2009年01月19日

白川 浩道
米国出張報告:驚くほど強い悲観論


 先週、米国東部(ニューヨーク、ワシントン、ボストン)に出張し、ヘッジ・ファンドを含む投資家(債券、為替、株式)、シンクタンク、政策担当者(財務省、連銀関係者)等と広く面談した。

 最も印象的であったのは、政策担当者も含め、新政権に対する期待が驚くほど低かったことである。追加対策の景気浮揚効果や新政権の政治的安定性に対して懐疑的な見方が多く、投資家の間では、「株式ショート(売り)、債券ロング(買い)」が基本戦略となっていた。株式については、中期的(3〜5年)な弱気相場を見込む先が大半で、一部には、ダウ6,000ドル、米国10年債金利1.5%割れとの予想もあった。なお、巷間言われている株式市場のベア・マーケット・ラリー(弱気相場下での一時的な上昇)については、既に終了したか、あるいは、今後あっても持続性が低い、との印象を受けた。

 米国議会が策定した「向こう2年で8,250億ドル」という追加景気対策案に関する市場関係者、政策担当者、アナリストの評価は総じてかなり否定的であったが、面談で具体的に聞かれた意見を示すと、以下のとおりである。

  1.  財政支出5,500億ドルのうち4,000億ドル程度は、いわゆる“後ろ向きな”社会安定化対策であり、景気刺激策とは言えない。すなわち、州政府支援(医療関連、赤字補填、教育)が2,200億ドル弱、失業給付拡大等の低所得・失業者所得補填が1,200億ドル強、教育関連が700億ドル弱に上る。即効性のある公共投資(道路、空港整備など)は狭義では500億ドル、広義でとらえても900億ドル程度しかなく、小さ過ぎる。
  2.  減税については2,750億ドルのうち、1,400億ドル(年間700億ドル、可処分所得の0.7%)が個人向け減税(1人当たり500ドル、夫婦で1,000ドル)だが、消費刺激効果は全くないだろう。
  3.  企業向け減税(規模不明だが、1,000億ドル弱とみられる)は赤字企業に対する法人税還付の拡大(過去2年分から5年分へ)が中心とみられ、景気刺激効果が高いとみられる投資減税は小さい。これは期待はずれであった。

 さらに、オバマ政権に対するその他の否定的な見解として、次のようなものがあった。

  1.  拡大し切った個人消費を刺激しようとする対策のコンセプトそのものが間違っている。米国は企業の生産性向上、競争力の強化、企業設備投資の促進をすべき局面にある。追加対策にそのようなコンセプトはみられない。これではだめである。追加対策には格差是正を目指した社会政策的な部分が多く、これも景気刺激効果をそぐことになるだろう。
  2.  米国は、階層社会、格差社会であり、全ての階層の国民を満足させることはかなり困難である。しかし、オバマ新大統領はこれをやろうとしており、今後、多層社会の大きな壁にぶつかる可能性が高い。2年程度のうちに、政権支持率は大きく低下し、国民の期待が失望に変わる中で、社会不安が拡大、これが景気回復の足を引っ張る可能性がある。
  3.  上記の点にも関連するが、金融安定化法資金の残り3,500億ドルを金融機関に追加投入できるのか、疑問である。中・低所得層の銀行救済に対するアレルギー、抵抗感がかなり強いためである。ブッシュ政権(共和党政権)の方が金融機関救済を実行しやすかった。
  4.  オバマ新大統領は上院議員を1期すらまっとうしておらず、民主党内では「子供扱い」されている面がある。政策を策定する段階になると、シニアの民主党議員が「自分こそ政策通」という姿勢で前に出ようとするため、むしろ混乱が増すことになる。総花的な追加対策はそうした民主党の内情を反映したいい例である。また、ペロシ下院議長は議会運営が上手くなく、新大統領の助けにはならない。

 このように、オバマ新政権に対する悲観論が強い中、ヘッジ・ファンドの多くは、円高の進行を予想するとともに、投機的な円買いを準備している印象を受けた。なお、一部には、1ドル70円台割れ(60円台突入)を予想する声もあった。

 円高論(円買い論)は大きく分けて以下のような2つに整理される。

  1.  ドルは当面趨勢的に安くなるとみられるが、ドル安圧力下では消去法的に円が買われる可能性が高い、という見方。こうした見方の背景には、ユーロは欧州中央銀行の利下げ余地を考慮すればどうなるのかわからない、アジア通貨は為替制度の問題(人民元)や生産ショック(台湾、韓国など)からみて買いづらい、というものがある。


  2.  円安バブルは崩壊した、という見方。すなわち、円は、実質実効ベースで安くなり過ぎたが、依然としてまだ安く、調整は終わっていない、というものである。


 なお、米国ファンド勢が投資先として興味を示した円資産は、日本国債、割安感のある不動産投信であり、日本の内需関連株への投資意欲は全般に弱かった。日本の政治情勢の悪化が足かせになっているようである。

 このように、円高期待があっても、日本の株式市場が受け皿になる可能性は低いため、日本に海外から持続的に資金が流入することは展望できず、このため、投機的な円高が持続的な円高に発展する可能性も低い。ただ、向こう数ヶ月については、急激な円高と円高ショックを受けた東証株価下落の可能性に注意がいる。

 “米国先行き悲観論の蔓延”と“急激な円高のリスク”が今回の米国出張から得られたキーワードである。

 

以 上
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