2003年03月31日

白川 浩道
福井日銀は波乱のスタート?

 日銀は、福井新総裁の下で、金融調節の枠組みの変更を狙っている。それは、企業債務に裏付けられた債券や手形に関するオペを可能な限り多用しようとするものである。より具体的に言えば、ABCPやABSをオペ対象資産として積極的に活用しようということである。ABCPやABSについては、これまでは適格担保としての受け入れが中心(ABCPについてはCPレポ・オペの対象になっている)であったが、今後は、高格付けのものを中心に、その買い切りオペの実行が展望される。

 こうした流れは、日銀が民間金融機関に変わって、信用リスクを採ることで企業金融の機能回復を目指すものであると言える。福井総裁の言う、「資金供給の目詰まりを解消する措置」である。しかし、そうした日銀による企業金融支援策によって、景気回復期待や株価の上昇が生じるわけではない。なぜなら、企業金融の閉塞状態をもたらしている主犯は、金融機関の信用リスクテーク能力の減退ではなく、資金需要の減退である。そして、資金需要の減退をもたらしているのは、日本経済における産業構造改革の遅れである。生産性が低く、新製品や新商品を開発する能力のない企業群が依然として生き残っていることが生産性の高い企業群の足を引っ張るとともに、古い経済システムの破壊から生まれてくる新たな資金需要を殺している。いわば、経済におけるダイナミズムの欠如が資金需要の減退を招いている主たる原因なのである。今回の日銀の企業金融支援措置は、そうした経済実態を全く無視したものであり、従って、実体経済に何らのアップサイドをもたらすものでもない。

 そうであるとすれば、臨時金融政策決定会合まで開催して政府との協調姿勢をアピールした日銀の行動は全く無意味なものであったのだろうか。この点については、そこまで否定的に受け取ることはない、と考えている。なぜなら、企業金融支援に傾斜する姿勢の背後には、「これまでの中長期国債輪番オペを中心に据えた資金供給から離れたい」という福井日銀の意図を読み取ることができるからである。「国債買い切りオペに過度に依存することは、日銀のバランスシートの健全性を損なうだけではなく、ひいては、日本の金融システム全体の安定性をも脅かすリスクを大きく高めてしまう」という福井総裁の警戒感は合理的なものである。そして、そうしたリスクを可能な限り早い段階で抑制しようとすれば、日銀が購入する資産の対象範囲を広げるしかなく、今回の措置もそうした動きの一環と解釈することができる。

 しかし、福井総裁やそれを支持する日銀事務方のこうした思惑がすんなりと通る可能性は極めて低い。なぜなら、政府・財務省が描く金融政策のシナリオが全く異なっているからである。政府・財務省が描くシナリオとは、日銀による輪番オペの漸進的な増額であり、国債市場に優しい政策の堅持である。それ以外はあり得ない。臨時決定会合の開催によって機動性を示したことや、株式買取り枠の早期拡大といった措置を講じたこと、によって政治からの風圧は当面は強まらないであろう。しかし、企業金融支援策の無効性が徐々に明らかになるにつれて、再び、もう一段の量的緩和(=国債買い切りオペの増額)に対する要請が強まることになるであろう。そのキャンペーンは、無論、財務省が先導することになる。福井日銀が稼げる時間は1−2ヶ月に過ぎないであろう。

 そして、日銀内部でも、徐々に意見の対立が鮮明化してくるものと予想される。具体的には、反輪番オペ増額・反量的緩和派とも言うべき「福井総裁・日銀執行部」と、親輪番オペ増額・親量的緩和派とも言うべき「武藤副総裁・財務省事務方」の間の確執が強まることになろう。今回の日銀の株式買取り枠増額決定については、福井総裁が明らかにしたように、2名の政策委員が反対したが、このうちの1名は武藤副総裁であったと考えられる。昨年9月に日銀が株式買取りを決定した際、当時の財務省はそうした日銀の決定にかなり批判的であったと伝えられている。武藤副総裁とすれば、日銀による株式買取り枠増額決定に安易には賛成できなかったものと考えられる。今後の焦点は、武藤副総裁が、政府・財務省と一体化しながら、どのような形で巻き返しを図ってくるか、である。武藤副総裁は量的緩和派の岩田副総裁や、財政刺激策との同時出動での輪番増額に前向きな審議委員などを取り込みながら、反撃の機会を探ることになるだろう。

 政府が、追加的な量的緩和に対する日銀の否定的な態度への批判を強めれば、福井総裁は、有力政治家を巻き込みながらETF購入の道を模索し始めることになるであろう。とにかく福井日銀は輪番オペの増額に極めて否定的なのである。日銀は、昨年9月に、金融危機宣言と株式買取りのスタートを決めた。これが、日銀による反量的緩和の第1幕であったとすれば、新たな金融危機宣言とETF買取りの決定はその第2幕となる。政府は、日銀のこうした動きを封じ込めるために、日銀に武藤副総裁を送り込んだのである。

 最終的には、日銀の親会社である財務省の意向(淡々とした国債買い切りオペ増額)で政策が決せられていくものと、引き続き予想される。日銀の政策は大枠では全く不変ということである。しかし、福井総裁は、今のところ、政策決定にそれなりの影響力を行使できている。また、福井総裁をサポートする日銀事務方の布陣も強力である。福井総裁は、就任当初から、政策に関する激論が展開される可能性を予見している。逆に言えば、福井総裁自身、自らの政策スタンスに対する他のボード・メンバーからの批判を予期しているとも言える。金融政策決定プロセスが速水総裁時代に比べてかなり不安定なものとなることが想像される。福井日銀は波乱のスタートを切ったと言えるかもしれない。しかし、金融政策運営に波乱が生じることは、モラル・ハザードが蔓延する中で、物、人、資金の動きが「膠着状態」にある日本経済にとっては、むしろ好ましい。日銀における激論を期待したい。

以 上
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