2001年06月14日

白川 浩道
不良債権処理のインパクト

泉政権における経済改革政策の目玉は、なんと言っても、不良債権処理の促進による産業構造改革であろう。「痛みを伴う構造改革」が現政権のスローガンとなっているが、果たして、銀行の不良債権処理にはどの程度の痛みが伴うのであろうか。また、数週間前、竹中経済相が「不良債権処理の過程で数十万人が失業する可能性」と指摘した。こうした数字をどう評価すればよいのであろうか。そうした問題意識の下で、当社ではごく簡単なシミュレーションを試みた。

主な前提は、国内銀行が自己査定の第2分類以下合計の64兆円(00年9月末現在で63.9兆円)を最終処理する、その場合、借り手企業の25%が廃業する(債権放棄は3分の1に適用、法的整理先の3分の2が再建=9分の2の先が廃業)、不良債権の業種別の分散は、主要行のリスク管理債権ベースと全国銀行の自己査定ベースで同一、廃業企業の従業員は100%失業、新規失業者は失業後2年間は新規の職がみつからない、失業後1年間は給付率60%の失業手当が支給される、2年目は生活保護の対象となる、平均消費性向は1年目70%、2年目50%、といったところである。また、シミュレーションは、静態的であり、動態的ではない。すなわち、不良債権処理とGDP等の間のフィードバック効果を考慮していない。

主な結果は以下のとおりである。

  1. 225万人が失業することになる。対象不良債権が64兆円であるから、不良債権1兆円あたり3.5万人が失業することになる。政府が対象としている不良債権額は破綻等債権の12−13兆円であるから、約45万人が失業する計算になる。竹中大臣の数字とかなり近い。
  2. 225万人が失業した場合、失業率は8%強に上昇する。
  3. この場合、個人消費は2年目までに約2%減少し、GDPは1%強減少する。

さて、この結果をどう読むべきか。まず、失業率8%は日本以外の諸国からみればたいして高い数字ではない。また、個人消費やGDPへのインパクトも驚くほど大きなものではない。そうであるとすれば、政府は不良債権の一部を対象とするのではなく、自己査定で示されているような60兆円強の不良債権の全体を対象とし、徹底的な不良債権処理を進めるべき、との主張も合理性を持つかもしれない。しかし、本当に「失業率の上昇に恐れることなく、経済構造改革を断行せよ」との議論が可能であろうか。

ここでポイントは2つある。1つは、シミュレーションが不良債権処理のインパクトを過小評価している可能性である。200万人以上が失業し、個人消費が2%も減る状況では、流通業で相当の業況悪化が生じることになり、その結果として、さらに失業が増加する可能性が大きい。また、200万人以上が失業する状況では、消費者マインドが大きく冷え込むことになる可能性が高いから、そもそも個人消費の減少は2%では済まされない可能性すらある。さらには流通業を中心に設備投資も大きく落ち込むことを想定せねばなるまい。失業が物価下落を招くことで実質金利が上昇するリスクも十分にある。このように、実際のGDP等への影響は、シミュレーションで示される数字の何倍にも膨らむ可能性がある。25%の借り手が廃業となった場合、失業率は10%を越え、GDPへの影響も2年間で数%に及ぶかもしれない。これは、やはり大変なデフレ圧力と評価した方がよさそうである。

2つめは、そうした大きなデフレ圧力を受けるには、現在の日本経済はあまりに脆弱な状況にあるということである。1−3月期のGDP成長率は−0.2%と予想を下回り、今後も7−9月期までは極めて厳しい状況が継続しよう。01年度はマイナス成長となるリスクが高い。そうした状況で不良債権処理による産業構造改革を断行すれば、経済はまさにデフレスパイラルに陥ることになろう。01年度から03年度まで少なくとも3年連続でマイナス成長となる可能性は否定できない。しかも、02年度、03年度は01年度に比べ、さらに成長率のマイナス幅は拡大することにもなりかねない。税収は激減し、30兆円の国債発行ターゲットを達成しようとすれば、さらにドラスティックな歳出削減が必要になろう。これがさらに需要を減退させ、さらにデフレを助長する。株価はクラッシュしてしまう可能性があり、これが金融システム不安を招けば、大変な事態になるのではないか。

日本経済はデフレスパイラルの入口に立っている。米国景気の一段の後退がなくとも政策対応を誤れば、取り返しのつかないことになる可能性がある。そしてそうしたリスクがある以上、構造改革は、まずは、財政運営の効率性向上(歳出構造の見直し)といった部分に注力すべきであろう。その上で、中長期的な財政再建を検討すべきである。不良債権処理による生産性向上は日本経済の再生に不可欠である。しかし、構造改革を財政、金融の両分野で一気に進めるだけの体力はない。まずは財政、そして不良債権、といったプライオリティ付けが正しいのではないか。

いずれにせよ、金融政策には更なる「実験」が求められている。財政赤字を安易にファイナンスしないというスタンスは必要であるが、プラスのCPIインフレへのコミット、当座預金ターゲットの増額、民間債務対象オペ(CP、社債担保オペ)の積極化が必要であろう。公的部門と金融部門のバランスシート調整(浄化)の過程では、どうしても日銀のバランスシート拡大(質の悪化)が必要なのである。

当社では、今後の政策対応について、以下のような基本シナリオを描いている。(1)財政構造改革論議は、特殊法人改革、特定財源改革を軸に進展、(2)景気対策の補正予算編成の可能性は低い、(3)不良債権処理については、現状の方針から大きく変わらない、(4)日銀は9月中旬までに当座預金ターゲットの1兆円増額とプラス1%のCPIターゲットにコミットする。

以 上  
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