2003年07月28日

白川 浩道
デフレの終焉?

日本の物価動向に対する海外投資家の関心が、最近、著しく高まっている。

5月下旬以降の株価上昇をもたらした海外投資家の積極的な日本株投資の背景には、日本企業の競争力に対する見直しだけではなく、日本のデフレに対する見方の微妙な変化がある。海外投資家は、「日本経済におけるデフレ圧力が既にピークを超えており、今後は、物価の下げ止まりが徐々に確認される」という期待を抱き始めているのである。

こうした海外投資家の見方を支えている要因は2つあると言われている。1つは消費者物価指数の前年比マイナス幅の縮小、もう1つは中国元の切り上げ観測である。

しかし、これら要因のみをもって、日本経済のデフレからの早期脱却を論じることにはやや無理があろう。消費者物価指数の最近の前年比マイナス幅縮小は、医療費の自己負担増等制度的な要因による部分が大きい。また、中国元に関して言えば、変動幅を上下2−3%程度拡大する可能性があるといったものに過ぎず、元切り上げが国内物価環境を大きく変えるようなシナリオは描けない。

そうであるからと言って、海外投資家の感覚を過小評価すべきではない。まず、指摘したいのは、国内労働市場における最近のミスマッチ拡大である。労働市場における需給のミスマッチの度合いを測る道具としてUV曲線(失業・求人曲線)が用いられることが多いが、2001年以降の景気後退局面では、このUV曲線がほぼ垂直に北方向に動いた。UV曲線は、通常、景気後退局面では、失業率の上昇と求人率の低下を反映することによって北西方向に動くはずであるが、そうならなかった(90年から94年、97年から99年にかけてはUV曲線が理論どおり北西方向に移動した)。

景気が後退する局面でも企業の求人水準が維持されたという事実は、日本の労働市場が徐々に売り手市場化している可能性を示唆しており、注目に値する。無論、企業の雇用リストラ意欲は依然として旺盛であり、労働需給が全体として逼迫している状態にはない。しかし、高齢化の進展、若年労働者の就業に対する意識の変化、経済の高度化に伴う熟練労働者の不足など、労働供給に関する制約が増大傾向にあることも事実であろう。

こうした労働市場の変化、すなわち摩擦的な失業が拡大するという状況が継続すれば、日本の自然失業率は徐々に上昇していく。この結果、失業率とインフレ率の関係をプロットしたフィリップス曲線は東南方向にシフトすることになる。

失業率と消費者物価(コア)前年比を用いたフィリップス曲線を実際に描いてみると、現状では、失業率が4.7−4.8%まで低下すれば、消費者物価(コア)前年比が安定的にゼロ%にまで回復するようにみえる。しかし、上記で指摘したような労働市場のミスマッチが強まっていけば、近い将来、失業率が5%台の半ばであっても消費者物価(コア)前年比がゼロ%、あるいは小幅のプラスになる可能性が出てくる。

こうした点に関連して、もう1つ重要な現象がある。それは、単位時間当たりの賃金に趨勢的な下げ止まり傾向がみられることである。毎月勤労統計を用いて、特別給与を除く常用雇用者の給与(基本給プラス時間外給与)を時間当たりベースに引き直し、その動きをみると、昨年半ばをボトムに趨勢的な改善傾向が示される(足元では3ヶ月移動平均ベースで前年比−0.5%)。

こうした単位賃金の動きが、企業収益の回復を受けた循環的な現象なのか、あるいは、労働需給の変化を反映した構造的な現象なのか、現状では明確な判断はできない。しかし、今後、景気が循環面での「山」を越えても、消費者物価や単位賃金に下げ止まりの傾向がみられ始めた場合には、日本のデフレ環境に何らかの変化が起こっていると判断せざるを得なくなる。日本経済は極めて興味深い局面に差し掛かっている。

以 上
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