2006年08月09日

白川 浩道
世界景気に悲観的になるのはまだ早い


 世界経済は来年に向かってどのような展開を見せるのであろうか?景気回復が継続するのか?あるいは急減速するのか?それとも、ゆっくりと減速していくのか?

 ポイントとなるのは米国景気である。市場関係者の中には、米国経済が来年にかけてハードランディング(失速)すると見ている者もある。そうした悲観派は、2004年半ばから2年間続いた利上げの影響でついに住宅バブルが崩壊し、住宅価格の急激な下落によって個人マインドの縮小が生じるというシナリオを描いている。

 実際、米国の個人は、過去数年間、住宅資金や住宅を担保にした消費者ローンの借り入れを急激に増やした。これをデータで確認すると、米国個人の負債残高は2000年末の7兆ドル弱(可処分所得の97%)から2006年3月末には12兆ドル弱(同125%)へ、実に5兆ドル弱、率にして70%も膨張した。日本円に換算すると、540兆円程度(1ドル=110円を前提)の増加である。米国の個人は、過去5年強で日本のGDPを上回る規模の借金をしたことになる。

 今ここで米国不動産バブルが崩壊し、不動産価格が下落するとともに、物価や賃金(給料)が下落するような状況が生じたら、米国景気は失速するであろう。不動産価格や賃金の下落が生じれば、米国個人が借金を返済する目処は立たなくなり、急激に消費行動が収縮する可能性が高い。

 米国の個人が過去5年で7割増という膨大な借金をできたのは、不動産価格と賃金の上昇が継続していたからにほかならない。ちなみに米国の不動産価格(全米平均)は2000年末からの過去5年間で60%強、賃金(週当たり平均)は20%弱上昇している。不動産価格と賃金が逆回転を始めたら、個人破産が続出し、米国は景気後退に入ってしまう。

 重要なことは、そうしたリスクが見えているため、米国の利上げはやや中途半端な形で停止することになる可能性が高い、ということである。利上げを継続させて不動産バブルを崩壊させてしまった場合、政権に致命的なダメージが与えられることは目に見えているからだ。当局とすれば、早晩、利上げを停止し、米国景気のソフトランディングをはかりたいところであろう。最近の当局の姿勢が、景気減速を示すデータを強調する一方、インフレ圧力の高まりを示すデータをやや無視する傾向にあるのは、利上げを早期に止めないと米国景気がハードランディングするのではないかという恐怖感があるためと解釈される。

 いずれにせよ、追加利上げはあっても後1回であろう。そうであれば、米国の景気が来年にかけて大きく崩れる可能性は低い。

 過去2年間に行われた利上げによって米国不動産市場が崩壊するという心配は無用である。なぜなら、当局の利上げ(1%から5.25%へ)によって短期金利は大きく上昇したものの、世界的な企業部門の金余り、原油高によるオイルマネーの拡大、日本の低金利政策、中国の元相場安定政策(為替介入政策)などを背景に、米国の長期金利水準は殆ど上昇していないからである。

 驚くべきことであるが、2000年末に5.2%程度であった米国の長期金利は足元では5%を若干下回る水準にむしろ幾分下がっているのである。さらに、長期固定の住宅ローン金利は2000年末の7.4%から足元では6.8%に下がっている。無論、これらの長期金利は、2002−2003年の景気鈍化局面で、一時的に、それぞれ3%台前半、5%台前半に低下しており、そうした水準に比べれば上昇しているのは事実であるが、やや長い目でみた場合、米国の長期金利は極めて安定していると言えるだろう。米国の個人は長期固定借り入れにシフトすることで借り入れ返済負担の大幅上昇を回避できるのである。

 さらに、もう1つ、米国景気のハードランディングが予想されない理由として指摘しておかなくてはならないのは、米国では企業利益の拡大が続く中で設備投資の過剰感が全くみられていないなど、企業部門は極めて健全である、ということである。

 すなわち、米国の企業設備投資のGDP比率は足元では10.4%(名目ベース)と1980年以降の長期平均の11.3%に達していないほか、2000年後半のITバブル崩壊時の水準(12.6%)を大きく下回っている。また、企業設備投資の税引き後企業利益(在庫投資等を調整したベース)に対する比率は153%と1966年前半以来、実に40年振りの低水準にある。つまり、米国では、企業利益やGDPの水準に比べて企業設備投資の水準はかなり低く、企業設備投資は、過熱していないどころか、今後、徐々に回復する可能性の方が高いのである。

 米国景気は来年もそこそこの成長を維持できるであろう。中国も経済成長を継続させよう。世界景気に悲観的になるのはまだ早い。

 

以 上
TEL: 03-5297-7311 - FAX: 03-5297-7314
Copyright © 2000 CMD Co., Ltd. All rights reserved.
Prev Index Next