2011年07月22日

白川 浩道
経済見通しはファット・テール型に


 ファット・テールとは、平均から極端に離れた事象が発生する確率が正規分布から予想される確率よりも高い現象を言う。 証券投資理論に置き換えると、期待投資収益率が正規分布に従わず、大幅なプラスないしマイナスの収益率が発生する確率がそれなりに大きい状態を指す。

 実は今、日本経済の成長見通しについてこのファット・テールを想定すべき時に来ているようだ。 つまり、日本経済が東日本大震災発生後の混乱期を抜け出し、安定的な回復期に入る秋以降の成長速度は上・下に大きく振れるリスクがある。

 秋以降の経済成長の巡航速度に関する基本シナリオ、あるいは予測の中央値は+2%である。 1990年代後半以降の景気回復期における平均的な実質成長率が+2%程度(景気後退期の平均成長率は−2%程度)であるためである。

 このように予測の中央値は+2%程度であるが、日本経済が+2%成長のパスに沿って動く可能性は4割程度で5割に満たないイメージである。 +1%に満たない低成長の可能性と、+3%を超える高成長の可能性がそれぞれ3割程度はある。 なお、日本経済が+2%成長のパスに沿って推移した場合、2012年の実質GDP成長率も+2%前後になる計算だ。

 予測成長率の分布が歪んでしまうのは、不確実性のレベルがかつてない程度に高いからに他ならない。要因は3つある。

 第1に、国内の原発問題である。 菅政権が長期化する中で停止中の原発の再稼働に失敗した場合、向こう1年程度で国内全原発が停止する。 失われる電力供給能力(出力)は約4,800万キロワット(国内発電電力の約3割)に及び、この結果、火力発電等で代替しない場合には、夏場に15〜20%、冬場に5〜10%の電力使用制限が必要になる。 電力使用制限が鉱工業生産水準の低下を経由して実質GDPを下押しする効果は、小さく見積もって約1%、電力不足を嫌った企業の海外生産移転が加速することを加味した最悪シナリオでは1.5〜2%にも達する。

 全原発停止による電力喪失を火力発電で代替した場合の経済損失(燃料コスト増)は年間3兆円、GDP比で0.6%であるが、燃料コスト増が電気料金引き上げに繋がった場合、個人消費・設備投資への下押しというマイナスの乗数効果が発生する。 やはり、実質GDPを下押しする効果は1%程度には及ぶはずである。 国内全原発が停止となった場合、2012年の実質GDP成長率は高々1%、場合によっては0%近傍の可能性も出てくる。

 ただ、全原発停止が回避されるとともに、火力代替がミニマムで収まり、さらに太陽光・風力発電への投資が大きく加速するというシナリオもあり得る。 この場合には、基本的には、太陽光・風力発電投資拡大によるプラスの乗数効果のみが顕在することになり、2012年の成長率は+2%から上離れすることになる。

 第2に、FRBの金融政策である。 FRBのバーナンキ議長は、昨日の議会証言でQE3の可能性を示唆した。 雇用と物価安定のdual mandateの下にあっては、雇用回復力の弱さと賃金デフレ・リスクを無視し得ないということであろう。

 しかし、FRBがQE3に踏み切れば、世界景気は鈍化する。 最悪の場合、スタグフレーションの広範化によって世界景気が失速するリスクがある。 QE3は、アジア新興市場国経済を中心とした実質的なドル・ペッグ国の為替介入資金の再膨張を通じて過剰流動性を再拡大させ、資源インフレを再加速させる可能性が高いからだ。 新興市場国経済では金融引き締めによって、先進国では“インフレ税”によって、景気が落ち込むことになる。

 もっとも、FRBがQE3に踏み込むと決まったわけではない。 FRBが量的緩和の弊害をきちんと認識している可能性も皆無ではない。 FRBがQE3を思い止まれば、資源インフレ圧力は着実に低減し、世界経済がスタグフレーションに悩まされることはない。

 第3に、欧州ソブリン問題である。 足元では、ギリシャの財政懸念がイタリアに飛び火した。 経常収支や構造的財政収支のデータからみた場合、イタリアへの“汚染”拡大には違和感があるが、市場が“南欧諸国の脆弱な経済・財政構造そのもの”を嫌い始めた可能性が示唆されているとも言える。 地下経済の規模の大きさや汚職や脱税行為の深刻度などに注目が集まっているということである。

 市場の疑心暗鬼が大きく高まった場合、イタリア国債市場でギリシャ国債市場並みの混乱が生じるリスクもある。 イタリアの政府負債は2兆ユーロを超えており、国債市場の混乱が世界の金融システムに与える影響は甚大なものになる可能性がある。

 このように、第2、3の要因は、日本の外需見通しを大きく変動させるものである。 FRBがQE3を見合わせ、欧州ソブリン問題がイタリアに広がることなく収束すれば、外需は安定的な成長を続け、日本経済を少なくとも+2%成長のパスに止めてくれるであろう。 しかし、FRBがQE3に踏み切り、スタグフレーション圧力が高まり、さらに欧州ソブリン問題がイタリアに広がり、混乱が深刻化すれば、仮に国内の原発問題が落ち着いたにせよ、成長率の大幅下振れは必至であろう。

 いずれにせよ、景気の先行き不確実性は高く、経済見通しはファット・テール型にならざるを得ないのである。

 

以 上
TEL: 03-5297-7311 - FAX: 03-5297-7314
Copyright © 2000 CMD Co., Ltd. All rights reserved.
Prev Index Next