2012年02月02日

白川 浩道
始まる?悪い円安


 日本経済は転換期にさしかかろうとしている。 国力の低下が貿易赤字の定着となって顕在化しており、1980年代前半から続いた円高傾向についに終止符が打たれる可能性がある。 早ければ、今年の後半から悪い円安(対ドル)がスタートする可能性もある。

 日本経済は長らくモノづくりで成長してきた。 元々天然資源のない国であり、資源を海外に頼ってきたから、勤勉を拠り所にした生産性向上の下で付加価値の高い新製品の生産・輸出を行い、加工貿易で所得を増やしてきた。 第2次石油ショック後の1980年を最後に2010年まで30年にわたって貿易黒字を計上し、黒字先進国の地位を謳歌してきた。 黒字の継続は膨大な対外資産の蓄積をもたらし、2011年末時点の日本の対外金融資産残高は560兆円強にも達した。

 しかし、30年にわたる日本経済の成長モデルは今や瀕死状態にある。 黒字の方程式は崩れつつある。 東日本大震災発生によるサプライ・チェーンの寸断や原発の停止といった予期せざる不幸もあったが、昨年、日本は31年振りの貿易赤字を記録した。 2011年年間では3兆円弱の赤字であったが、4月から12月の赤字を合計し年率換算すると4兆円を超える。 旅行収支などのサービス収支も赤字だから、年間の赤字額は年率6兆円に迫る。 さらに、足元では、原発のほぼ完全停止もあって、貿易・サービス収支赤字は年率7〜8兆円のペースに加速している。

 日本はれっきとした貿易赤字国に転落したわけであるが、憂慮されるのは、赤字化を招いている要因がほぼ全て構造要因であるという事実である。

 まず、日本製品は世界市場で競争力を失いつつある。 産業構造改革を怠り、選択と集中を追求して来なかった日本は、様々な業種で世界のトップ・ブランドの地位から転落した。 この点が大きい。ブランド力が低下したと言っても良い。 このため、価格支配力が大きく後退した。 そもそもアジアの新興市場国でも生産できる製品を無理して作り続けているのであるから、輸出価格が下がっても仕方がない面があるが、とにかく最近の日本製品の価格は下がり方が大きい。

 円高の長期化が疲弊した日本メーカーに追い討ちをかけているのは事実であるが、そうした短期的なマイナス材料より怖いのが、空洞化の進展である。 生産コストの上昇に見合わないため、多くのメーカーが海外生産比率を引き上げたり、外注比率を高めたが、その結果、部品輸入が増加傾向にあり、貿易収支を圧迫している。

 エネルギー政策の迷走も貿易赤字をもたらす要因となっている。 実際、火力発電へのシフトでLNGの輸入が大きく増えている。 ただ、より大きな問題は、日本がアジアに位置することに起因するディメリットである。 それは、LNG価格にせよ、原油価格にせよ、アジアが世界的に最も高いということだ。 高成長新興国が集中しているため、需給が相対的に逼迫しているのだ。

 駄目押しは高齢化である。 高齢化で日本全体の医療費支出が増えているが、その結果、医薬品輸入(年間2兆円程度)がはっきりとした増加傾向にある。

 国際競争力の低下、価格支配力の後退、空洞化の進展、エネルギー価格の高止まり、高齢化の進展、という趨勢が止まる可能性は極めて低い。 従って、貿易赤字は定着するだろう。

 過去からの遺産である560兆円強の対外資産の運用益は年間14〜15兆円にのぼる。 対外貿易収支は赤字でも、対外所得収支はまだ黒字であり、両者を合計した経常収支は年率7〜8兆円ペースの黒字を維持している。 家計に例えれば、収入と出費のバランスは毎月7〜8万円の赤字であるが、虎の子の預金の利子収入が毎月14〜15万円あるため、全体としては黒字を続けていられる、という富裕層年金世帯のようなものである。 ただ、逆にいえば、収入と出費の差額である赤字が、毎月7〜8万円から14〜15万円に増えたら、全体としての黒字は消え、赤字家計に転落することになる。

 向こう2、3年のうちに、日本の貿易・サービス収支赤字が年率7〜8兆円から14〜15兆円に倍増し、経常黒字が消える可能性はどの程度あるのか。 筆者の試算ではずばり60%程度である。

ビジネスモデルの破たんと空洞化による輸出減が3〜4兆円程度、エネルギー資源輸入増、医薬品輸入増、アジアからの家電や部品輸入増がそれぞれ5,000〜1兆円、漸進的市場開放に伴う農作物の漸進的市場開放に伴う輸入増が1兆円はあるとみられるからだ。

 経常黒字の消失は、日本の海外資産の拡大が止まり、海外からの借入を行わないと国債消化に支障を来たすことを意味する。 これは紛れもない国力の低下であり、そうしたシナリオを市場が予測すれば、今の円高が長く維持されるとは考えにくい。 円高修正は時間の問題になりつつある。

(了)

 

以 上
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