2003年04月25日

白川 浩道
米国の為替政策転換の遅れに注意

政府から思い切った需要刺激策(追加的財政刺激策)の議論が出てこない最大の要因は、円ドル相場が120円前後で安定していることである。115円を超えるような円高がなかなか生じないことが、政策対応の遅れを生んでいる。財務省は、「米国経済の安定化を待って、日銀による量的緩和を拡大すれば、再び円安方向に為替相場を誘導することが可能となり、デフレ圧力を軽減できる」とみている節がある。いわゆる希望的観測であるが、こうした様子見スタンスが株式市場の重しとなっている。

日本の経常黒字は、依然として、GDPの2%台後半の水準に止まっており、日米間のインバランスが縮小する気配はない。また、日銀は、ABSやABCP(資産担保証券)の買い切りを打ち出したことに象徴されるように、量的緩和姿勢を消極化させており、金融政策面でも円高シグナルが出ている。それでも、円高圧力が顕在化しないのは、米国政府の為替政策に大きな変化がみられないためである。市場は、米国政府が強いドル政策の放棄を明確に打ち出すまで動きづらいのである。

米国政府の為替政策に変化がみられないのはなぜであろうか。ドル安にすれば外需の回復を通じてデフレ圧力を低下させることができる反面、資本流入を抑制してしまうことで、金利上昇、内需スローダウンといったマイナス面がもたらされる、といった議論はよく耳にする。しかし、米国が懸念しているのは、そうしたドル安の内需抑制効果だけではない。米国政府がドル高政策の明確な転換を行わない背景には、米国の対外収支赤字が既に構造的なものになっているという事実がある。すなわち、米国の国際収支は98年以降大きく悪化しているが、貿易赤字が拡大している相手は、主としてアジアやラ米といった新興諸国であり、日本やEUといった先進諸国ではない。米国の貿易赤字のうち、日、欧にオーストラリアを加えた先進諸国の割合は97年末時点では全体の6割を占めていたが、直近では4割にまで低下している。これは、米ドル相場が、これらアジアやラ米諸国の通貨に対して過大評価されてきたためである。換言すれば、中国元を中心にした新興諸国の通貨が米ドルに対して過小評価されてしまった結果、米国の対外バランスが構造的に大きく悪化しているということである。

米国が対外収支を改善したいと本気で考えれば、これら新興諸国に対して、対米ドルでの為替相場切り上げを迫る必要がある。しかし、これは、アジアやラ米の地域経済を直撃するとともに、国際的な安全保障問題にまで発展する可能性がある。米国政府にとって新興諸国通貨に対する米ドルの切り下げは、依然として、現実的な政策オプションではないのである。その一方で、米国政府が、ユーロや円に対する米ドルの下落を演出する可能性も高くない。対日、対欧で対外収支を改善できたにせよ、貿易赤字のより大きな部分が新興諸国に対するものである以上、効果が限定的なものに止まるからである。さらには、円高、ユーロ高によって、日欧の貿易黒字が縮小すれば、米国の対外ファイナンスに支障が出るリスクもある。

米国の為替政策において、ユーロや円といった先進国通貨の重要度は既にかなり低下していると読むべきであろう。最近のG7会合における為替政策論議の停滞は、米国の無関心ぶりによる部分が大きいものと推察される。為替市場は、そうした米国の無関心ぶり(為替協調政策の膠着状態)を目の当たりにしながら、当面は、大きく変動しない可能性がある。米ドルのプレミアムはなかなか剥げ落ちず、円高圧力も顕現化しにくいということである。その結果、小泉政権内では、財政刺激策の追加出動に関するモメンタムが失われていくことになる。米国経済の持続的な回復は展望しにくい。政府は、こうした状況下、為替市場の動きにとらわれることなく、思い切った需要刺激策を早急に決断すべきであろう。

以 上
TEL: 03-5297-7311 - FAX: 03-5297-7314
Copyright © 2000 CMD Co., Ltd. All rights reserved.
Prev Index Next