと日本のオーバーナイト・コール・レートの格差は、ゼロ金利政策期が平均5.4%ポイントと量的緩和期平均の2.2%ポイントを大きく上回っているからである。日米金利差が高水準である限り、円高にはならない、との見方は幻想に過ぎない。

 次に、社債利回りであるが、例えばBBB格債・5年物でみた場合、最悪の場合、今後数ヶ月のうちに、1%程度も上昇してしまう可能性がある。同社債の利回りは、量的緩和期の平均では1.6%と、ゼロ金利政策期の平均2.6%から1%ポイント程度も低下しているからである。

 量的緩和による社債利回りの低下は、社債スプレッド(社債利回りと国債利回りの格差)の縮小によってもたらされた部分が大きい。すなわち、社債スプレッドについては、BBB格債・5年物でみた場合、ゼロ金利政策期は平均で1.7%ポイントであったが、量的緩和期では、通期で1.1%ポイント、2003年以降の平均では0.8%ポイントにまで縮小した。量的緩和によって、社債スプレッドは、0.6%ポイント以上も圧縮されたのである。仮に、日銀が長期国債利回りの安定化に成功しても、社債利回りの上昇を食い止めることは不可能である。


なぜ、円高、社債利回り上昇なのか

 量的緩和の解除によって、円高と社債利回りの上昇が生じるのは、民間銀行が外債や社債の投資を減少させるからである。国内銀行の財務データをみると、外国証券と社債に対する投資残高は、量的緩和導入後の5年間で25兆円も増加したが、そうした積極投資の巻き戻しが起こると考えられる。

 民間銀行が、これまで積極的に資金を振り向けてきた外債や社債の投資を減らすのは、量的緩和解除によって、民間銀行のリスク許容度が低下するためである。

 やや技術的になるが、日銀は、民間銀行が発行する手形を購入することによって量的緩和を維持してきた。こうした手形購入は日銀による民間銀行向け資金貸付に他ならないが、このことは、量的緩和が民間銀行に対する一種の公的資金注入であったことを意味する。

 さらに言えば、そうした日銀による公的資金注入は、「ゼロ・パーセント金利で5年間」という、借り手銀行にとっては極めて有利な条件で実施されてきたのである。

 量的緩和の解除は、日銀が、民間銀行に「無利子の長期公的資金の返済」を迫ることに等しい。加えて、量的緩和が復活しない限り、「無利子・長期安定借り入れ」というオプションが民間銀行の資金調達メニューから永遠に消えることになる。

 こうした状況で、民間銀行は、様々な市場リスク、あるいは投資リスクに対して、より敏感にならざるを得なくなるだろう。銀行は、外債の価格変動リスク、為替変動リスク、社債の信用リスクなどを取りにくくなり、結果として、外債や社債に対する投資額が減少するものと予想される。これが、円高と社債利回り上昇を招くのだ。


為替介入が不可能になるという副作用にも注意

 量的緩和が解除されたことで、円相場が10円程度切り上がる可能性が高いと述べた。しかし、想定以上の円高ショックが生じるリスクが存在する。

 まず、量的緩和の解除によって、米ドル買い為替介入が、事実上不可能になることを忘れてはならない。日銀がインターバンク市場の流動性を削減する過程では、為替介入資金を手当てするための政府短期証券の市中消化が滞ることになる。このため、為替介入を実施しようとすれば、短期市場金利が大きく上昇する可能性が高い。

 そうした金利上昇圧力を嫌えば、当局は、為替介入を断念せざるを得ない。このように、日本の当局の円高対抗力は量的緩和解除によって著しく低下するが、それを見越した投機的な円買いが起これば、円相場の上昇幅は10円程度では済まないかもしれない。

 もう1つの厄介な問題は、米国の利上げ局面がそろそろ終焉を迎えているとみられることである。

 筆者の計算によれば、米国フェデラル・ファンド・レートの適正水準(景気中立的な水準)は4%台の半ばである。従って、一度でも追加利上げが行われた場合、米国の金融政策は、中立的ではなく、引き締め的となる。

 金融政策が引き締め的となった場合、米国景気の先行き期待はかなり悪化するものとみられ、この場合、市場では、比較的短期間のうちに、利下げ期待が高まるものと読まざるを得ない。

 米国の利上げ局面が終焉し、今度は利下げ局面との見方が出てくれば、米ドル相場に対する下落圧力が一気に高まるであろう。これが、想定以上の円高をもたらす第2の要因になる可能性を否定できない。


ゼロ金利解除は不可能?

 日銀は、ここ数ヶ月間、「量的緩和をゼロ金利政策と区別する意義は薄れている」とのキャンペーンを展開してきた。金融市場取引や経済取引にとって重要なのは、短期金利の水準であって、銀行が保有する流動性の量(日銀当座預金の額)ではない、という考え方を主張してきたのである。

 日銀に言わせれば、「ゼロ金利政策を維持する限り、政策運営に非連続性は生じず、量的緩和解除は、市場、景気のいずれに対しても中立である」ということになるらしい。

 しかし、上記でみたように、「量的緩和はかつてのゼロ金利政策と明らかに区別されるべきもの」である。

 量的緩和が、円安、社債利回り低下→企業収益拡大→設備投資増加、雇用増加、というルートを通じて景気を刺激してきたことに疑いの余地はない。量的緩和の解除は、こうした景気拡大メカニズムを根底から覆す可能性が高い。

 秋口までのゼロ金利解除を模索する日銀には、いばらの道が待っている。

 

以 上
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