2003年01月16日

白川 浩道
インフレ・ターゲットは実現しない?

財政政策(税制改革を含む)、産業・金融再生策の行き詰まりを反映して、日銀に対する圧力が一段と高まっている。竹中大臣、与党トップ、財務省トップなどが、次々と、インフレ・ターゲット導入論を展開している。しかし、個人的には、インフレ・ターゲットが実際に導入される確率は、向こう1年程度を展望しても、高々20−30%であろうとみている。以下に示すように、インフレ・ターゲットには様々な問題があり、政府がその導入にこぎつけることは容易ではない。また、見識あるエコノミストが、いい加減なインフレ・ターゲット論に大きな疑問を呈し、バトルが繰り広げられることも予想される。安易にインフレ・ターゲットの導入を期待すべきではない。

以下では、インフレ・ターゲットに関する重要な問題点を指摘しておこう。

まず、第1に、インフレ・ターゲットは金融政策の最終目標である「物価安定」に関する「努力目標」を、政府と日銀が一体になって設定することである。極めて重要な点は、インフレ・ターゲットの設定は、政府(加えて国会)の「物価安定」に関する説明責任を発生させるということである。なぜであろうか。それは、明示的な物価目標は、様々なルート(税収や社会保険料収入等)を通じて、国の財政政策運営に大きな影響をもたらすからである。具体的には、物価目標の設定は、予算編成、社会保障制度改革、年金制度改革等の事項に影響を与える。こうした点から、物価目標の設定を「中央銀行の案件」と安易に片付けるわけには到底行かない。政府と国会は、物価目標の設定に関与しなくてはならないと同時に、なぜそのような目標を設定するのかについて、広く国民全般に説明責任を負うことになる。「物価の安定」といったファジーな金融政策の目標を、インフレ・ターゲットに衣替えした瞬間、政府・国会の責任はぐんと重くなるのである。

こうした説明責任の問題は、さらなる波及を生む。それは、政府や国会が、物価目標達成のための枠組みについても一定の責任を負わなくてはならない、ということである。よくなされる議論に、「物価目標だけを与えて、中間目標や操作目標は日銀に任せればよい」というものがある。こうした議論を展開している人々は、「中央銀行の独立性に対する配慮」と自らを評価しているのかもしれないが、物事はそう簡単ではない。国民は、なぜそのような物価目標を設定するのか、といった点と合わせて、どのようにしてその目標を達成するのか、といった点も、政府に対して質問することになる。インフレ目標達成のために日銀がどのような中間目標ないしは操作目標を選択するか、すなわち、日銀がどのようなルートでインフレ目標を達成するかは、特定の個人や企業の間における所得分配の変化をもたらすからである。政府は、為替相場の切り下げでインフレを作るのか、あるいは、日銀による不動産や土地、株式の購入でインフレを作るのか、を事前に議論し、国会の場でコンセンサスを形成する必要があるとみるべきであろう。

ここで、為替相場の切り下げにインフレ目標達成は可能であろうか。極めて明らかなことであるが、為替相場の調整によってインフレ率を高めようとした場合、継続的な為替切り下げが必要となる。1回の切り下げによる物価押し上げ効果は長続きしない可能性が高いからである。そして、継続的な為替切り下げが国際的に容認される可能性は低い。為替相場のルートによってインフレが作れるという考え方にはやや無理がある。そうなると、政府は、インフレ・ターゲットの設定とほぼ同時に、現実問題として、日銀による「株式市場や不動産市場への介入」を要請することになる。資産価格を金融政策の中間目標とするということである。こうした政策が、90年代の資産バブルの生成と崩壊を経験した国民から、広く支持されるであろうか。国会で、政府が日銀と一体となって、「また資産バブルを生成します」と宣言できるものであろうか。無理であろう。

こう考えると、インフレ・ターゲットの設定は、最終的には、かなり高い確率で、「財政と金融の同時的な出動」を意味するであろう。インフレ・ターゲットの設定は、持続的な財政刺激策と金融緩和の同時的・一体的な実施を要求することになるのである。政府は、インフレ・ターゲット導入の下で、国民に対し、再び、「財政と金融の総動員」を宣言せざるを得ないことになる。財政健全化に拘泥する財務省がこうした帰結を本当に望んでいるのであろうか。そして、そもそも国民も、旧態依然とした財政政策の再出動を望んでいるのであろうか。答えはおそらくノーであろう。

世界的な供給過剰状態によるデフレ圧力が強まる下で、再びインフレを作ることは容易ではない。金融政策だけでインフレは作れない。そして、インフレ・ターゲットの導入は、その達成のための手段、ルートに関する国民のコンセンサスを得られずに立ち往生する可能性が十分にあることを肝に銘じなくてはならない。

以 上
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