2001年05月25日

白川 浩道
経済フォーカス:日本企業の収益力は改善しているのか

 日本政府にとっての最大の課題は、競争力に欠ける企業の整理淘汰を促すことで労働生産性を回復させ、潜在成長率を引き上げることである、という見方が多い。当社もそうした考え方に基本的に賛成である。付け加えて言うならば、重要なことは、銀行部門を通じた資本の流れを市場メカニズムに従わせることである。不採算の借り手企業が経済に存続し続けるというデット・オーバーハングの状況は速やかに修正しなければならない。また、銀行による債権放棄によって経営不振に陥っている借り手企業の延命を安易に図ってはならない。こうした文脈において、政府は、情報開示とリスク原理の適用を徹底させ、市場の圧力を最大限利用することで、銀行部門改革を図ることも理論的には可能であろう。しかし、こうしたアプローチは政府にとって最善の選択肢とはならない可能性が高い。なぜなら、市場の圧力はシステミック・リスクを引き起こし、多大な社会的コストを招く場合もあるからだ。そうであれば、政府が不良債権処理に断固とした姿勢で臨むことを前提に、公的資本注入による銀行国有化がより現実的な解決策であると言えよう。もっとも、話はここで終わらない。 政府のバランスシートが既に著しく悪化している状況を踏まえると、銀行に対する資本増強策は増税論議に直結する可能性があり、ここで納税者の抵抗に合うことは必至であるからだ。ハードランディングが正しいアプローチにせよ、それは簡単ではない。

 このように、日本経済の将来について鍵を握るのは、「政治」である。政治家には強力なリーダーシップと国民からの高い人気が必要である。増税による構造改革の断行を広く国民に支持してもらう必要があるからである。小泉新首相は、このようなリーダーだろうか。それはまだ分からない。しかし、仮に小泉首相がそうした器でないとしたら、改革は頓挫し、日本経済の展望は全く開けないことになってしまうのであろうか。100%そうとは言い切れまい。個別企業ベースでのリストラとコスト削減が持続的に進めば、企業部門のバランスシートは強化され、それが持続的な設備投資主導型の景気回復の基礎になり得るのである。日本において、ITインフラ投資と労働力投入の間の代替性については、依然それが存在するのかについて、明確な答えは出ていない。両者の代替性が確認できれば、企業の労働コスト削減がIT投資の持続的拡大と生産性トレンドの変化をもたらし得ることになる。このテーマが日本経済に関する最大の研究課題であるとみられるが、以下では、そうしたテーマそのものではなく、その前段として、長期的な観点から、日本企業の収益力を振り返ってみたい。

 まず、マクロ・レベルでみて日本の非金融企業部門は収益力の回復を果たしているのであろうか。答はイエスだが、その程度は依然極めて限界的であり、パフォーマンスは80年代を下回ったままである。すなわち、96〜2000年平均でみた売上高経常利益率は、製造業、及び非製造業でともに90〜95年平均に比べて幾分上昇しているが、依然として83〜89年の平均を有意に下回っている。とりわけ、建設業、不動産業、サービス業では80年代平均の水準に遠く及ばない。国内非製造業は、資産デフレが続いたこの10年間で収益力が著しく悪化していると言えよう。

 では、なぜ日本企業の中期的な収益力の伸びはこれほどまで限定的なのだろうか。それは、企業が変動費は着実に削減してきたものの、賃金コストの削減に失敗しているからである。次ページの図が示す通り、賃金コストの売上高比率が明確に低下しているのは、運輸・通信業のみである。他の業種ではサービス業を除いて、同比率は80年代に比べ2〜3ポイントも上昇している。売上高賃金コスト比率は、典型的な固定費の動きを示す。すなわち、売上高が増加している時に低下し、売上高が減少している時に上昇する傾向がある。2000年には、大部分の業種で賃金コストの売上高比率が低下したが、これはおそらくこの指数の循環性によるものと思われる。そうであるとすれば、2001年は世界景気が鈍化する中で売上高の減少が見込まれることから、同比率は再度上昇するものと予想される。日本企業が収益力を強化するためには、中期的に賃金コストを引き下げることが極めて重要なのである。残念ならが、これは今もって観測されていない。

 日本企業は収益力の目立った改善は遂げていないが、この間、積極的に負債を削減してきている。すなわち、総負債資産比率は、不動産業を除くすべての業種で80年代に比べても低下している。日本企業は収益力の回復が思うように進まない状況下、過去の高金利負債を積極的に返済してディ・レバレッジングを図ってきたと言えよう。しかし、負債規模は売上高他費では低下していないのも事実である。このため、負債返済のモメンタムが失速することはないとみられ、バランスシートのリストラは当分の間継続するであろう。こうした動きは日本企業の収益力改善に寄与するのであろうか。ネットの利払い費売上高比率はすでに絶対的なベースでみて極めて低い水準にまで低下していることからすれば、負債比率の引き下げはヘッドラインの収益性にさほど貢献しないと思われる。また、企業が負債を返済し、設備投資を手控えれば、中期的にみて生産性を損なう恐れがある。その意味では、設備投資キャッシュフロー比率が継続的に低下している最近の状況は懸念される。やはり、日本企業にとって必要なことは、中期的に労働力の利用効率を高め、賃金コストを引き下げることである。 個別企業の効率性の追求が、日本経済再生の解決策になり得るのは事実である。しかし、日本企業がよりアグレッシブに自らを変革し、競争力を取り戻さない限り、政府の介入によるハードランディングの産業構造改革が唯一の解決策になってしまうであろう。今のところ、「破壊と創造」が日本経済にとっての処方箋である、との見方を否定することはできないようだ。

以 上  
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