2003年12月02日

塚崎 公義
円高は止まったのか


円高の材料は多い

G7後に円高が進んで以降、円ドル相場は比較的落ち着いた動きをしています。こうした状態は今後も続くのでしょうか?為替の見通しほど当たらないものはありませんが、今回はあえて為替について考える材料を挙げてみましょう。

まず、市場が織り込んでいる日米の景気見通しがどちらに修正されていくのかを考えると、円高圧力が働く可能性が高いと思います。米国の景気に関する市場の認識は「すでに非常に楽観的なので、これ以上は好転せず、どちらかといえば失望していく可能性の方が高い」でしょうし、日本経済については、「市場の景気認識が未だ悲観的である一方で、実際の景気は回復を続けるため、市場の認識は上方修正されていく可能性が高い」からです。もっとも、「過去に円が最高値をつけたのは95年であり、当時の日本の景気がよかったとは決していえない」ということを考えると、景気と為替の関係はそれほど強くないのかもしれませんが。

経常収支については、ニュートラルな材料かもしれません。日本の黒字が増加しつつあることは円高材料でしょうが、不思議なことに過去の推移を見ると日本の経常収支は円ドルの為替にあまり影響を及ぼさないようです。米国については、悪化基調が一服しているようにも見えますが、改善に向かうと考える材料も乏しいので、高水準の赤字が持続する可能性が高いでしょう。米国の経常収支は、ドル安による赤字縮小要因よりも米国経済の成長による輸入増加要因の方が働きやすい構造になっていると言われていますから、景気が拡大を続けるかぎりは(筆者は米国経済の成長率が市場の予想を下回ると予想していますが、それでも)経常収支の目に見えた縮小は見込みにくいでしょう。

資金フローに関しては、米国への資金流入が細っており、これが市場のドル安期待につながっている面もあるようです。少なくとも円ドルに関していえば、「ここから10%円高になる可能性」と「10%円安になる可能性」を比べれば、円高になる可能性の方が大きそうですから、日本から民間資金が大量に流入してドル高圧力となることは考えにくいでしょう。

以上を考えると、基本的には円高の材料が揃っていると言えるでしょう。したがって、(東京でテロが発生すれば別ですが、それ以外には)円安が進むことは考えにくいでしょう。しかし、「だから円高が進む」かというと話は別です。昨今の円相場は完全に日米政策当局の管理下にあり、両国政府の意図で動いているといっても過言ではないからです。


管理相場は続くか

日本政府は、景気の回復を着実なものとするために、急激な円高を阻止する必要性を痛感し、巨額の介入によってドルを買い支えています。したがって、米国政府からのクレームがないとすれば、円相場は現状レベルで推移するものと思われます。問題は、米国政府の意向ですが、筆者は米国政府が円高誘導を行う可能性は低いと考えています。

まず、ブッシュ政権にとって最大の関心事項は安全保障であって、為替政策への関心はこれに大きく劣後しています。こうしたなかで日本は独仏などと異なり米国のイラク攻撃を支持し、イラク復興資金もコミットするなど、米国にとっての重要性が大きく増しているわけですから、ブッシュ政権が小泉政権を窮地に陥れるような為替政策は採りにくいと思われます。

米国からみた日本経済が、80年代の後半には「米国を打ち負かすかもしれない恐怖の対象」であったものが、現在では「立ち直ってくれないと世界が迷惑するので、やむをえず手を差し伸べている対象」となっていることも、円高誘導を進めにくい要因となっているはずです。

米国の貿易赤字を相手地域別にみたときに、日本の占めるウエイトが意外なほど小さいということにも留意しておく必要があるでしょう。80年代後半に貿易摩擦が激化したころは、米国の貿易赤字に占める日本のウエイトが圧倒的でした。その後日本企業が積極的に海外現地生産を行ったこともあり、日本の対米黒字はおおむね横ばい水準にとどまっています。その間、米国の赤字総額は顕著に増加していますから、赤字総額に占める日本のウエイトは12%と、当時とは比較にならないほど低下しているのみならず、中国の23%、EUの17%、カナダ+メキシコの18%よりも低くなっているわけです(いずれも今年1〜9月累計)。こうしたことを考えると、(中国を狙って打った弾の一部が流れ弾として日本に当たることはありえますが)、米国が日本を狙って弾を撃つということは、考えにくいでしょう。

そもそもブッシュ政権は為替政策に対する関心が強くありませんから、仮に彼等が円高(またはドル安)誘導を行うとすれば、それは製造業者を視野に入れた選挙対策ということになるのでしょう。しかし、ドル安には輸入を減らす効果のほかに対内投資を減らして米国の株価を押し下げる効果などもあることに留意が必要です。問題は、ドル安が輸入を減らすまでには比較的長いタイムラグがある一方で、ドル安が株安などに波及するためのタイムラグは比較的短いということです。したがって、選挙が近づいてからドル安誘導を行うと、選挙前には株が安くなるだけで、輸入が減るのは選挙後になるという最悪の結果が予想されます。こうしたことを考えると、選挙が近づくにつれて「ドル安圧力が強まる」のではなく「ドル安圧力が弱まる」可能性もあるように思います。

上記を総合的に考えると、日本政府が大規模な介入を続けることに対して米国が本音で苦言を呈する可能性は高くないように思います。米国からは選挙民向けのリップサービスとして時折り月並みなコメントが繰り返されるかもしれませんが、日本政府としては「夏場にくらべて10円も円高になっているので、円高のスピードが速すぎる。日本としてはスピード調整のため、現状水準で当分のあいだ介入を続けることにする。人民元のようにまったく動いていない通貨と同一視されては困る」といった主張をすればよいのです。

ブッシュ政権としては、選挙民に対して「円は10円も円高になった。問題は人民元だが、我々は中国に人民元切り上げに向けた検討を約束させたほか、通商交渉の面でも中国の脅威に適切に対処している」と謳うことができるわけですから、これ以上の円高を本気で求めてくることはないと期待されます。

ちなみに、G7後に円の急騰を止めるべく日本が介入を行った際、ニューヨーク連銀が委託介入に応じてくれたことは、「米国がこの水準での日本の介入を不快に思っていない」ことの傍証ではないかと筆者は考えていますが、いかがでしょうか。





以 上

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