2010年09月24日

白川 浩道
奇策・現金課税について


 菅改造内閣が発足した。 恐らく新内閣も「日銀と一体となってデフレ脱却を目指すこと」を経済政策の最優先課題に掲げることだろう。 日銀の金融緩和が不十分であるから円高になり、デフレが強まっている、と考えている政治家は、日銀の独立性を低下させるべく、日銀法の改正や一定のインフレ率を政策目標とするインフレ・ターゲット政策の導入を提唱するであろう。

 しかし、日銀の独立性を制限して金融緩和を拡大しても、デフレが解消されるわけではない。 以下に示すように、デフレをもたらしている要因は国内外に複数存在しており、かつ、ほとんど是正困難であるとみられるからだ。 政府が日銀に圧力をかければ一時的に株価が上昇するかもしれないが、持続性は低い。

 デフレの第1の要因は、アジア中進国・新興国の台頭である。 いまや生産技術は簡単にコピーできる時代であり、コストが低い地域に生産拠点がシフトすることは止められない。 法人税率を少しばかり引き下げても、製造業の人件費削減傾向も、賃金下落も止まらない。

 第2は、高齢化の進展である。 日本では、個人の所得、消費ともにライフ・サイクルが存在する。 40代の半ばを超えると、加齢とともに1人当たり所得・消費額がともに減少する。 このため、高齢化が進展すれば、総人口がさほど減らなくてもマクロでみた消費需要は大きく縮小する。 向こう20年程度で20〜25兆円もの消費市場縮小(10%超の縮小)が起こるとの試算もある。 小売業、流通業で廃業が進まない限り、過当競争状態は強まるのみで、物価は下がるしかない。

 第3に、硬直的な労働市場である。 日本では依然として終身雇用制が基本であり、労働市場の流動性が他国対比で低い。 こうした労働市場の硬直性は国内景気低迷と相俟って失業の長期化を招いている (今や、30代半ばまでの失業者のおよそ4割は失業期間1年超の長期失業者である)。 失業の長期化は若年層の雇用不安を高め、彼らの消費を抑制し、過少消費状態の大きな原因になっている。

 第4に、超低金利政策の継続である。 超低金利政策はデフレの副産物であるが、その結果、不採算企業の淘汰が遅れ、供給過多が是正されにくい状態が続いている。

 上記のうち、第1、第2の要因を政策的に取り除くことが不可能であることは自明であろう。 他方、第3の要因については、雇用慣行是正や労働法改正という道があるかもしれないが、ハードルは高い。 雇用維持こそ政治の優先課題であるからだ。 第4の要因を是正するためには、むしろ日銀が金融緩和を修正・縮小するとともに、政府が雇用の受け皿を用意するしかない。 しかし、金融緩和こそがデフレ脱却の道、と信じている政治家が存在する以上、この政策が採用される可能性はほぼゼロに等しい。

 国内個人消費を拡大させ、デフレを解消する方策はないのであろうか。 “現実的なもの”としては存在しない、というのが答えである。 ただ、非現実的な政策としては“ないわけではない”。

 すなわち、一部の著名な経済学者たちが言う“現金課税”である。 これは、古くは1930年代初の世界大恐慌への対応としてケインズによって主張されたもの (通称ゲゼル貨幣、スタンプ貨幣という)であり、最近では大規模な金融危機を経験した米国経済に対する処方箋としてマンキューというマクロ経済学者などが提唱している。 簡単に言えば、消費せずに現金や預金を貯め込むという行為に対して何らかの方法を使って罰則を与えようというものである。
[1]毎年紙幣を更新し、古い紙幣の価値を強制的に2、3%目減りさせる、
[2]紙幣に印字されているシリアル番号の下一桁についてある特定のものを使用できなくさせる、
[3]一定額以上の銀行預金元本に2、3%の課税をする、
などが具体的な措置である。

 “現金課税”の基本的なコンセプトは、「デフレ下においては現金に対する需要が高まるばかりであり、その結果、消費や投資が抑制されるため、こうした状況を政府介入で是正すべき」というものである。 また、「人々のモノやサービス、そして住宅などに対する需要はどこかで飽和するが、現金(あるいは流動性の高い預金)に対する需要は際限がなく、飽和することもない」という状態を “貨幣愛”と呼び、「貨幣愛の是正こそ、デフレ解消の道」とする考え方もある。

 現金や預金に課税するなどとんでもない、と考える国民が多いものと推察される。 しかし、これまでの政策の延長線上で事態の打開はできない。 消費税増税をして福祉を充実させても、日本経済が沈む速度が速まるだけである。 劇薬、奇策、非常識な政策を採用できなければ、デフレ解消の目処は立たないだろう。 発想の転換ができない以上、安易にデフレ解消を叫ぶべきではなく、デフレの継続を容認した上で社会・経済制度の再構築を目指すことの方がはるかに筋が良い対応なのである。

 

以 上
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