2006年10月25日

白川 浩道
景気回復でも増税?


 2002年初めに始まった今回の景気回復局面は、戦後最長の拡大となった「いざなぎ景気」(1965年10月〜1970年7月、拡大期間57ヶ月)を越えることとなった。米国の住宅投資減少といった逆風はあるものの、中国経済が高成長を続けているほか、世界的に製造業在庫の積み上がりもみられていないからだ。

 しかし、景気回復の実態は「いざなぎ景気」と大きく異なる。「いざなぎ景気」は個人消費主導型の超大型景気であったが、今回は個人消費の出遅れが著しく、景気の回復力は弱い。

 すなわち、実質個人消費の年平均伸び率は「いざなぎ景気」では9.7%と10%にも迫る勢いであったが、今回は1.5%と極めて低い。今回の景気回復が、期間こそ長いものの、回復の実感を伴わないものとなっている最大の理由はここにある。

 個人消費の回復力が弱いのは、個人所得がなかなか増えないからである。内閣府が発表している雇用者報酬をみると、2005年度には小幅のプラス(1.8%)に転じたが、2004年度までの3年間は、景気回復が始まっていたにもかかわらず、連続してマイナス成長であった。また、今年度の伸びも高々1%強に止まるとみられ、加速感は全くない。

 なぜ、個人所得が伸びないであろうか。それは、企業が個人(従業員)に利益を還元していないからである。別の言い方をすれば、賃金の引き上げなどによって儲けた所得を従業員に還元していないからこそ、企業はバブル期を上回るような史上最高益を達成できているわけである。

 企業が自らの利益を優先し、従業員への所得の還元を渋っている背景として、以下のような3つの要因を指摘することができる。

 第1には、国際競争の激化である。国際的に展開している企業にとって最大のライバルはアジア諸国である。彼らの生産能力の拡大や供給する製品の質の向上によって、欧米など第三国市場における製品競争は激化の一途を辿っている。日本企業にとって痛いのは、製品競争に加えて、原材料価格の上昇を受け入れなくてはならないことである。今回の景気回復局面では、鉄鋼や非鉄金属などの素材の価格や原油価格が暴騰した。国際競争激化の下で製品価格の引き上げにもたつく日本企業は、利益マージンの圧縮という大きなダメージを受けている。

 このため、日本企業は、製品の高度化、差別化によって生存競争を勝ち抜くしかない。技術革新こそが企業の生命線であるが、その結果、研究開発投資や新規機械投資がどうしても必要になる。そして、その費用を人件費の抑制によって捻出しているのである。

 第2には、労働の質の低下である。日本経済は、1990年代初めの地価・株価バブルの崩壊によって、「失われた10年」と呼ばれる未曾有の長期不況を経験した。長期不況が深刻な雇用リストラを招いたことは記憶に新しいが、この雇用リストラが労働の質を低下させてしまったようである。頑張っても収入が増えるわけではないというモラルの低下が最大の要因ではないか。

 労働の質の低下によって、企業は欲しい人材がなかなか見つからないという問題に直面している。これが雇用や賃金の伸び悩みをもたらすという社会問題を引き起こしている。

 第3には、日本企業のガバナンス、いわゆる企業統治の構造変化である。 今回の景気回復下では、小泉政権が経済の市場化を促進したこともあって、「企業は誰のものか」といった命題への関心が高まるとともに、「ものを言う株主」といった流行語もできた。

 しかし、重要なことは、こうした経済の市場化は「個人から企業へ」という所得の逆流現象を後押ししているのだ。

 借金の削減によって経営の健全性を取り戻した日本企業にとっての新たな脅威は、海外企業などによる敵対的な買収である。自らの財務諸表が身奇麗になればなるほど、買収のターゲットになる可能性があるからである。

 買収に対する企業の防衛策の基本は、既存株主が保有する株式の市場価値を高めること、すなわち、自社の株式時価総額を高めることであろう。株価が割安に放置されている企業に比べて株価が高い企業は買収されるリスクをかなり軽減することが可能である。

 この結果、多くの企業にとっては、株主資本利益率(ROE)を高めることが経営戦略上の最重要課題となり、それがひいては、企業の合理化姿勢を強める要因となる。合理化の代名詞が人件費の抑制であることは言うまでもない。

 国際競争の激化、労働の質の低下、コーポレート・ガバナンスの変化のいずれの要因も構造的なものであり、短期間のうちに消えるものではない。日本企業は、当面、雇用や賃金の拡大を渋る状況を継続させるであろう。

 個人の所得環境が改善しなければ、個人消費が盛り上がることもない。企業の設備投資はそこそこ元気な状態を続けるだろうが、個人消費が低空飛行である以上、景気拡大の実感が強まる公算は低い。

 GDP成長率に置き換えれば、2%を大きく超えるような成長は望めないということである。景気の回復期間こそ戦後最長になろうとしているが、将来展望が明るくなっているわけではない。

 経済成長によって税収が増え、その結果、大型増税の必要もなくなる、という好循環は想定できない。来年夏の参院選挙の結果次第であろうが、2008年にかけては、財政赤字削減を目的とした増税論が加速する可能性がある。自己防衛の観点から、金融資産運用による所得拡大を真剣に図る時が来ている。

 

以 上
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