2004年12月21日

塚崎 公義
−市場の過剰反応か米政府の危機感欠如か−
簡単には減らない米国の財政赤字



(はじめに)
 ブッシュ大統領は、財政赤字のGDP比を半減すると選挙で公約した。 しかし、米国の財政赤字がすんなりと減っていくと考える向きは少数であり、市場は双子の赤字への懸念からドルを売っている。 ブッシュ大統領は「財政赤字については議会とも話し合っていく」と述べているものの、ブッシュ政権も米議会も危機感が希薄であるため、実効性は不明である。
 もっとも、米国の財政状況は日独仏と比較して見劣りするわけではなく、市場が過剰に反応している面も否定できない。 本稿では、こうした状況について概観し、あわせて何故米国よりも日本が米国財政を懸念するのか、といったことについて考察してみたい。


(過去4年で財政状況は大幅に悪化)
 米国の財政収支は、ITバブル期に黒字を計上したものの、その後は急激な悪化を続け、2004年度には4000億ドルの赤字となった。 2000年度に比べると6500億ドル悪化したことになるが、これは景気の悪化、減税、軍事費増加、社会保障支払の増加、医療費支出の増加、などによるものである。
 景気に関しては、昨今の景気も悪いわけではないが、ITバブル期との比較をすれば、財政赤字の拡大要因となっているわけである。
 減税は、共和党が伝統的に小さな政府を志向していることもあり、ブッシュ政権の重要な政策となっている。 就任当時は「財政の黒字は納税者に返還すべき」という理由がついていたが、その後財政が赤字化した後も減税を実施し、今もなおその恒久化を図ろうとしているところをみると、はじめに結論ありきという感じである。
 軍事費は、2001年の同時多発テロにより米国の安全保障を巡る環境が激変したことで歳出が著増したものである。 イラク情勢の混迷度を見ると、一時的な歳出増というよりは構造的な問題となりつつあるようだ。
 人口構成の高齢化、医療費の高騰などを映じて、社会保障関係や医療関係の歳出も増加している。これも構造問題と言えるだろう。


(ブッシュ大統領の財政運営)
 財政運営にかかるブッシュ大統領の二期目の課題としては、減税の恒久化、税制の改革、歳出の抑制、年金制度改革などが志向されている。
 減税の恒久化とは、ブッシュ大統領が過去に実施した減税が期限付きのものであるため、これらの期限を延長しようというものである。 期限の到来とともに減税が終了するのでは実質増税となってしまうという事態を回避しようということであるし、当初から延長が予想されていた面もあるため、ある意味では当然という理解も可能である。 議会としても、実質増税という不人気な政策は採りにくいし、そもそも小さな政府を志向する共和党が上下院ともに多数を握っていることを考えると、恒久化まで実現するか否かは予断を許さないものの、少なくとも減税期限の延長は実現する可能性が高いと言えるだろう。
 税制の改革としては、簡素、公平、成長促進という目標のもとで、税のフラット化などが志向される見通しである。 増減税同額での改革が謳われているため、歳入には中立なはずであるが、個々の税制変更が税収増減に与える影響を試算する際にバイアスがはいる可能性はあり、どちらかといえば財政赤字の拡大要因となる可能性はあろう。
 歳出の抑制策としては、ペイゴー(義務的経費の支出を伴う法案は、他の義務的経費を同額以上削減することを同時に定める必要があるというルール)、キャップ(裁量的経費の総額を定め、これを超えた場合には裁量的歳出を一律にカットするというルール)の導入を計画している。 小さな政府を目指す共和党としては、歳入面では減税などを行なう一方、歳出面は抑制的に対応しようということであろう。
 今ひとつ、個人退職勘定を創設する(年金制度の一部を民間に移管する)という年金制度改革が提案されている。 これは、超長期的な年金負担を軽減するために当面の財政赤字の拡大を覚悟して制度改革を断行しようというものであり、実現すれば当初10年間で1〜2兆ドルの財政負担が生じると試算されているものである。


(財政赤字半減の公約は実現困難)
 ブッシュ大統領は、財政赤字のGDP比を5年間で半減させると選挙中に公約している。 しかし、これは楽観的すぎるであろう。 中立的な見通しとしては、CBO(米国議会予算局)が中期見通しを発表しているが、これによれば財政赤字の対名目GDP比は、04年の実績である3.6%が5年後には2.1%に縮小するにすぎない。 しかも、これは上記の制度変更が行なわれないとの前提で試算されたものであるため、上記施策の影響についても考える必要がある。
 大統領は、減税の恒久化などを行なうことで長期的な経済成長をもたらせば、税収増と歳出抑制を通じて赤字が減ると考えているようであるが、この点についてもCBOは、減税や税制改革の効果は、差し引きすると財政赤字を拡大すると試算している。 もっとも、減税の恒久化や年金制度改革などが財政収支に本格的に影響するのは2008年ころからであり、来年度分から直ちにCBOの前提が大きく修正されるということはなさそうであるが。
 民間の各調査機関も、ブッシュ大統領の公約は実現困難と考えているところが多い。 長期的にはともかく、短期的には諸改革が税収を増加させる効果は限定的だということであろう。
 レーガン減税が米国経済を活性化して長期的な財政赤字の縮小に貢献した面はあるかもしれないが、それには長い時間を要したわけである。 レーガンの軍事費増額については、ソ連の崩壊をもたらして平和の配当につながったが、昨今の米国の軍事費増加がこうしたプラス面をもたらす目途はたっていないわけである。
 こうしたなかで外為市場は、ブッシュ大統領の続投が決まったことを「財政赤字が拡大して双子の赤字が深刻化するのでドル売りの材料である」として扱っている。 長期債市場は、それほど目だった動きはしていないが、これは一時期に比べてインフレ懸念が後退していること、アジア諸国の公的部門が米国債を購入することで需給が保たれるとの思惑が働いていること、などもあってのことであろう。


(過度の悲観は不要)
 米国の財政状況が望ましいものではないことは衆目の一致するところであろうが、本当に人々が懸念するほど問題は深刻なのであろうか?
 国際比較をしてみると、米国の赤字が日独仏と比較して特段悪いわけではない。 OECDによれば、2005年の財政赤字のGDP比は日本が最も大きく、米国が次であるものの、独仏と大差がないと予測されている(表1)。 政府部門の負債残高については、米国が日独仏のいずれよりもGDP比が低くなっている(表2)。 将来的にベビーブーマーが引退することで財政収支が悪化すると懸念されていることは確かだが、人口構成が高齢化していくスピードに関しても、米国が出生率の高さなどを映じて相対的に緩やかとなっている。 したがって、少なくとも財政収支に関する限り、ドル安円高ユーロ高の材料となることは道理ではない。
 今後、米国経済がそこそこのペースで拡大していくこと、イラク情勢が現状よりも悪化しないこと、といった前提をおけば、財政赤字のGDP比は当分の間低下を続けるものと思われる。 ベビーブーマーの引退が本格化すれば赤字が再拡大する可能性は否定できないが、米国のベビーブーマーは日本に比べてコブが低くなだらかであること、出生率が比較的高いために労働市場への新規供給が落ち込まないこと、といったことを考えると、日本人の感覚で高齢化の影響を懸念するのは若干悲観的すぎるかもしれない。
 年金制度改革による赤字の増加はある意味で「隠れ赤字の表面化」であって、実態が変わるわけではないことにも留意が必要である。 今次改革は、現役が高齢者の年金を負担するという制度を廃止して自分の老後は自分で面倒を見る制度を新設するもので、過渡期において高齢者の年金を財政赤字で負担する必要があるということであるから、減税により財政赤字が増えたことと同一視する必要はなかろう。 実際の市場は表面上の赤字額が増加したことに反応するかもしれないが、本来であれば材料にならないはずのものなのである。


(危機感の強弱差の背景)
 日本人は、米国の財政赤字に危機感を持っている。 それに比べて当事者である米国は、政府も議会も国民も危機感が希薄であるように見える。 こうした格差が生じる理由は二つあると筆者は考えている。
 第一は、為替相場に関する関心の強弱である。 日本人が米国の財政赤字に危機感を感じる理由は、おそらく為替市場がこれを円高の材料と捉えているからであろう。 理屈上は上記のように円高材料にならないはずであるが、市場がそう反応する以上、危機感を感じざるを得ないということであろう。
 一方、米国にとっては、貿易が自国通貨建てで行なわれていることもあり、為替の円高はそれほど気にすることではないと思われる。 ドル暴落といった事態は避ける必要があろうが、秩序だったドル安であれば、(喜ばしいと思うか否かは別として)容認できるであろう。
 為替をそれほど気にしない米国政府などから見ると、日本人が何故米国の財政赤字について危機感を持つのか理解に苦しむ面があるかもしれない。 上記のように、実際の問題はそれほど深刻ではないとすれば、「巨額の財政赤字を抱え、今後急速な高齢化が予想され、年金制度が隠れ借金を抱えている日本に心配していただく必要はない」といったところなのであろうか。
 格差が生じる理由の第二は、基軸通貨国の特権を有しているか否かであろう。 米国政府も、海外の投資家がドル安を懸念して米国への投資を手控え、結果として米国債と米株が下落し、米国の景気が悪くなると困るとは考えているようであるが、問題はその可能性が低いと彼等が考えていることであろう。
 財政赤字が拡大しても、為替市場が双子の赤字を懸念してドル安が進んでも、長期債の相場はそれほど崩れなかった(すなわち長期金利はそれほど上がらなかった)。 このことは、米国政府と議会を安心させたはずである。 今ひとつ彼らを安心させているのは、仮に海外民間部門からの投資が減っても、外国の政府の介入を容認すれば、彼等が介入で買ったドルを米国債で運用してくれるため、長期債市場が大きくは崩れないということがわかってきたことであろう。 結果として、インフレさえ抑制されていれば、財政赤字が拡大しても長期金利はそれほど上がらないという安心感を持つに至ったということであろう。
 これは、米国が基軸通貨国としての特権として外国からの資金流入を確保できるということであり、こうした特権を最大限に利用すれば、諸外国の負担において財政赤字問題を放置する(少なくとも他の政策課題を優先させる)ことが可能であるということである。 そうであるとすれば、負担を押し付けられる日本などの方が当事者である米国政府よりも米国財政赤字を懸念するという構図は根が深いものであると言えるだろう。
 このことは、日本人の危機感は為替への関心の高さによって必要以上に増幅されている一方で、米国政府などの危機感は基軸通貨国であることによって希薄すぎるレベルに抑制されてしまっているということを意味しているのかもしれない。 このことは、米国政府が危機感を持たずに他の政策を優先して財政赤字を放置し、それにより一層日本人が危機感を募らせるといったことを予想させるものであろう。
 米国が本当に危機感を持つとすれば、遠い将来の可能性としてドルが基軸通貨の地位を降りるケースが視野に入ってくる場合であろう。 ユーロが誕生し、基軸通貨の機能を分担する受け皿はとりあえず出来ている。 最近になってロシアが自国通貨の価値を対ドルよりも対ユーロで安定させるといった話が出て来ており、中国ももしかするとドルペッグから「円、ドル、ユーロのバスケットへのペッグ」を検討しているかもしれない。 こうした中で「米国が安心しすぎていると、遠い将来には基軸通貨の地位を奪われてしまう可能性」も無いとは言い切れない。 もっとも、こうした話は現状では荒唐無稽に聞こえるため、現実の政策を左右するほどの危機感には結びつかず、「国家百年の計として財政赤字を削減する」ことも期待できないであろう。

表1

表2


以 上

本稿は、「金融財政」、2004年12月16日号に寄稿したもので、筆者の承諾を得て掲載しております。
なお本稿は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。
また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。
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