2003年06月27日

白川 浩道
緩やかな金利上昇へ

市場における現下の最大の焦点は、債券価格の持続的な下落、すなわち、長期金利の持続的な上昇、が生じるかどうか、である。

この点に関して、まず、確認しなくてはならないことは、日本の国債市場が2001年末以降、米国消費者物価との連動性を大きく高めてきたという事実である。逆に言えば、日本の国債市場は、ここ1年半程度、国内の生産活動や物価の循環的な動きをほぼ完全に無視してきたのである。日本の国債市場のプレイヤーは、「世界的なディス・インフレの深刻化」をテーマに国債を買い続けてきたと評価することができる。

従って、債券価格が天井を打ち、趨勢的な反転下落局面に入るかどうかは、米国消費者物価の動き次第であると言っても過言ではない。そして、米国消費者物価に関しては、その前年比が、近いうちに緩やかな上昇に転じる可能性を否定できない。なぜなら、米国におけるディス・インフレは財価格に象徴的に現れているが、財価格の前年比マイナス幅は、早晩、縮小トレンドに入るものとみられるためである。米国における消費財の価格をみると、平均的には、輸入物価に1年強遅行して動いている。その米国の輸入物価は、米ドル相場の下落により、既に1年以上前にボトムを打ち、明確な回復傾向を示している。米国において、輸入物価回復の効果が国内の最終物価に反映され始める時期はそう遠くないとみられるのである。

確かに、5月の米国消費者物価(コアのベースで前年比+1.6%、市場予想比0.2%ポイント程度高い水準)は、一部サービス価格の上昇といった特殊要因による部分が大きく、米国消費者物価の基調の変化を示すものではない。しかし、今後数ヶ月のうちに、財価格のマイナス幅縮小によって米国消費者物価のトレンドが変化する可能性があることに注意しなくてはならない。

さらに、重要な点は、米国FEDがこうした消費者物価前年比の緩やかな上昇の可能性を視野に入れながらも、追加的な金融緩和に踏み切ったことである。米国FEDは、株価の堅調推移といった追い風の下にあっても金融緩和の手綱を緩めず、米ドル相場に対する上昇圧力を可能な限り抑制することで、消費者物価コアの前年比を2%超にまで早期に復活させることを企図している。米国では、既に、前年比2%の消費者物価コア上昇率を下限とした、インフレ・ターゲットが事実上採用されているものと考えることができる。米ドル相場の継続的な上昇が生じなければ、米国内のディス・インフレ圧力は、来年にかけて、目立って後退していくことが想定される。

このように考えると、国内投資家は、国債価格の趨勢的な下落を視野に入れ始める必要があるといえる。それでは、どの程度の下落を想定すればよいのであろうか。この問を考えるに当たっての最も重要な要素は、日本におけるマクロ政策ミックスの方向性である。

日本にとっての政策シナリオは2つある。あえて円安誘導をせずに、財政出動を拡大させるか、円安誘導を目的に金融の量的緩和拡大を選択するか、である。前者の政策は、米ドル高を回避して、米国経済のディス・インフレからの早期脱却をサポートする一方、国内においては、デフレ圧力を緩和する目的で拡張的な財政出動を実施する、というものである。他方で、後者の選択肢は、米ドル高・円安を促進してデフレ圧力を避けながら、流動性の拡大によって株価維持を試みようとするものである。

前者の場合には、米国ディス・インフレの早期収束期待と拡張的財政政策による内需期待によって、債券相場の下落幅はかなり大きなものとなる一方、後者の政策であれば、債券相場の下落幅は限定的なものとなるだろう。前者の政策はかなりパワフルな需要刺激策である一方、後者の政策は需要刺激に至るまでの距離がある政策だからである。

日本の景気の早期回復という観点からは前者の選択肢を採用することが望ましい。しかし、政府は後者の選択肢を採るであろう。なぜなら、前者の選択肢は、実質長期金利の大幅上昇をもたらすため、財政再建路線に重大な支障を来たすリスクが大きいからである。金融システムへのショックという問題もさることながら、政府とすれば、自らのバランスシートへのマイナス・インパクトはなんとしても避けたいと考えるのである。

日本の当局が一段の米ドル軟化傾向を認めなければ、米国経済におけるディス・インフレ状態の解消は一気には進まない。従って、日本が米国経済の早期復活に賭けることも困難となる。しかし、その結果、債券相場の反転下落も限定的なものになる可能性が高い。

ただ、株式市場とすれば、日米の中央銀行マネーが膨張を続けることに期待することは可能であろう。日米の合算マネタリーベースは足元で前年比16%程度の水準にある。これを20%程度の伸びに高めることができれば、Y2K時に匹敵するという意味で、世界流動性の本格的な拡大と評価することが可能である。そうなれば、日米の株式市場に力強い流動性相場が復活することになる。日米合算のマネタリーベースが前年比20%超となるためには、日本のマネタリーベースの前年比伸び率が25%超まで上昇する必要がある。そして、そのためには、日銀が当座預金ターゲットを35−40兆円(欲を言えば、40兆円前後)にまで引き上げることが条件となる。

こうしたシナリオは現実的であろうか。答えは、イエスである。ここで特に注目しなくてはならないのは、日銀のオペ対象資産分散化の行方である。日銀は、資産担保証券に続き、来年度初にかけて、ETFの購入に踏み切る可能性が高い。財政政策が緊縮的な運営を堅持する下で、政治からの要請が強まるためである。しかし、財務省の懸念は、日銀による信用リスク資産購入の積極化が債券相場を崩さないか、というものである。政府とすれば、日銀に対し、ETF購入と同時に量的緩和の拡大を強く迫ることになるのである。

日米における競争的金融リフレ・シナリオは、相対的に債券市場に優しいシナリオである。しかし、金融リフレも、行き着く先は、ディス・インフレ状態からの脱却であり、その意味では、市場が十分にフォワード・ルッキングであれば、債券相場の緩やかな調整が生じても不思議ではない。繰り返しになるが、ドラスティックなものではなくても、債券相場の緩やかな調整が継続するシナリオを視野に入れておく必要がある。

以 上
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