2000年08月01日

白川 浩道
ゼロ金利解除の論理は何か

 そごう問題発生後、株価の軟化傾向も手伝って、「ゼロ金利政策早期解除」に対する見方が後退している。 個人的にも、そごう問題発生当初は、ゼロ金利解除は当面困難と考えた。しかし、現時点では、日経平均16,500円、 TOPIX1,500ポイントが維持されることを条件に「10月までに解除あり」(9月の確率が最も高い)とみている。「ゼロ金利解除」は、 明らかに「事務方主導」の政策変更である。それでは、事務方は、なぜゼロ金利解除なのであろうか。

 ゼロ金利政策は経済構造調整を遅らせているという議論がある。この議論については、 よく知られているように賛否両論がほぼ拮抗する形で存在しているが、これは合理的なことである。すなわち、 ゼロに近いコストでファイナンスされていること、ゼロ金利による流動性供給によって株価がサポートされていることにより、 金融機関や企業は必要なバランスシート調整、構造調整を進めるインセンティブが低下している、との見方は誤りではなかろう。 その一方で、ゼロ金利政策がコストを低下させ株価を支えている間に、金融機関や企業はバランスシート調整や構造調整を進められるのだ、 との議論にも妥当性がある。従って、マスコミ等が指摘するように、「ゼロ金利を解除すれば構造調整が進展するとは単純に議論できない」ことになる。

 しかし、実はこの構造調整論には見落としてはならない重要な視点が1つある。それは、構造調整、 構造改革といった場合、その人がどのような状態を想定しているのかである。基本的には2つの状態を想定し得る。1つは、 「現在の産業構造は変わらないが、各企業のバランスシート調整やリストラが終わる」という状態であり、今1つは、 「現在の産業構造そのものが変化する」という意味での調整である。上記でみた構造調整論に関する賛否は、実はこの考え方の違いが背景にある。 構造調整論との絡みでゼロ金利解除を是とする派は、「産業構造改革の必要性」を考えている者であり、逆にゼロ金利解除を非とする派は、 「産業構造改革は不要」と考えていることになる。

 さて、日銀事務方はどうであろうか。個人的には、 日銀事務方は「全体として産業構造改革派」であると理解している。非効率な企業や業種が市場から退出することによってはじめて経済全体の生産性が上がる、 経済学者シュムペーターが唱えた「創造的破壊」こそ資本主義経済のダイナミズムである、等と考えているものとみている。こうした考え方が容認されるのは、 当然のことながら、市場メカニズムが十分に機能するとの前提が確保されている場合である。労働や資本が、 生産性の低いものから高いものへとごく短期間のうちに流れていくという市場メカニズムを想定する限り、構造調整論はゼロ金利解除の重要なrationaleとなる。 その意味では、株式市場が「現在の日本経済は産業構造改革のショックに耐えられない」との結論を出せば、日銀が動かない可能性が高い。 株価水準がゼロ金利解除の条件となる所以であるが、重要なことは、株安をみてゼロ金利解除を見送る場合には、 日銀が「日本経済は構造調整圧力に対する耐久力が不十分」と判断したことを示しているということである。

 日銀の現在の金融政策運営は、特定の中間目標をおかずに、 いくつかの関連指標をモニターしながら総合判断を行うといったeclectic approachの下に行われている。こうしたアプローチは、日銀にとって、 裁量の余地があるという意味でのメリットがある一方、将来のインフレあるいはデフレ・リスクを事前には十分に把握できず不安がつきまとう、さらには、 政策運営の数量的なメルクマールを明示的に示せないことから市場とのコミュニケーションも十分有効に行いにくい、といったディメリットがある。 今回のゼロ金利解除論議の中でも、まさに総合判断的な金融政策の悪い面が出た格好になっている。

 ここで重要なことは、ゼロ金利解除に前向きな日銀事務方の頭の中には、実は、 こうした将来のインフレ・リスクに対する漠たる不安が大きな影響を持っている可能性がある点である。とりわけ、 史上最悪の資産バブルの生成と崩壊を経験した中央銀行としては、そうした意識が強いものとみられる。 インフレ・リスクに関する日銀の考え方を表したいくつかのフレーズ--すべて最近の出版物から--を取り上げてみよう。これらのステートメントは、 事務方がゼロ金利解除を予防的引き締めと位置づけている姿を浮き彫りにしていると言えよう。

  • 中央銀行が目標とすべき物価安定とはある一時点の物価安定ではなく、中長期的な経済成長を支えるための持続的な物価安定である。 従って、統計として表れる物価上昇率が落ち着いていても、持続的な物価安定が損なわれるというリスクが高まっていると判断される場合には、 早期に金利を引き上げ、持続的な物価安定を確保していく必要がある。

  • 一度インフレが生ずると、インフレをもたらした元々のショック(石油価格の高騰等)が消えた後も、 インフレが持続する現象(インフレの慣性)が認められる。

  • インフレが安定化した80年代以降においても、インフレ率の上昇とインフレ率の不確実性の増加との相関が確認される。 インフレ率の不確実性の増加は所得や富の強制的な再配分を招くほか、リスク・プレミアムの上昇による金利上昇などを通じて、 経済主体の支出行動等に歪みをもたらすと考えられる。最適なインフレ率はゼロ近傍にあると考えられる。
以 上  
TEL: 03-5297-7311 - FAX: 03-5297-7314
Copyright © 2000 CMD Co., Ltd. All rights reserved.
Prev Index Next