2001年08月08日

白川 浩道
生産調整は長引くのか?

 輸出の一段の落ち込みの下で、鉱工業生産の調整が加速している。直近の6月には、輸出数量、鉱工業生産がそれぞれ前年比で14.3%、8.7%の減少となった。輸出数量は1年前のピークから14%以上も、鉱工業生産は昨年8月のピークから10%弱も減少したことになる。こうした鉱工業生産の減少幅は、消費税増税にアジア通貨危機が加わった前回調整局面の前半(97年央〜98年央)の下落幅にほぼ匹敵するものである。生産調整の前回局面は、結局、97年5月から98年一杯の20ヶ月であったとみられるが、99年初に生産が上向くまでに、鉱工業生産指数は約11%減少した。逆に言えば、今後、年後半にかけて、生産調整が徐々に落ち着いて行かなければ、今回の調整局面の方が前回の調整局面に比べてより大幅な生産の減少を経験することになってしまう。果たしてそうなるリスクはどの程度あるのであろうか。財別の在庫水準を見る限り、依然としてそうしたリスクは大きくないように見受けられる。次ページのチャートが示すように、在庫の積み上がりは素材や中間財といった生産財のセクターに圧倒的に集中しており、最終需要財の在庫は軽い状態が続いているからである。直近の6月でも最終需要財の出荷は消費財に支えられて0.7%伸びたが、生産は0.4%の減少となり、在庫水準は1.0%も低下した。最終需要財の在庫は低水準で効率的にマネージされているといえる。

 このように在庫の状況からは、生産財部門には大きな生産調整圧力が存在するものの、最終需要財部門ではそのような圧力はかかっていないことが引き続き示唆される。しかし、当然のことながら、最終需要の動向如何では、生産調整がより長く、かつ深くなるリスクはあり、その場合には、来年度の成長率に大きな影響が出ることになる。この点については、個人消費の動向が鍵を握ると考えている。前回調整局面後半の98年下期には、輸出と企業設備投資の減速が継続する下で、個人消費が安定化することで生産活動の横ばいがもたらされた。今回については、年末にかけて、輸出は米国経済の緩やかな回復により徐々に持ち直すとみている一方、設備投資については年前半の生産減少を受ける形で減速する可能性が高いとみている。従って、個人消費が一段と悪化すれば、年末までに生産調整の目処がつくというシナリオは崩れてしまう。

 個人消費は年末にかけてどのような動きとなるであろうか。家計所得は既に緩やかな減少トレンドにあるが、仮に年後半に輸出が復調したにせよ、これが回復する可能性はほとんどない。市場の圧力により、企業のリストラが再び加速するとみられるからである。人件費削減には大きくわけて2つのパターンがあろう。1つは、ICTインフラの積極化とセットになった雇用削減であり、これは、非製造業でそうした傾向が顕現化するものとみている。最近の機械受注統計では半導体製造装置を除く電子・通信機械受注が予想外に堅調であるが、その背景には、非製造業の発注が好調であるという事実がある。最近の労働統計でサービス業の雇用創出力が減退する傾向がみられるが、これもそうしたICTインフラ整備意欲の現われと捉えることができよう。もう1つは、必ずしも労働と機械資本の代替ということではなく、利益率維持のための雇用コスト削減であり、これは製造業でその動きが強まる可能性が高い。非製造業の労働代替インセンティブと製造業の合理化が家計所得の足を引っ張ることになる。

 所得環境の悪化が消費者のコンフィデンスの低下を招けば、個人消費が一段と減速感を強めることは避けられない。その意味では、消費者コンフィデンスが維持されることは非常に重要である。所得環境の悪化の中で、消費者のコンフィデンスが保たれることは可能であろうか。この2年程度の消費者コンフィデンスと実質賃金の動きをみると、その相関は高い。すなわち、99年から00年にかけての景気回復の下で賃金が強含み、消費者コンフィデンスも改善した。すると、賃金や所得の減少の下でコンフィデンスが悪化するのであろうか。当社では、所得以外に、消費者のコンフィデンスに影響を与えるものとして、財政政策への信認と銀行システムへの信認があるとみている。日本の家計は貯蓄の目的として老後の生活に対する不安を指摘する傾向を強めている。これは公的年金破綻懸念がその大きな背景になっている可能性がある。逆に言えば、赤字財政政策の持続性に漠たる不安を持っているということであろう。また、99年以降の消費者コンフィデンスの回復には金融システム不安の後退が影響している点も見逃せない。そうであるとすれば、財政運営への不安や金融システムへの不安が後退すれば、消費者のコンフィデンスは、所得環境が若干改善しても維持される可能性が高い。この点に関しては、小泉政権の構造改革が、単なる「破壊」からではなく、財政運営や不良債権処理に対する道筋をつけることから入るとすれば、そのプラスの効果を期待できるのではないか。換言すれば、消費者のマインドが落ちないで済むためには、小泉政権によって、消費者の日本経済の将来に対する見方が幾分なりとも明るくなることが前提である。当社では、とりあえず、こうした改革のプラス面がある程度機能するものと想定する。従って、個人消費が年後半に崩れるとはみていないし、そうであれば、外需の落ち着きとともに生産財の在庫調整に目処が立てば、生産活動も来年1−3月期からは緩やかに回復することを予想できる。当社が、そうしたシナリオを断念するのは、米国経済を中心とした世界経済の調整が来年に入っても継続する可能性が出てきた場合、ないしは小泉改革が挫折し、消費者のコンフィデンス維持に失敗する可能性が高まった場合、のいずれかである。

以 上  
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