2007年12月29日

白川 浩道
厳しい投資環境が続く2008年の株式市場


米国景気は軟着陸へ
 米国経済では、既に局所的な「景気後退」が生じている。すなわち、建設、不動産、金融の3業種では業況が悪化しており、雇用調整が深度を増しつつある。その背景は、いわゆるサブ・プライム・ローン(低所得者向け住宅ローン)の不良債権化に伴う住宅金融の機能不全にある。

 米国の住宅ローン市場は日本円にして1100兆円強の残高があるが、そのうち、サブ・プライム・ローンは150兆円程度とされており、住宅ローン全体に占める割合はさほど高くない。しかし、利払いが滞っている延滞債権の比率は16パーセント超と住宅ローン平均の6パーセント未満を大きく上回っているほか、変動金利型のローン(サブ・プライム・ローンの60パーセントを占めている)では金利の更改によって借入金利が急激に上昇するため、延滞債権の破綻債権化が急速に進むという問題を抱えている。このため、破綻債権予備軍は30兆円程度に上っていると推計され、既に破綻している不良債権と合わせ、およそ40兆円が回収不能債権になりつつある(より正確には、同等の規模の住宅ローン債権証券化商品の価値が限りなくゼロに近づいていることを意味する)。

 この40兆円にも及ぶ回収不能債権の処理がどの程度迅速に行われるかが、2008年の米国景気を大きく左右する。1990年代の日本の経験を振り返れば容易に想像がつくが、不良資産処理のプロセスが長期化すればするほど、実体経済に与えるマイナスのインパクトは大きくなる。多額の不良資産が利益や自己資本を蝕んでいる状況で、銀行が新規融資や社債の引き受けを積極化することは難しいからである。

 このため、不良資産処理に手間取れば、銀行貸出やCP・社債の発行が大きく縮小し(いわゆる信用収縮が生じ)、中小企業の設備投資が減少するなど景気に対する下押し圧力が強まることになる。仮に米国が日本の1990年代と同様にサブ・プライム・ローンに絡む不良資産の処理を遅らせるようなことがあれば、米国経済は深刻な景気後退に陥ってしまうリスクがある。

 しかし、米国の大手銀行による不良資産処理は、実際には、迅速に行われる公算にある。最短のケースでは、2008年1−3月期中にも不良資産処理に目処が立つ可能性がある。これは、米国が日本の苦い経験に学んだという面もさることながら、時価会計制度の徹底という制度要因によるところが大きい。つまり、米国の銀行は2007年の通年決算において不良資産の時価評価を迫られる。その結果、1990年代の日本の銀行の手法とは異なり、まさに一気呵成に不良資産の処理を行わなければならなくなるとみられる。

 無論、不良資産処理の過程で米国の大手銀行は多額の資金を必要とする。彼らは、不良資産処理に伴う償却損によって減少する自己資本を増強しなければならないからである。転換社債や株式の発行が銀行による資本増強の手段になるとみられるが、心強いことは、世界的な“金余り現象”に大きな変化がなく、国際金融市場に米国の大手銀行が発行する転換社債や株式を吸収するだけの余力が十分に残っていることである。具体的には、産油国のオイルマネー、中国の外貨準備、日本の個人マネーなどが米国銀行の資本増強を助けることになるであろう。

 いずれにせよ、米国では、春先には大手銀行による不良資産処理に目処が立つとともに、懸念される信用収縮の発生も回避される可能性が高い。結果として、米国経済は景気後退局面入りを免れ、いわゆる景気軟着陸を達成できると考えられよう。

しかし、米国の経済成長率上昇は望めない
 もっとも、景気軟着陸が達成されるからと言って手放しでは喜べないのが実情である。米国の経済成長率の上昇は望めないからである。最大のポイントは、GDPの7割を占める個人消費が減速傾向を辿る可能性が高いということである。

 米国の実質GDP成長率の推移を振り返ると、2003年から2006年にかけての拡大期の平均値はちょうど3パーセントであったが、2007年は住宅投資の大幅な減少を受けて2パーセント強に減速する見込みにある。そして、2008年については、仮に景気後退局面入りを回避できたにせよ、実質GDP成長率はさらに低下し、2パーセントを幾分下回る可能性が高い。米国経済の実力(潜在成長率)は2パーセント台後半とされているから、2年連続で実力以下の低成長に甘んじることになるということだ。

 米国の個人消費が減速するとみられるのは、消費者センチメントの悪化、インフレ率の上昇による個人の実質所得の目減り(実質賃金の下落)、住宅価格の下落による逆資産効果の発現、といった3つの逆風が存在するからである。

 まず、消費者センチメントの悪化である。世論調査で有名な米ギャラップ社の最新景況感調査(12月6−9日に実施、約1000人を対象)によれば、米国景気の先行きについて、「改善する見通し」と回答した個人が全体の21パーセントに止まったのに対し、「悪化する見通し」と回答とした個人は71パーセントにも上った。景気改善見通しが回答者全体の2割に止まるという状態は、1992年、2001年に一時的にみられたに過ぎず、足元では米国消費者のセンチメントの悪化がかなり深刻なものになっていると判断される。

 また、11月末に実施された別のギャラップ調査によれば、54パーセントの回答者が向こう1年における景気後退局面入りを予想した。本調査については時系列での評価ができないものの、過半数の個人が米国景気の後退を予想していることは重く捉える必要があろう。

 米国個人消費の先行きを考えた場合、さらに懸念されるのは、実質賃金(給与を消費者物価指数で調整したもの)と住宅価格の同時的な下落が生じつつあるという点である。

 ガソリンや暖房用油などの燃料価格の上昇や食料品価格の高止まりによって、11月の米国の消費者物価指数は前年比でプラス4.3パーセントにまで上昇した。昨年6月以来の高水準である。この結果、10−12月期の平均でも4パーセント程度の上昇に達することはほぼ確実な情勢である。

 他方、賃金の伸び率は雇用環境の緩やかな悪化を反映して徐々に鈍化しており、10−12月期は週当たり賃金でみて前年比プラス3パーセント程度となる公算である。この結果、消費者物価指数で調整した実質賃金の前年比伸び率はマイナス1パーセント程度に落ち込むものと予想される。エネルギーや食料品の価格上昇・高止まりを背景にしたインフレ率の上昇によって個人の実質所得が大きく目減りするということである。

 こうした個人の実質所得の目減りが、住宅価格や株価の上昇によるいわゆる“資産効果”によって相殺されるのであれば、個人消費の減速は回避されるかもしれないが、実際には、株価が不安定な動きを示している上、住宅在庫の大幅な増加を反映して住宅価格も下落基調を強めている。

 住宅価格の下落が怖いのは、それによって、2006年にかけて急激に拡大したホーム・エクイティ・ローンという住宅不動産担保・消費者ローンの収縮が始まる可能性が出てくるからである。担保不動産の価値が大きく下落した場合、借り手によっては返済額が急激に増加するケースもある。これが消費支出を抑制する要因になることは想像に難くない。

 極めて重要な点であるが、歴史的にみて、実質賃金と住宅価格の下落が同時的に生じたのは、1991年しかない。その1991年には、個人消費の成長が止まる(実質ベースで前年比プラス0.2パーセント)とともに、実質GDP成長率はマイナスに落ち込んでいる。

 現状では、実質賃金、住宅価格ともに1991年に経験したような深い落ち込みとはなっておらず、従って、1991年にみられたような個人消費の大幅減速による深い景気調整を想定する必要はない。ただし、上記でみたギャラップ景況感調査の結果と合わせて考えると、仮にサブ・プライム・ローン問題が解決の方向に向かったにせよ、2008年の米国景気が浮揚感に乏しいものとなる可能性が高いことを肝に銘じておくべきだろう。

米国景気減速ならば、世界景気も減速
 米国景気が減速しても、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)やアジア諸国を中心とした新興市場国の高い経済成長によって世界経済が全体としては健全な成長を遂げるとの見方がある。こうした見方は“ディカップリング論”(世界景気は米国景気と乖離して推移するとの仮説)と呼ばれている。

 しかし、“ディカップリング論”を信じることは危険である。過去のデータをみる限り、先進国全体の景気変動は米国の景気変動に大きく左右される可能性が高いからである。つまり、米国景気が減速すれば、欧州、日本を中心とした先進国全体も景気減速は免れないということである。この点は、OECD(経済協力開発機構)が計算している景気先行指数の過去の動きをみれば、一目瞭然である(米国の景気先行指数が大きく低下している局面においては、例外なく、OECD加盟先進国全体の景気先行指数も大きく低下している)。

 米国だけでなく、先進国全体が経済成長率の低下に見舞われる可能性が高い中で、主として先進国向けの輸出によって経済発展を遂げてきた新興市場国や途上国が独立的に高い経済成長を維持できるとの見方には強い違和感を覚えざるを得ない。つまり、2008年について言えば、新興市場国、途上国ともに景気が減速すると考えるべきであろう。

 ここでユーロ圏と中国の2008年の経済成長の見通しについて簡単にコメントしておこう。

 まず、ユーロ圏であるが、実質GDP成長率は2007年の2パーセント台後半から2008年には1パーセント台の半ばまで低下する見込みである。重要なことは、米国経済に比べて減速の度合いが大きくなる公算にあるということである。

 ユーロ圏の景気減速がそれなりに深いものとなりそうな理由はいくつかある。

 第1には、2007年前半にかけてのユーロ圏の経済成長が銀行貸出の増加による企業設備投資の拡大に支えられてきたという点である。米国と同様、欧州でも、サブ・プライム・ローンに絡む投資の失敗から銀行のバランスシートが痛んでいるが、その結果、2008年については、広範囲での信用収縮が回避されたにせよ、銀行貸出が減少する可能性が高い。このため、銀行貸出によってファイナンスされてきた企業設備投資が減速するものとみられる。

 第2には、ユーロ高による企業収益の悪化である。2007年中は、ユーロが対米ドルで10パーセント弱上昇した。この結果、欧州の輸出業者の利益環境は悪化しており、そのマイナス・インパクトが2008年に顕在化するものと予想される。

 第3には、不動産価格の下落である。不動産バブルというと米国を思い浮かべがちであるが、実際には、ユーロ圏でも、過去数年間、不動産価格の高騰が生じた。世界的な景気減速の下でユーロ圏の不動産バブルも崩壊しつつあり、これが消費マインドを悪化させる可能性が高い。

 次に中国であるが、先進国の基準からみれば引き続き高成長を維持できるものの、減速は不可避であると予想される。実質GDP成長率は2007年の11パーセント台半ばから2008年には10パーセント程度まで低下する見込みである。

 年前半を中心に先進国向けの輸出が大きく減少することが最大の要因であるが、見込み以上に中国の経済成長率が鈍化するリスクも十分にある。北京オリンピック後に社会インフラ投資やホテルや商業施設などの民間建設投資が急減速しても不思議ではないからである。さらに、2006年秋から上昇を続けてきた株価は、当局による連続的な金融引き締め政策を受けて、既に10月下旬以降、下落に転じており、これが個人消費を抑制する可能性も否定できない。特に中国の場合、インターネット取引の急激な発達から個人投資家が爆発的に増加してきた経緯があり、株価下落が一般個人の消費に影響する可能性が高いことは懸念される。

日本経済も2008年前半を中心に低成長
 米国を中心とした先進国経済の成長鈍化を受け、日本の輸出の伸び率は低下する可能性が高い。GDPベースでみた輸出の成長率は2007年の8パーセント弱(見込み)から2008年には4パーセント強まで低下する見通しである。この結果、2008年の日本の実質GDP成長率は0.4パーセント程度押し下げられることになると試算される。

 しかし、より懸念されるのは、2008年の日本経済には複数の国内需要減退要因が存在することである。年前半の実質GDP成長率はゼロ・パーセント近傍となり、経済成長が一時的に止まるものとみられる。このため、仮に年後半に成長率がある程度回復するにせよ、2008年の実質GDP成長率は1パーセント程度の低成長に止まる公算にある。

 複数の成長抑制要因のうち、
まず第1に指摘しなくてはならないのは、燃料価格の高騰である。燃料価格の高騰が国内景気を下押しする経路は2つある。
1つ目のルートは中小企業の利益環境を悪化させ、それが人件費の削減をもたらすというものである。
2つ目のルートは、ガソリン価格や灯油価格を上昇ないし高止まらせることによる個人の購買力が低下するというものである。
いずれにせよ、足元における燃料価格の高騰は特に春先にかけての個人消費に大きな下押し圧力をもたらす可能性が高い。

 第2には、国内株価の低迷である。東証1部株価指数の2007年1年間の動きを振り返ってみると、夏場までとそれ以降で明暗を分けた。すなわち、東証株価は7月までは概ね1700ポイントから1800ポイントの間を堅調に動いたが、8月以降は10月に一時的に1700ポイントに迫る局面もみられたものの、結局、1400ポイント台半ばから1600ポイントの間を推移した。この結果、同指数8月以降の平均は1〜7月平均から10パーセント程度低下した。個人の株式保有額は100兆円程度であるから、8月以降の株価下落で個人の金融資産価値が10兆円程度目減りした計算になる。

 重要なことは、7月までの株価の堅調な動きが秋にかけて個人消費を刺激していたことである。サラリーマン報酬と実質家計消費の関係をみると、7−9月期にかけては、サラリーマン報酬の伸びが鈍化する中で家計消費が上向いており、夏場までの株価の堅調推移によって高齢者・資産保有世帯の消費行動が活発化した姿がうかがえる。このことは、8月以降の株価低迷によって、今後、2008年半ばにかけては、逆に、高齢者・資産保有世帯の消費が大きく鈍化する可能性を示唆している。

 第3の成長抑制要因は民間建設投資の減速である。民間建設投資は国内需要の4〜5パーセントを占めるに過ぎないが、それが大きく落ち込めば、国内景気全体へのインパクトは無視し得ない。民間建設投資の先行指標である民間建築着工は、7月以降、大幅な前年比減少となっており、このため、民間建築活動の水準は2008年前半に前年対比で20〜30パーセントも減少する見込みにある。この結果、GDPが1パーセント程度押し下げられると予想される。

 民間建設投資が大幅に減少する最大の背景は、耐震強度偽装の再発防止を目的とした建築基準法の改正(建築基準の厳格化)であるが、加えて、
[1]価格高騰による首都圏のマンション需要の減退、
[2]大型の都市再開発案件のピーク・アウト、
[3]一部大都市におけるオフィス供給拡大に伴う空室率の上昇、
なども悪影響を及ぼすものとみられる。つまり、建築基準法改正の影響が収まっても、建設活動が回復する余地は大きくないということである。

厳しい株式投資の環境
 以上まとめれば、
[1]米国経済は深刻な景気後退局面に陥る可能性は低いが、成長鈍化は避けられない、
[2]欧州経済は米国経済よりも急激な成長率の低下に見舞われる可能性がある、
[3]中国経済は絶対的な成長率こそ高いものの、鈍化する可能性が高く、しかも下ぶれのリスクが大きい、
[4]日本経済は外的環境の悪化に加えて、足元における燃料価格高騰や株価下落、さらには民間建設投資の低迷といったマイナス材料があり、1パーセント成長に止まる、ということになる。
残念ながら、2008年の世界・国内景気は冴えない展開になるものと予想され、株式投資を取り巻く環境は厳しいものとなることに注意しなくてはならない。

 

以 上
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