2001年08月29日

白川 浩道
日銀の追加緩和は本格的な量的緩和か?

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ポイント
  1. 8月14日の日銀の決定は、基本的に銀行部門に対する短期流動性サポートである。また、本格的な公的債務のマネタイゼーションの始まりでもない。金融緩和の「本格度」を測るうえでの最も重要な基準は、銀行システムの脆弱性の度合いである。言い換えれば、銀行部門の脆弱性が高まっている状態での緩和は本格的な量的緩和とは言えない。
  2. 向こう6〜9ヵ月を展望すれば、日銀が本格的な量的緩和を実施する可能性はそれなりにあると考える。その際の前提条件としては、銀行による不良債権最終処理の加速が極めて重要である。

 日銀は、当社が予想していたよりも1ヵ月早い8月14日の金融政策決定会合で追加緩和を決定した。当座預金残高の目標額が5兆円から6兆円に引き上げられたとともに、中長期国債買い切りオペ(輪番オペ)が現行の月4,000億円から6,000億円に増額された。これは「本格的な量的緩和」と言えるのであろうか。当社ではそうではないとみている。

 その理由は2つある。第一に、超過流動性(正確には、超過当座預金)ターゲットの引き上げは、基本的に9月期末に向けての金融機関からの流動性需要の増大に備えた措置である。重要なのは、この流動性需要が最終的な借り手からの資金需要ではなく、銀行システムの脆弱性への懸念が高まるなかでの「クッション・マネー」への需要から生じていることである。この意味において、当座預金目標の引き上げが、Y2K問題への対応とまったく異質なものであるとは言えない。すなわち、当座預金目標の引き上げは、基本的に、システミック・リスクあるいは決済リスクを回避するための受動的な措置であり、景気刺激を目的とした能動的な措置ではない。第二に、月2,000億円の輪番オペの増額は、必ずしも本格的な公的債務のマネタイゼーションを意味しない。輪番オペが成長通貨に対する需要をアコモデートする以上のものになるためには、日銀の保有国債残高の増加ペースが銀行券発行残高の増加ペースを上回らねばならない。月6,000億円の輪番オペが継続的に実施されれば、これは銀行券の年率8.5〜9.5%の伸びに相当する。もし、これが通常の経済情勢下で実施されれば、本格的な公的債務のマネタイゼーションということができよう。しかし、銀行セクターの脆弱性が高まっている現状下では、そうではない。現状では、銀行券の年間増加率が持続的に9〜10%に達する可能性があり、従って、今回の輪番オペの増額は通常のデット・アコモデーションの域を出るものとはならない。以下では、これらの点についてより詳しくみる。

 まず、日銀当座預金の引き上げが、実際にどのような意味を持つのかを確認する必要がある。8月14日の決定で、1日当たりの超過流動性の平均額は、当座預金残高5兆円を目標としていた時の1兆円から1.8兆〜1.9兆円に増える。重要なのは、超過流動性とは死に金であることだ。なぜ金融機関は利子を生まない1.8兆〜1.9兆円もの超過流動性を保有するのか。それは基本的に、短期流動性への懸念が強まっているため、多額の流動性資金を手元に保持しておく必要性を感じているからだ。日銀当座預金は、日々の取引の決済を行うために使われる。金融機関が日銀当座預金の額を増やそうとするのは、資金繰りに懸念を抱いている時である。従って、今回の日銀の決定は、金融機関の短期的な資金繰り不安が近い将来に高まる可能性があるという日銀の認識に基づくものである。9月中間期は時価会計の本格導入もあり、日銀が9月末越えの市場流動性をより潤沢なものとしようとしたことは容易に想像がつく。

 日銀はこうした流動性サポートを決定するにあたって、2つの点を重視したと思われる。第一には、最近の資金供給オペの結果から銀行の資金調達意欲の高まりが示唆されたことである。景気低迷下で、社債などの発行需要や銀行借入れへの需要も乏しいため、こうした日銀資金への需要増大は、金融機関自身が9月末に向けての資金繰りに余裕を持たせようとしているためと認識される。5月末以降、「札割れ」は起こっていないほか、主なオペでの応札倍率は上昇傾向にあった。第二に、銀行株の下落である。次図が示す通り、銀行の不良債権処理姿勢へのコンフィデンスが低下するなか、銀行株は99年秋以降、一貫して大幅に値を下げてきた。7月以降、銀行株価は旧長銀の経営破綻が引き金となった2回目の金融危機(98年秋)当時に匹敵する水準で低迷している。大手銀行のジャパン・プレミアムはなお低水準だが、日銀は、国内銀行セクターの信用度の著しい悪化に強い懸念を抱いていたものと思われる。

 このように、金融システムへの懸念が強まるなか、日銀は基本的に流動性リスクの軽減を目指したと言えよう。また、短期流動性を増大させることによって、1〜3ヵ月物といったターム物市場金利の上昇圧力の抑制を図ったようだ。日銀は、以前から、1〜3ヵ月ゾーンを中心にイールド・カーブのフラット化を狙ってきた。当座預金ターゲットの下でオーバーナイトの政策金利に加えて、1〜3ヵ月物市場金利もゼロ%に近づけようとしている。日銀は、季節的に資金需要が高まる9月末にかけて銀行の資金調達コストが上昇するのを避けようとしたものと評価される。事実、日銀の決定以降、3ヵ月物CD金利は急低下しており、日銀の意図が達成されている。

 次の問題は、輪番オペの増額に意味があるかどうかである。この問題は、当座預金目標の引き上げとは分けて考える必要がある。超過流動性とはそもそもシステムに滞留している不稼働の「死に金」であるからだ。理論的には、中長期国債の買い切りは、国債レポ・オペなどの他の短期金融市場オペよりもベースマネーを膨張させる効果があると考えられる。金融機関は、国債レポ・オペがロールオーバーされない可能性がほんの少しでもあるとみなせば、手元資金の一部を将来の市場流動性の減少に備えて当座預金に保有しておこうとするであろう。しかし、買い切りオペの場合、より直接的に中央銀行マネーと中長期国債の交換が行われる。従って、金融機関はオペで得たキャッシュを不稼動資産として別に準備しておく必要性を余り感じないとみられる。これは、輪番オペで供給されたキャッシュが銀行システムの外に還流する公算が相対的に大きいことを意味しており、実体経済活動、最終的には銀行券需要により大きなインパクトを与えることになる。

 さて、輪番オペの2,000億円の増額は日銀の保有国債残高にどのような影響を及ぼすのか。日銀は97年終わり頃から先月まで年間4.8兆円程度のベースで長期国債をアウトライトで購入しているが、実際には、償還とロールオーバー分があるため、保有中長期国債残高はこの2年間、平均で約2兆円ずつ増加する格好となっている。従って、今回の輪番オペの増額は、今後このペースが続くとすれば、中長期国債の保有残高を年間4兆〜4.5兆円増やすことになると想定できる。この結果、日銀の保有中長期国債残高の増加ペースは1年ほどで現行の前年比6%程度から8.5%〜9.5%に上昇する。ここでの問題は、こうした保有国債残高の増加ペースは、中期的な銀行券発行残高の増加ペースとの比較という点において、正当化できるかどうかである。ここ3〜4年の銀行券の平均年間増加率は約7%である。このペースに照らし合わせると、輪番オペの2,000億円の増額でも、かなり本格的な公的債務のマネタイゼーションが行われていると言えよう。しかし、重要なことは、銀行券の増加ペースは脆弱な銀行システムという背景下では持続的に9〜10%に上昇する可能性があることを考慮しなければならない。事実、市場が銀行システムの安定性に強い懸念を抱いていた97年秋から99年初めにかけて、銀行券の増加率は平均9%強に加速していた。銀行株価が示す通り、現在、銀行システムに対するコンフィデンスは著しく低い。さらに、来年4月にスタートするペイオフの解禁を初めとして、銀行システムには強い逆風が吹いている。日銀が銀行券の中期的増加率が9〜10%に加速すると予想して(7月の銀行券は平均残高前年比は9.6%)、輪番オペの増額を決めたと考えるのが合理的であろう。結論としては、2,000億円の輪番オペの増額は、必ずしも本格的な公的債務のマネタイゼーションとは言えないのである。

 要するに、今回の日銀の決定は、銀行システムの脆弱性が高まるなかでの、銀行の短期流動性需要と今後中長期的に高まることが予想される銀行券需要をアコモデートするための措置と言えよう。その意味でインフレ期待の醸成を積極的に狙ったリフレ的な「本格的な量的緩和」とは言えない。金融市場が銀行システムの安定性に疑問を抱き続ける限り、日銀は現行のスタンスを維持するであろう。あるいは、市場の不安感が強まれば、日銀は追加的な流動性供給を実施するだろう。日銀が銀行システムへの圧力が弱まっても、現行の政策スタンスを堅持するか、あるいは銀行システムへの圧力に変化がなくても、積極的な中長期国債の買い入れなどによって、追加の緩和措置を決定した場合には、日銀が本格的な量的緩和に乗りだしたと認めなければならない。それでは、日銀がこうした本格的な量的緩和を実施する可能性はあるのだろうか。当社では、向こう6〜9ヵ月間を展望した場合、そうした可能性はそれなりにあると考えている。最も可能性が高いのは、市場からの圧力に押されて、銀行が不良債権処理を加速させた場合である。この場合、産業再編下で新たな銀行借入需要が生まれる可能性があるため、日銀は、銀行のみならず、一般借り手企業もサポートする必要があると考えるであろう。同時に、日銀は、金融仲介機能の向上、あるいは過剰債務の処理に伴う信用乗数の高まりという背景の下で、金融緩和が現状よりも効果を上げると考えるであろう。当社では、従来通り、政府が不良債権処理の加速と公共投資の削減を通じた、デフレ的な産業再編に積極的に乗り出すことが「本格的な量的緩和」の前提条件であると考えている。現状ではこうしたシナリオの確率を40%程度とみている。

以 上  
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