2008年11月20日

白川 浩道
米国社会不安定化のリスク


 米大統領選が終わり、変革、希望、「1つのアメリカ」を標榜したオバマ氏が当選した。総じてみれば、市場は、原理・原則を重視する傾向がある共和党政権から現実路線の民主党政権にバトンタッチされることを前向きに受け止めている模様である。1,500億ドルとも、3,000億ドルとも言われる追加景気対策に対する期待感も強い。

 確かに、連銀の積極的な金融緩和の効果などから、短期金融市場は徐々に落ち着きを取り戻し始めており、「金融不安の最悪期を脱した」との判断から、短期的に世界の株式市場が堅調な推移をみせる可能性は否定しない。しかし、少し長い目でみると、“深い沼に沈むがごとく”世界の株価が下降線を辿るのではないか、と危惧される。

 そうした危惧は、世界的な金融機関の資本不足問題の解消にはまだかなりの時間を要する可能性が高いこと、米国大企業の一部に破綻リスクがあること、米国個人がバランスシート調整を本格化させ、個人消費が一段と鈍化する可能性があること、中国では貿易黒字が大きく減少し、民間投資が急激に冷え込むとみられること、新興欧州諸国の通貨危機が深刻化する可能性があること、など様々な要因を背景としている。いわば複合的な不安と言える。

 ただ、より重要なことは、米国大統領選の終了とともに、これらの要因とは次元の異なる“大きな不安材料”が出てきたことである。その不安材料とは、ずばり、米国社会不安定化のリスクである。

 変革、希望、「1つのアメリカ」を標榜したオバマ氏が当選したにもかかわらず、米国社会が不安定化すると予想されるのはなぜか。それは、同氏に対する期待と現実のギャップがあまりにも大きく、米国民、とりわけ、低所得階層やマイノリティーの人々の不満が大きく高まる可能性があるからである。

 オバマ政権に対する期待と現実のギャップをもたらすのは、深刻化する金融・経済危機というブッシュ政権からの負の遺産である。オバマ政権は、発足後少なくとも2年、場合によっては3年、アメリカ国民の気持ちを明るくするような前向きの経済政策を行うことはできないであろう。負の遺産の処理に膨大な政府資金と労力を費やさなくてはならないからである。

 米国の金融機関に存在する不良債権額は、年末時点で2兆ドル弱に達すると推定される(08年6月末時点で1.6兆ドル強)。日本の経験は、金融危機の解消に要する政府資金は金融システム全体の不良債権額にほぼ匹敵する、というものである。つまり、今の米国にたとえれば、2兆ドル程度の政府資金を、資本注入、不良資産買い取り、預金継承等の目的で金融システムに投入する必要がありそうだ、ということである。ブッシュ政権下における資金投入額は4,000億ドルに満たないから、オバマ政権は1.6兆ドル、日本円にして150兆円を超えるような規模の追加資金を捻出しなくてはならない。

 1.5兆ドルという金額は米国の国内総生産の10%超にも相当する。どう考えても単年度で投入できるような金額ではない。直感的に考えて、毎年、その3分の1程度を手当てできれば上出来、と言わねばなるまい。金融危機を短期間のうちに解消することはかなり困難であるとみられる。しかも、金融危機対応に追われている間は他の政府支出も抑制せざるを得ない。「オバマ政権は、発足後少なくとも2年、場合によっては3年、前向きな経済政策を行うことはできない」という上記で示した予想の根拠だ。

 「1つのアメリカ」というオバマ氏のフレーズには、所得格差の是正、貧困の撲滅、社会的安定性の確保、といった意味が込められている。「強いアメリカ」から「安定したアメリカ」へ、ということであり、そうした政策コンセプトの下では、低所得層向けの減税措置を含む広い意味での「社会保障の充実」が最優先課題となる。そして、そうした社会的改革に対する国民の支持があったからこそ、同氏は次期大統領に選出された。しかし、現実には危機対応に追われるあまり、国民が期待する「社会保障の充実」はなかなか実現しまい。これが米国の社会情勢を著しく不安定化させるだろう。

 不動産デフレ、過剰債務問題に社会情勢の不安定化が加われば、米国個人消費、ひいては米国景気の回復は望むべくもない。景気、株価の低迷が長期化し、低金利政策も長期化する。ドル安である。日本経済へのマイナス・インパクトが懸念される。

 

以 上
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