2002年10月02日

白川 浩道
奇策は奇策を呼ぶ?

日銀の、無謀あるいは唐突とも言える株式買取りを境に、政府・日銀は危機管理モードに入ったとみている。日銀は、そもそも、銀行から株式を大量に買う気などないはずである。また、今の株価で銀行が実際には日銀に株式を持ち込まないことも、事前に承知していたはずである。さらには、日銀法第43条の濫用による世間からの批判も想定していたはずである。それでは、なぜ日銀は株式買取りを決定したのであろうか。その答えは、危機管理の必要性を痛感したため、と理解している。日銀は株式買取り表明によって、銀行の資本増強論に火がつくことを狙ったものとみられる。なぜ、そこまでして、銀行の資本増強が必要なのか。それは、世界同時的な金融恐慌が、株価の下落を媒介にして日本の金融システムに飛び火するリスクをみているため、ではないだろうか。

政府・日銀が真に模索しているのは、過剰債務企業を積極的に整理・淘汰することではないだろう。それをしたら、日本が世界的な金融不安のトリガーを引きかねない。整理・淘汰という言葉は、依然として、上場企業・大企業をターゲットとしたものとはなりにくい、と読むべきであろう。政府・日銀の真の目的は、銀行の資本増強による金融システムの安定性確保であろう。その意味で、今後、危機の認定を巡る議論が活発化してくるであろう。既に、首相自ら、「非常時」という言葉を使っている。これを英語に訳せば、emergencyである。首相は、預金保険法102条の適用を宣言しかかった、との解釈も可能である。世界的な金融恐慌のリスクが見え始めている中で、政府は危機管理モードに突入したとみておきたい。

しかし、問題は、仮に法解釈の課題をクリアーできたとしても、現行の法的な枠組みでは、公的資金を強制的に注入することはできない。ここに、危機管理面での最大の「障害」がある。政府は日銀と一体となった金融システム対策を強調するが、実際には、民間銀行界の協力なくしては、物事は進まないであろう。そして、公的資金注入が、銀行経営陣の責任や、株主の責任を問うものとなる以上、銀行界の協力を取り付けることは容易ではない。「危機の認定」の先がまだある、ということである。今後の焦点は、日銀でも、政府でもない。まさに、民間銀行界の出方なのである。

銀行界が公的資金注入を嫌い続ければ、事態は混迷を極める可能性がある。まだまだ視界不良である。そして、そうした中で、新たなる「奇策」が出てくる可能性を否定し得ない。それは、日銀による銀行の優先株・劣後債の引き受けであり、日銀による直接的な銀行への資本注入である。これは、預金保険法の適用がなされないという意味で、より柔軟な金融システム安定化策といえる。銀行界は日銀を株主とすることを嫌うであろうが、政府よりはまし、との判断が働くかもしれない。法律の柔軟性という点では、日銀法第43条に優るものはない。奇策は奇策を呼ぶ、と指摘しておきたい。

以 上
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