2004年08月24日

塚崎 公義
原油価格高騰の影響について



〔 はじめに 〕
 原油価格が高騰を続けています。石油ショックの時に比べれば、まだまだ世の中は不思議なほど静かですが、原油価格高騰が世界経済に与える影響について、懸念する声も聞かれ始めました。今回はこうした影響について考えてみましょう。


〔 世界経済への影響 〕
 原油価格の上昇が経済に悪影響を与える経路は2通りあります。第1は金融の引締めです。原油価格の上昇がインフレをもたらす懸念がある場合、これを防ぐために中央銀行が景気を「わざと悪くする」ことになります。実際、石油ショック時は、世界全体がインフレ傾向にありましたから、この影響は大変大きなものがありました。しかし、今回については幸いに世界がデフレ気味(少なくとも物価が非常に安定している)の時ですので、現状程度の原油価格であれば目立った引締めも行なわれず、したがって景気への影響も限定的なものにとどまると思われます。
 原油価格の上昇が経済に悪影響を与える第2の経路は、「増税」の効果です。原油輸入代金が増加した分は、アラブの王様に税金をとられたようなものですから、企業が売値に転嫁できなければ企業収益が悪化しますし、転嫁できれば消費者の購買力が落ちることになり、いずれにしても景気にはマイナスに働くでしょう。
 しかし、今回については経済全体に占める原油のウエイトが低下しているため、石油ショック時と比べると「増税」の影響はそれほど大きくないようです。原油の消費量の面では、たとえば第一次石油ショック前の1973年と比べると、30年間で経済規模が大幅に拡大したにもかかわらず、原油消費量は微増(日本は1割増、OECDは2割増、世界全体でも3割増)にとどまっています。これは、経済全体として省エネ技術や代替エネルギー開発が進んだこと、先進国経済のサービス化が進んだこと、などによるものでしょう。また、価格の面でも、インフレ分を調整すると、81年の価格は現在の63ドルに相当するわけで、実質的には現在の価格でさえも史上最高値からはほど遠いレベルにあるわけです。
 世界的に景気がある程度の力強さを持っている時期であることも、明るい材料と言えるでしょう。景気が後退期であれば回復時期が遠のいたかもしれませんし、「病み上がり」の時期であれば景気が腰折れする可能性もあったでしょうが、景気の現状からすると、原油価格上昇の影響は受けながらも、これを乗り越えて景気は拡大を続ける可能性が高いと思われるからです。
 なお、今回は価格だけの問題であって、量の確保には問題が生じていないということも、第一次石油ショック時のパニック騒ぎと比べると、影響を和らげている要因だと言えるでしょう。今後、不測の事態が生じないことを祈るばかりです。


〔 日本経済への影響 〕
 ここまで世界全体について考えてきました。日本については、上記に加えて、世界の中でも影響を受けにくい国であるということに留意しておく必要がありましょう。
 まず、日本はインフレ懸念から全く無縁であるばかりでなく、原油価格上昇によって消費者物価が上昇に転じれば「買い控え」がなくなったり実質金利が低下したりするというメリットさえも期待できる状況にあります。欧州中央銀行や米連銀がインフレ指標に目配りをしている状況と比べると、日本の相対的な有利性は明らかでしょう。
 「増税」効果についても、日本は影響を受けにくい体質となっています。量の面で言えば、日本は省エネが進んでいること、技術集約型の高付加価値品に特化していること、などにより、原油に頼らない体質となっています。たとえば日本のGDPは世界の14%を占めていますが、原油消費量は世界の7%を占めているにすぎません。一般的に先進国の方が経済の原油依存度が低いということもありますが、米国と比べても、日本は経済規模が4割程度である一方で原油消費量は4分の1程度にとどまっているわけです。
 原油輸入代金の面で言えば、石油ショック当時に比べてはるかに円高になっていますので、負担が大いに軽減されていることが挙げられます。この結果、たとえば日本の原油輸入代金の名目GDP比は、80年が4.9%、今年の見込みが1.4%程度と大幅に低下しています。
 加えて、日本製品の品質の良さも、悪影響を緩和する要因となるでしょう。たとえば日本車の燃費がよいことによって日本車の世界シェアが上がるとすると、原油高によって日本経済がプラスの影響を受ける面もあるということになるからです。
 ちなみにIEA(国際エネルギー機関)は、原油価格高騰の各国への影響を試算し、原油価格が10ドル上がると日本の成長率は0.4%低下するとしています。この程度であれば、景気への影響はほとんどないと言えるでしょう。(IEAは、米国への影響は0.3%で日本よりも小さいと試算していますが、こちらは疑問です。米国への影響は日本への影響よりも大きいはずだからです)。


(おまけ 1)
 日本経済については、「原油価格の上昇によって交易条件が悪化し、これが景気を腰折れさせる」という見方もあるようです。そうした力が働くことは確かなのでしょうが、そのインパクトが景気を腰折れさせてしまうほど強いとは思われません。
 昨年の原油輸入金額は5.3兆円でした。平均価格が30ドル程度でしたから、これが45ドルまで上昇するとして、輸入金額の増加分は2.7兆円です。一方、企業収益(2002年の国民所得統計上の営業余剰)は48兆円あり、前年より3.7兆円増加しています。原油価格要因を除けば今年の方が企業の増益率は大きいでしょうから、仮に企業部門が原油高を全く売値に転嫁できなかったとしても、利益は順調に増加を続けることが出来るという計算になります。企業の収益は、稼働率および労働生産性の上昇さえあれば(需要不足で遊んでいた機械や労働力を活用できるようになれば)投入コストの増加を充分吸収できるというわけです。


(おまけ 2)
 リスクシナリオ(たとえば大産油国に不測の事態が発生した場合)として原油価格が更なる高騰を続けた場合、世界経済が抱えるリスクとして留意しておくべきことは何でしょうか?かつて見られたような途上国の経常収支危機は、それほど心配いらないかもしれません。世界中の経常収支赤字を米国が引き受けてくれているため、経常収支が危機的な状況にある国は多くないからです。原油価格の高騰幅にもよりますが、金融引締めや「増税効果」による世界的な景気の腰折れという可能性も大きくはないように思います。
 懸念されるのは、米国が「景気は減速しているが、インフレが気になるので利上げする」という場合の国際的な資金フローの変化です。日欧の資金が米国から引き揚げると同時に、米国の資金でキャリートレード的に流出していた部分が還流するため、先進国においては株価などに大きな影響が出るでしょうし、非産油途上国の中には急激な資金流出に伴う為替の急落や資金繰りの困難といった事態にいたるところもあるかもしれません。


(おまけ 3)
 原油価格が上がると、輸入国は支払いが増えた分だけ景気にマイナスの影響がありますが、輸出国は収入が増えるので景気にプラスの影響があります。それでも世界経済全体ではマイナスの影響があるのは何故なのでしょうか?
 第一にはインフレに伴う引締めが行なわれるからですが、それだけではなく、増税効果の非対称性も影響しています。産油国は原油値上げで収入が増えても消費や投資をふやさずに貯蓄にまわす部分が多い一方で、消費国は原油への支出が増えた分だけ他の消費や投資を減らす傾向があるということです。
 原油価格上昇の影響が主体によって異なるということは、消費国の中でも起きています。消費者は小売価格が上昇すればその分だけ他の消費を減らす傾向がありますが、企業は仕入れ値が上昇して利益が減ったからといって、その分だけ他のものを購入しなくなるわけではありません。したがって、企業が仕入れ値の上昇を小売値に転嫁すれば景気に与えるマイナスの効果が大きくなることが考えられます。現在の先進国、とりわけ日本経済は、原油価格の上昇が小売価格に転嫁されにくい状況にありますので、こうした面でも原油価格高騰の景気への影響が緩和されているのかもしれませんね。


(おまけ 4)
 上記のとおり、IEA(国際エネルギー機関)の試算では、10ドルの値上がりで日本の成長率が0.4%減速するということです。はたしてこれは、減速と呼ぶようなものでしょうか?誤差の範囲と呼ぶべきなのではないでしょうか?最近までマイナス成長であった日本経済が今年度は3.5%程度の成長が見込まれているわけで、これが3.1%になったからといって、それがどうしたというのでしょうか?少なくとも景気の方向を転換させるというようなレベルではないでしょう。
 それなのに、なぜ人々は「景気に重し」とか「減速」といった表現を使うのでしょうか?このあたりの事情については拙稿「エコノミストはなぜ弱気なのか」を御参照いただければ幸いです。


 

 





以 上

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