2003年02月28日

白川 浩道
開けない展望

政府と日銀の政策アコードとは何であろうか。それは、経済構造改革の実現に向けて政府と日銀が一体となって努力すること、などでは決してない。その正反対である。安定性維持の名目の下に、経済システムと金融システムの現状維持を図り、改革を避け、時間稼ぎをすることである。ジリ貧を甘んじて受け入れるシナリオである。そして、そのシナリオの主導権を握っているのが財務省である。財務省の最大の目的は財政破綻の発生を可能な限り先送りをすることであり、そのためには、長期金利の上昇を避けることが最も重要な政策課題となる。長期金利が現在の水準から上昇しなければ、向こう4−5年程度は国債費の大幅な拡大を抑制することが可能であるからだ。

財務省は、長期金利の上昇リスクをもたらすような政策を全て嫌う。逆に言えば、財務省は、日本国債に対する壮大なPKOを、今後も、数年、いや数十年に亘って継続させていく構えにある。国債PKOの本質は、日銀による輪番オペの持続的拡大と、銀行保護行政の堅持として集約される。そして、銀行保護行政とは、ペイオフの全面解禁凍結と不良債権の抜本的処理の先送りに代表される。銀行部門の流動性減少は、国債の安定的な消化に大きな障害となるからである。財務省にとっては、不良債権処理の先延ばしと預金保護の継続によって預金者心理の安定を維持することが極めて重要である。そして、国債保有に対するリスク・ウェイトをゼロとするBIS規制を維持すれば、銀行が国債を買い続ける構図に変化は生じない。日銀と一体となって、「国債に優しい金融行政・政策」を継続させるという戦略である。

今回の日銀総裁・副総裁人事はこうした財務省の意向に沿ったものである。今回の人事によって、日銀の中央銀行としての独立性は地に落ち、財務省支配が一段と強まることが明らかになった。福井氏の気概に期待したいところであるが、形勢は不利である。なぜなら、武藤氏は将来の総裁含みで送り込まれた「10年プレイヤー」であるからだ。「5年プレイヤー」である福井氏に対する日銀内での支持は相対的に弱いものに止まる可能性が高い。行財政改革、不良債権処理、産業構造調整、規制緩和、等のミクロの政策を積極的に推し進めることによって日本経済の再生を図ろう、という福井氏の政策哲学は高く評価すべきものである。しかし、そうした同氏の政策路線は、長期金利の上昇リスクに直結する。福井氏のアイデアは、武藤氏とその背後にある財務省の力によってことごとく潰されていくであろう。

日銀の政策は、今後年内を展望した場合、どのようなものになるであろうか。この点については、基本路線は、「国債輪番オペの漸進的な拡大」であるとみている。他方で、国債輪番オペの暴力的な拡大はないだろう。なぜなら、過激な量的緩和の拡大が大幅な円安期待を生むことは財務省にとって望ましくないからである。大幅な円安期待が資本流出に繋がれば、国内長期金利の上昇要因となる可能性があるが、そうした事態は避けなくてはならないのである。従って、同様の趣旨から、日銀による外債購入もないであろう。新副総裁となる岩田氏が提唱する円安誘導も、武藤氏の抵抗によって、ドラスティックなものには到底なり得ない。

また、日銀によるETF購入も当面は実現しないであろう。福井氏の頭の中には、日銀としてリスク分散の積極化や、民間銀行のバランスシートの健全化といった観点から、「国債一辺倒のオペから脱却し、ETF等へ購入対象資産を拡大すべきではないか」、という発想があるとみられる。これはまともな発想であり、海外の中央銀行からも受け入れられやすいものである。しかし、財務省はETF購入に基本的には反対であろう。なぜなら、日銀による信用リスク・テークの拡大は国債相場の下落に繋がるリスクがかなりあるからである。財務省が日銀によるETF購入を認める時は、日銀が国債輪番オペの大幅増額を同時に決める場合に限られるであろう。しかし、それでは、福井氏のそもそもの発想が生かされない。結局、ETF購入も進まない。

要するに、金融政策の基本はこれまでの延長線に乗るだけのことである。日銀は、補正予算の動向等を見極めながら、公的債務のマネタイゼーションを淡々と継続させていくことになる。日本経済のピクチャーに変化を求めることはできない。新日銀でも何も変わらない。市場は、当面の間、デフレ・ヘッジを目的に債券を買っていくしかないのではないか。長期金利水準を低位で安定させようとする財務省の政策が変更されない限り、日本経済が緩やかなデフレ・スパイラルから抜け出すことはない。長期金利の低位安定は、経済の資源配分機能を大きく歪め、日本経済の再生を妨げるからである。最大の問題は、過剰債務企業に対する市場からの圧力が十分に働かないことである。この結果、構造不況業種における供給過剰状態の是正が遅れるとともに、労働市場の流動化、活性化もなかなか生じない。さらには、公的部門にもモラル・ハザードが蔓延し、「財政政策は質の向上を目指すべき」という議論も進みにくい。これも、経済全体の資源配分機能の正常な働きを妨げる。労働と資本が生産性の低い分野に塩漬けになっている状況を打破できずして、日本経済の発展も、デフレ脱却もあり得ない。政府介入によって長期金利の低位安定を人為的に演出しようとする現行の政策が続く限り、日本経済の展望は開けない。

以 上
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