2012年07月31日

白川 浩道
長引く円高・ユーロ安


 

 欧州の危機対応に大きな進展はみられておらず、南欧諸国の財政・経済構造改革に対する市場の信認も回復していない。

 ギリシャ、イタリア、スペインなどの国家財政を根本から立て直すためには、汚職や脱税の根絶、アングラ経済の思い切った縮小などの経済構造改革が必要であるが、そのためには、他国が徹底的に介入できる制度を作らねばならない。ギリシャやイタリアの政府や議会に任せていても構造改革は進まない。明白な利害関係が存在するからだ。

 このことは、ユーロという通貨を崩壊させたくなければ、各国に予算権や徴税権あるいは銀行監督権限を放棄させ、域内統一組織に行政権を集約させる必要があること、を意味している。欧州中央銀行にならい、欧州予算局、欧州税務庁、欧州銀行監督庁、欧州警察庁、欧州検察庁などを組織しなくてはならないということだ。

 しかし、財政統合、金融統合や捜査当局統合と呼ばれるこうしたプロセスはなかなか進まないだろう。国家主権を自ら進んで放棄する国などどこにもない、と考えられるからだ。従って、個別国がばらばらに意見を主張する状態は変わらず、ユーロ崩壊論も消えないだろう。向こう1年程度のうちに、ドル・ユーロ相場が1.0に達し、ユーロ円相場が70〜75円程度の超円高になってしまう可能性は十分にある。

 そうした状況下、円高対策の切り札として日銀外債購入論が脚光を浴びつつある。日銀がユーロ圏の国債を直接購入すれば、ユーロ買い圧力が生まれ、円高圧力が後退する、という期待だ。なんと言っても、日銀が円を刷ってユーロを直接買うのだから、為替介入を凌ぐ効果がありそうだ、ということである。しかし、残念ながら、日銀による外債購入にはハードルがあり、為替相場にインパクトを与えるような措置が実現する可能性はきわめて低いと考えざるを得ない。

 日銀外債購入論については法的な問題が重要だ。すなわち、現行の日銀法では、「日銀による外国為替の売買(外債購入も該当する)は、それが為替相場の安定を目的とする場合、政府事務取り扱い者として行う」旨が規定されている。つまり、為替売買(基本的には為替介入)の権限は政府にあり、日銀が“自らの判断”で為替売買や外債購入はできないことになっている。

 もっとも、こうした一般的な法解釈に対し、一部には、予め財務大臣の認可さえ得れば、日銀が外債購入を行うことは可能である、との意見もある。実際、日銀法第40条第3項によれば、「外国中銀や国際機関などとの協力を図る目的であれば、財務大臣の承認を得た上で外国為替売買ができる」とされている。円相場の安定(円高阻止)ではなく、国際協調を目的とすれば、日銀はユーロ建国債や米国債を買うことができる、という考え方である。

 確かにこのロジックを使えば、為替介入の権限に関する複雑な議論をスキップしつつ、日銀外債購入の道を開くことができるが、国際協調の大義名分が得られなくてはならないという大きな問題がある。

 具体的には、欧州中央銀行あるいはユーロ圏の政府が、日銀によるユーロ圏国債の購入を“積極的に容認”あるいは“要請”する必要がある。日銀や日本の財務省さえよければ、勝手にイタリア債やスペイン債を買って良い、ということにはならない。一方的な対応では国際協調や国際協力という条件をクリアーできない。

 中央銀行による国債購入(財政赤字ファイナンス)はその国の財政規律・節度に大きな影響を与えるが、海外の中央銀行は他国や他地域の財政問題に一切の責任を負えない。この点はしっかり認識しておく必要がある。日銀が勝手な判断によってギリシャ国債を大量に購入したとしよう。その結果、ギリシャのユーロからの離脱確率は下がるかもしれない。しかし、ギリシャがユーロ圏に止まることでドイツのギリシャ救済負担は逆に増大する可能性がある。問題は、ドイツ国民の負担が増えても日銀はその責任を取れない、ということだ。一般論として、海外の中央銀行が高度の政治的判断を要する他国の財政問題に深く首を突っ込むことは簡単には認められないのである。そして、そうであるならば、欧州側が日銀に国債購入を要請してくる可能性も極めて低いと予想しなくてはならない。

 また、外貨準備運用の世界では、財政規律などへの影響が相対的に小さい短期国債を購入する傾向が強いという点も重要である。これは、短期国債を購入しても、その国の財政状況に対して長期にわたって影響を与える可能性が小さいという事情を反映している。

 このように考えて来ると、仮に日銀が例外的に円の増刷と外国債券の購入を認められたにせよ、対象となる外国債券はドイツなど健全国の短期国債に絞られる可能性が高く、このため、日銀による外債購入はドイツやオランダなどの1〜2年物の金利水準の一段の低下をもたらす可能性が高い。こうした市場の動きは、ユーロ・キャリー・トレード(短期市場でユーロを調達、その資金で資源国通貨などの長期債を購入する取引)の拡大とユーロ安を促進するだろう。日銀による外国債購入は、円高・ユーロ安を阻止するどころか、それを促進してしまうリスクすらある。

 日銀の外債購入については、実現しないか、実現したにせよ、ユーロ安を阻止するような切り札にはなり得ない、とみられる。ユーロ安・円高の動きはまだまだ止まらないと読む。

(了)

 

以 上
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