2002年10月15日

白川 浩道
消費不況に?

個人の所得環境は夏場に大きく悪化した。全就業人口の7割強を占める常用雇用者の賃金(現金給与総額)は、最近3ヶ月間の移動平均では、前年比で4%程度の削減が続いている。これは、基本給がパートタイマー化進展の影響もあって1%程度の前年比減少となっていることに加えて、ボーナス部分が、給与総額を寄与度でみて前年比3%ポイント程度も下押ししているためである。これに加えて、常用雇用者の雇用者数も前年比のマイナス幅を緩やかに拡大させつつあり、足元では前年比で1%強の減少となっている。従って、常用雇用者(いわゆるサラリーマン)の名目所得は、なんと前年比で5%以上ものペースで減少している。この結果、常用雇用者以外の個人(季節・臨時雇用者、自営業者)の所得がさほど大きく変化しなくても、マクロでみた個人全体の名目給与所得は前年比3%以上のペースで削減されることになる。

chart

こうした個人所得の減少は循環的あるいは一時的な現象ではないとみられる。我々の試算では、現在のデフレ経済の下で、日本の企業が労働分配率を1980年代の平均にまで低下させようとすれば、人件費を15−16%は削減する必要がある、とみられる。常用雇用者に関する人件費が、足元、前年比5%以上のペースで削減されていることは、日本企業が向こう数年のうちに、雇用リストラに目処をつけようとしていることの現われと捉えることができる。日本の企業は低成長が長期化する下で、ついに本格的な人件費削減に手をつけたとみられる。

個人部門全体での名目給与所得が前年比で3%以上のペースで削減されていることを前提にした場合、個人消費はどの程度減少するであろうか。ここで、キーとなるのは、当然のことながら、個人の可処分所得と貯蓄率である。まず、可処分所得については、給与に加え、債務返済負担、税・社会保障負担が重要である。債務返済負担のここ数年のトレンドは、金利低下の継続を受けた緩やかな縮小である。最近でも、個人の住宅ローンや個人ローンの借入れに対する姿勢に大きな変化がないことから、こうしたトレンドは暫く継続すると考えてよい。他方で、社会保障負担は、公的年金に関する物価スライド制の導入が来年度から計画されているほか、医療保険制度や雇用保険制度の改革もあることから、全体で2兆円程度の負担増加が見込まれる。従って、所得減少による税負担の減少を考慮に入れても、個人の可処分所得は、02年度には2.3%、03年度には2.9%、それぞれ減少するものと予想される。

予想される可処分所得の減少が個人消費の減少となって現われる程度を決めるのは、貯蓄率の動きである。日本の貯蓄率については、これまで様々な理由から諸外国に比べて構造的に高く、これが景気回復の阻害要因になってきたとの見方が支配的であった。しかし、実際に日本の貯蓄率(=貯蓄/可処分所得)を長期時系列でプロットしてみると、趨勢的な低下トレンドがあることが示される。ちなみに、我々の推計によれば、2001年度の貯蓄率は9.3%と、10%を切る水準にまで低下したとみられる。こうした貯蓄率の趨勢的な低下を説明する有力な仮説としては、80年代は資産バブル下での個人借入れ増大、90年代以降は、経済の低成長化と高齢化の進展、を挙げることができる。また、日本人の生活意識が1985年頃を境に変化していることも見逃せない。すなわち、政府による「国民生活に関する世論調査」によれば、1980年代の後半から、「毎日の生活を充実させて楽しむ」と答える人の割合が「貯蓄・投資など将来に備える」と答える人の割合を上回るようになっており、最新の調査は前者の割合が56.4%、後者が26.9%になっている。

このように、日本の個人は、雇用不安、赤字財政への懸念がありながらも、貯蓄率を緩やかに低下させてきている。ただ、貯蓄率の趨勢的な下落トレンドを十分に合理的に説明できる理論は現状では見当たらない。また、株価の低迷が継続していることや、フルタイマーの雇用が趨勢的に減少し、雇用への不安感が高まっているとみられること、さらには、財政赤字の拡大が継続する下で将来の増税懸念が強まっている可能性があること、を勘案すれば、貯蓄率の低下圧力は、今年度から来年度にかけて、むしろ後退するリスクすらある。貯蓄率の趨勢的な低下が続くにせよ、現在の経済環境でそれが加速する可能性は低い。02年度と03年度の貯蓄率は、低下したにせよ、それぞれ、8%台半ば、7%台後半を仮定せざるを得ない。この結果、実質個人消費は02年度ではゼロ成長、03年度ではマイナス1%に迫る落ち込みとなることが予想される。しかも、リスクは実際の個人消費がさらに大きく下ぶれるリスクであると言える。

このように、日本経済は、来年にかけて厳しい消費不況を経験する可能性がある。こうした消費不況は、企業のコスト削減、合理化努力の結果であり、その意味で、所得再分配の結果であると言える。日本の個人は、これまで相対的にデフレ経済を最もエンジョイしてきたと言えるが、これからは、企業や政府への所得移転の中で、厳しい所得環境に晒されるであろう。そして、企業が個人から再分配された所得を投資活動に積極的に利用するまでは、マクロ経済全体の調整圧力が高まることは避けられない。来年にかけては、個人消費が大きく減速する一方で、企業の設備投資が回復するシナリオはまだ描きにくい。企業部門のバランスシート調整が十分に完了したとはいえないからである。

消費不況の下でのマイナス成長が視野に入ろうとしている状況で、不良債権処理を加速させ、企業倒産の増加を招くことは避けるべきである。デフレ経済が深刻化する下では、政策当局が敢えてトリガーを引かなくとも、過剰債務企業への圧力は高まる。今は、金融・経済システム不安の解消に注力すべき時であり、敢えて不況をあおる時ではない。

以 上
TEL: 03-5297-7311 - FAX: 03-5297-7314
Copyright © 2000 CMD Co., Ltd. All rights reserved.
Prev Index Next