2004年06月01日

塚崎 公義
米国発のリスク要因


 このところ、米国の景気は好調に推移していて、米国人エコノミストの間では、この先も順調な拡大が続くというのが多数説となっています。 筆者は今少し慎重に考えていて、景気拡大のペースは鈍化していくと予測していますが、そうは言っても景気が方向転換して不況に突入するといった可能性は大きくないでしょう。 (筆者が慎重な理由は、「現在の好調が低金利と大型減税に支えられたものであることを考えると、長期金利が上昇し、減税額がピークアウトし、原油価格が上昇しているなかで、景気が順調に拡大し続けることは考えにくい」ということです)。

 米国の景気が緩やかながら拡大を続けるとすれば、日本の対米輸出が激減することはないでしょう。 アジア諸国の対米輸出が激減して日本の対アジア輸出が激減することも考えにくいでしょう。 したがって、実物経済の面では日本経済にとって差し迫ったリスクを懸念する必要はないでしょう。 しかし、市場の動きについては、いくつかのリスクを頭に入れておく必要がありそうです。

 第一は、超短期的なリスクとして、6月4日発表予定の5月分雇用統計が市場の予想を大きく下回る可能性が挙げられます。 「今次景気回復局面において、雇用が伸びていないことが連銀の金融緩和を持続させている」と考えていた市場にとって、大きなインパクトであったのは3月分と4月分の雇用統計がよい数字であったことです。 これで市場の利上げ期待が一気に高まり、円相場も円安に振れたというわけです。 こうしたことを考えると、仮に次に発表される雇用統計が悪い内容であった場合、「やはり雇用は伸びていない。過去2回の統計は、統計の振れでよい数字が出ただけで、実態を反映していなかったのだろう」ということになり、利上げ期待が縮小し、長期金利が低下するとともに急激な円高が進むかもしれません。

 第二は、原油価格が上昇を続ける可能性です。 イラク情勢を巡る状況が好転せず、市場の思惑から原油価格が高騰するようなことがあれば、先進国の景気は産油国による「増税」の影響で悪化するでしょう。 加えて、インフレ懸念が高まれば、米国などの中央銀行が利上げによって「景気をわざと悪くする」ことになるかもしれません。 日銀が引締めをはじめるとは思われませんが、原油価格高騰と米国経済のスタグフレーションといったダブルパンチを受ければ、日本の景気も腰折れせざるをえないでしょう。 米国のスタグフレーションが金融市場を通じて日本経済に及ぼす様々な影響(大幅な円高、株価の連動安など)にも留意が必要となるでしょう。

 第三は、米国の景気が減速し、雇用情勢が好転しないなかで、大統領選挙で民主党が勝つ場合です。 米国の景気減速自体がドル安要因ですが、雇用情勢が好転しない中で、雇用を重視する民主党の大統領が誕生すれば、ドル安政策で米国の雇用を守ろうとする可能性があるでしょう。 ブッシュ大統領は、最重要課題であるイラク問題で小泉首相に恩義を感じていますので、無理やり円高を推し進めるようなことはしないでしょうが、大統領が変わればこうした歯止めも利かなくなるというわけです。 (したがって、日本の景気ということだけを考えれば、ブッシュ大統領が再選される方が望ましいということになるでしょう。もっとも、これは、ブッシュ大統領のイラク政策を支持するか否かといったこととは全く関係ありませんし、本稿は筆者の政治的な姿勢をお示しするものでもありません。念のため)。

(補足)
 5月分の雇用統計において、非農業雇用者数がたとえば26万人増であるのと13万人増(または増加ゼロ)であるのと、何がちがうのでしょうか。 ファンダメンタルを見ているエコノミストからすれば、この程度のことであれば一喜一憂する材料とはなりません。 雇用情勢は景気動向の一部分にすぎませんし、雇用統計は雇用関連指標のそのまた一部に過ぎません。 さらに、130百万人の非農業雇用者数が26万人増えるのと13万人増(または増加ゼロ)なのでは0.1%(または0.2%)しか差がなく、この程度であれば、統計上あるいは季節調整上の誤差の範囲と言えるでしょう。

 しかし、市場関係者にとっては26万人増と13万人増(または増加ゼロ)では天と地ほどの違いがあります。 第一は、市場関係者が他の経済指標にくらべて雇用統計を圧倒的に重要視しているため、雇用統計の結果で市場が動くことになり、これがますます市場関係者の間で雇用統計に対する注目度を高めているからです。 第二は、過去2ヶ月分の雇用統計が強かった(3月分が34万人増、4月分が29万人増)ことを受けて市場がやや過剰に反応し、現在1%である政策金利が年末には2%になるという前提で相場が形成されるようになっているからです。

 こうした状況で、仮に発表された統計が26万人増であれば、市場は利上げを一層確信するだけで、相場はあまり動かないでしょう。 一方で、13万人増であれば、市場の利上げ観測が一気に後退し、大幅利上げを前提に組まれていた各投資家のポジションが一斉に巻き戻されることになりかねません。 仮に、増加数がゼロであったとしたら、間違いなく金融市場は大混乱に陥るでしょう。

 過去2ヶ月分の雇用統計を受けて金融市場に大きな動きがあった分が、そっくり巻き戻されるとすれば一大事です。 ファンダメンタルを見ているエコノミストとしても、「たかだか0.1〜0.2%の違いで大騒ぎすべきではない」などとは言っていられないでしょう。 たとえば大量のドル売りが急激な円高をもたらし、それが実体経済を大きく動かす結果になるかもしれないからです。

 ファンダメンタルズを見ているエコノミストはこうした市場の動きを「不合理だ」と考えがちです。 たしかに市場は「本当に重要な材料」よりも「市場が注目している材料」に反応するなど、部外者からは理解しにくい動きをする場合が多いのですが、「不合理」に見えるからといって市場の動きから目を離していると、ファンダメンタルズの予測が外れることにもなりかねません。 口の悪い人は「エコノミストは理路整然と間違える」と言っているようですが、そうならないように、市場の動きから目を離さないようにしたいものです。

 

上記に関する詳しい内容は、筆者のホームページに掲載する拙稿を御覧ください。





以 上

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