2001年10月01日

白川 浩道
危機なくして政策変更なし

 日本の政策当局が取り得るマクロ経済政策のオプションには、基本的に3つの方向性がある。すなわち、(1)銀行システム健全化策(=産業構造改革)、(2)円安化政策(=外需刺激策)、そして(3)積極的財政・金融政策(=内需刺激策)である。

 (1)は、供給サイド重視の政策であり、銀行のバランスシートを健全化するとともに、不採算企業を淘汰(あるいは再建)することで、経済成長を高めるとの考え方である。(2)、(3)は、より直接的に需要を刺激しようとうものであり、根本的に(1)と性格を異にする。(1)の政策は、不良債権の査定厳格化・公的資本注入といった第一段階と不良債権のオフバラ化・産業再生といった第二段階から構成される。また、(1)の政策には、雇用セイフティ・ネット、企業金融支援が副次的な政策として含まれることになる。なお、第二段階の不良債権のオフバラ化・産業再生に関しては、RCCの機能強化(あるいは企業再生ファンド)が目玉の措置となる可能性が高い。

 (2)の政策は、通貨管理政策ではなく、実質的な通貨切り下げ政策である。例えば150、160円/ドルといった一定のターゲットを決めて、円相場がその水準に下落するまで、無制限市場介入を行い、金融政策でも非不胎化でサポートするというものである。また、より緩かなオプションとして、財政緊縮政策を堅持する下で、日銀が積極的にベースマネーを増加させ、実質金利の低下を通じて、為替円安を(中期的に)誘導するという方法もある。(3)の政策は、財政政策が緊縮的な政策スタンスを転換し、拡張政策に転じると同時に、日銀がベースマネーを供給するというものである。具体的には、何らかの減税措置と日銀による中長期国債買い切りオペの大幅増額のセットとなると考えることができる。

 3つのマクロ政策オプションのうち、そのいずれの実現可能性が最も高いのであろうか。現小泉政権は、基本的に、(1)の政策に軸足があるとみられ、その意味では、(1)の実現可能性が相対的に高いと考えている。また、(1)の政策については、日銀の構造改革推進派も支持しているとみられる。他方、(2)、(3)を推進するには、財務省の決断が最も重要であるが、現状、財務省にそうした政策判断を採る兆しはない。

 ただ、(1)の政策についても、今年度末までを展望した場合、不良債権の査定厳格化・公的資本注入といった第一段階の措置に、雇用セイフティ・ネット、企業金融支援といった副次的な措置を盛り込むのが精一杯となる公算が高く、RCC等の活用を柱とした、不良債権のオフバラ化・産業再生といった第二段階の措置は、来年度のテーマとして先送りされる可能性が徐々に高まっているとみられる(第二段階の年度末までの実現可能性は30%)。こうした政策対応の遅れには、米国同時多発テロが背後で大きく影響していること(自衛隊派遣に関する混乱、米国からの不良債権処理に対する対日圧力の低下など)に注意が必要である。

 従って、今年度のマクロ政策については、不良債権の査定厳格化・公的資本注入、雇用セイフティ・ネット、企業金融支援が柱となる可能性が高く、これは「98年度の状況」と極めて似たものとなる。日銀の政策という点では、銀行部門に対する潤沢な流動性供給の維持、およびCP・社債関連オペの積極化が基本となり、年度内にRCCへの間接資本注入までに至る公算は高くないと言えよう(現行の法的枠組みの下では、預金保険機構を通じたRCCサポートが可能であることを速水総裁が認めたことは、評価できる動きではあるが)。

 このように、今年度中には、積極的な需要刺激策、サプライサイド重視の産業構造改革、のいずれについても十分に手が付かない可能性が高い。98年度と同様の措置であるということは、依然、応急措置の域を大きく出るものではなく、システミック・リスクの回避には役立っても、経済成長率の上昇に貢献する政策措置ではない。こうした政策対応力の弱さを市場が嫌気した場合、年度末にかけて、金融政策に対する政治的な圧力が一段と強まる可能性が高い。「仮に財政当局が動かず、減税政策や通貨切り下げといった明示的な需要刺激策は採れなくとも、とにかく日銀は何かすべきだ」という議論が高まろう。

 そうした状況で、日銀サイドからも、ゼロ%CPIにコミットするインフレ・ターゲット導入論が徐々に浮上する可能性は否定できない。政治的なウケを狙う政府寄りの審議委員がその旗振り役になることは容易に想像がつく。しかし、学究派の審議委員や事務方には、インフレ・ターゲット導入に強く反対する向きがあり(日銀に対する風圧の大きさ如何によるが)、同措置は、当面の間、少数派意見の域を出ないとみている。また、日銀の反インフレ・ターゲット派は、インフレ・ターゲットの副作用として、長期金利の上昇リスクを繰り返し指摘するものとみられ、論戦の末、最終的に財務省が首を縦に振らない可能性もある。いずれにせよ、日銀の対応は、潤沢な資金供給の継続と企業金融支援が柱になる可能性が高い。なお、金融システム不安の高まり等の下で、銀行券の伸び率が上昇を続ければ、それに見合う形で、中長期国債買い切りオペの増額が淡々と行われる可能性は十分にあろう。

 今年度も、98年度型の政策によって、経済破綻の危機は免れよう。しかし、来年秋にかけても世界景気が落ち着かない場合には、日本政府は、上記オプションのうち、(2)か(3)の選択を迫られる可能性がある。繰り返しになるが、サプライサイドの強化を目的とした(1)の政策だけでは、短期的な需要創出効果を望めないからである。日本政府は、財政出動と合わせたヘリコプター・マネーか、通貨切り下げ、の二者択一を迫られるのである。危機なくして政策変更なし、である。

以 上  
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