2008年05月13日

白川 浩道
米国は債権放棄に踏み切れるのか?


 ニューヨーク連銀がまさにウルトラCとも言えるような方法(不良債権の間接的な買取り)で大手証券会社ベア・スターンズを救済したことをきっかけに、市場の金融不安に対する警戒感が薄れ、世界的に金融株が上昇した。

 こうした中、米国の議会では、住宅ローンの借り手に対する政府の救済が不十分ではないかとの指摘が根強い。返済の見込みのない低所得層に無理な貸し込みを行いつつ、証券化商品の投資によって多額の利益を挙げた金融機関に対しては救済の手をさしのべる一方で、いわば被害者とも言える借り手に対しては実効性のある対策を導入していないではないか、という政府批判だ。

 実際、これまでブッシュ政権が導入した借り手救済策はほとんど機能していない。サブプライム危機発生直後の昨年8月末に導入されたFHA Secure、そして昨年12月上旬に業界との共同で策定されたHOPE NOWといったプログラムでは、変動型サブプライム・ローン金利の急激な上昇によって返済不能に陥る借り手を助けるべく、政府保証型低利融資への借り換えや5年間の金利凍結が打ち出され、政府は、少なくとも数十万世帯が対象になると豪語した。しかし、実際には、数千程度の家計しか、その恩恵を被っていないとの指摘があるほど、実効があがっていない。

 なぜ、これまでの借り手救済策が機能していないのか。その答えは簡単である。住宅価格の下落ペースが速いからである。なぜ、住宅価格の下落ペースが速いと借り手救済がうまくワークしないのか。それは、制度的な欠陥があるからである。より正確には、政府が住宅ローンに保証を付ける場合には「住宅ローン借入が住宅資産価値の85%以下でなくてはならない」という条件があるのだ。つまり、住宅価値の方が借入金額よりも15%以上高くないと政府保証は認められず、低利融資への借り換えもできない仕組みになっている。

 しかし、現実には、かなり多くの世帯で、住宅ローン負債が住宅価値を上回る状態(英語ではネガティブ・エクイティと呼ぶ)が生じている。住宅ローンを借り入れている5000万強の世帯のうち、既に800〜1000万世帯がこの状態にあるという業界推計もある。これでは、借り手救済がなかなか進まないのは当然である。

 こうした事態を打開する方策はただ一つ。住宅ローンの借り手に対して債権放棄を適用することである。債権放棄によって、無理矢理、住宅ローンの金額を住宅資産価値よりも小さくすることができれば、政府は保証を付けやすくなる。このため、借り手は借入残高の減少と借入金利の低下(政府保証付き借入の金利は保証なし借入の金利よりも低い)という2つのメリットを得る。従って、借り手の返済能力はアップし、延滞や破綻も減る。そうすれば住宅の差し押さえも減り、住宅価格が底打ちすることになる。まさに、“めでたし、めでたし”の感がある。

 本当にそうか。当たり前のことであるが、債権放棄の最大の問題点は、不良債権償却損という形で銀行の収益を少なくとも短期的には大きく悪化させるということである。債権放棄によって借り手は恩恵を得るが、銀行は損をする。ゼロ・サムである。従って、債権放棄のスキームが機能するためには、銀行の損を“誰か”が肩代わりする必要がある。その“誰か”とは政府だ。具体的には、政府が銀行から債権放棄部分を額面で買い取るというのが最も単純なスキームである。逆に言えば、そうしたスキームが出てこない限り、銀行が自主的に債権放棄を積極化させるとは到底考えられない。先週、米国下院は、銀行による債権放棄を条件に政府による住宅ローン保証制度の拡充を提案したが、政府による銀行支援は想定されておらず、仮に同提案が実現したにせよ、絵に描いた餅で終わる可能性が高い。

 要するに、政府が過大な住宅ローン債務に苦しむ個人を税金で救うしかないということである。しかし、これは大きな政治問題だ。“自分の返済能力をわきまえないで借金した個人を税金で救う必要があるのか”という議論が噴出する可能性は十分にある。債権放棄が米国経済をデフレ・スパイラルから救う有力な施策であることは間違いないとみられるものの、それが本当に実現するかはまだ予断を許さないのである。広く米国民が税金投入による債権放棄を認めることができるのかどうか。今年前半の最大の注目である。

 

以 上
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