2006年07月18日

塚崎 公義

 

前回のゼロ金利解除時との類似点と相違点


 米国では景気減速の兆しが見え始めていますが、日本経済は好調に推移していて、日銀はゼロ金利を解除しました。いつか見た風景のような気もしますが、歴史が繰り返す心配はないのでしょうか。


(米国の減速)
 前回、米国経済はITのバブル崩壊途上でしたが、ユーフォリアに酔った米国人はソフトランディングを疑っていませんでした。日本人の中には心配していた人もいたようですが、米国人の話をよく聞く人ほど、米国出張をした人ほど、米国経済に楽観的になっていたようです。もっとも、いくらグリーンスパン議長(当時)が天才であってもバブルの崩壊が経済に大きな打撃を与えることは避けがたく、米国経済は景気後退を経験することになりました。足で稼ぐ調査をしろと言われますが、それも時と場合によるわけで、バブルのユーフォリアに支配されている人に見通しを聞くこと自体が手法として問題だということを学んだ人も多かったのではないでしょうか。
 今回は、(住宅バブルに踊っている人がいるという指摘はありますが)、米国人が広くユーフォリアに支配されているというわけではなさそうなので、米国人の声にも耳を傾けるとすると、景気の減速とインフレの両方が懸念されるということのようです。そうだとすると、景気が悪化しても景気刺激策が採りにくく、むしろ引き締めが続く可能性も否定できないことになります。前回は思い切った緩和策で不況から短期間で抜け出した米国経済ですが、今回は悪くすると景気後退が長引くことにもなりかねません。


(米国の不振と日本)
 ITバブルが崩壊した頃には、米国経済の変調によって日本経済が大打撃を受けるということは、あまり意識されていなかったようです。(当時、日本経済の先行きに悲観的な人は少なくありませんでしたが、悲観的になる理由は米国経済ではなく、不良債権であるとか消費者マインドであるとか、国内の要因が多かったようです)。理由としては、90年代の米国経済が絶好調で日本経済があまりに不調であったために、米国の景気が日本の景気に影響を及ぼすということが意識されにくくなっていたこともあるでしょう。日本の対米輸出が日本経済に占める割合が比較的小さくなってきたこともあるでしょう。
 ところが実際には、米国の不況の影響は、津波のように日本経済を押し潰してしまったのです。おそらくその主因は、米国の経済がサービス化していて、モノの供給をアジアなどの外国に頼っていることなのでしょう。
 需要が落ちたとき、サービスの需要よりもモノの需要の方が落ち込み方が激しいことは容易に想像がつくでしょう。モノの供給を輸入に頼っている米国では、2000年から2001年にかけて、国内需要の伸びが大きく鈍化しましたが、その半分以上は輸入の減少となったのです。そして、米国が購入するモノの多くはアジアから来ているのです。アジアの輸出品の心臓部の部品などは日本製のものも多いので、米国がアジアからモノを買わなくなると、日本からアジアへの輸出が大きく落ち込むことになります。変動幅という意味で重要なのは、設備機械の方かもしれません。アジアの生産が増えると日本からの設備機械の輸出が増えますが、アジアの生産が増えなくなっただけで(減らなくても)日本からの設備機械の輸入はゼロになってしまうからです。
 こうしたメカニズムは今回も働くでしょうから、米国の景気が後退すれば日本への影響もそれなりに覚悟しておく必要があるでしょう。


(過度の悲観は不要)
 しかし、過度の悲観は必要ないと思います。前回との相違点もいくつか見られるからです。
 前回は、輸出の減少だけではなく、日本でも多かれ少なかれITブーム(バブルとまでは言えないかもしれませんが)の崩壊があり、これが景気を下押ししたという面もありましたが、今回はそうしたことはなさそうです。
 米国の景気が減速から後退に向かえば、原油価格が落ち着いてくる可能性もあります。米国は何といっても石油ガブ飲み経済ですから、米国の景気が後退すれば、世界の原油需給に与える影響は大きなものがあるからです。
 前回に比べて、日本経済にとって中国経済の占める位置が大きくなり、しかも中国が自律的な成長を遂げられる段階にまで来たという点も重要でしょう。中国では投資需要が活発で、経済の過熱を押さえ込んでいる状況ですから、輸出が減速すれば抑制をやめることで成長を持続させることが出来ることになります。
 為替レートが比較的円安気味で推移していることも明るい材料です。実質実効為替レート(輸出しにくさ指数)で見た現在の円相場は、過去と比べると相当円安の水準にあり、今後も日本の超低金利が続いて米国が引き締め気味の運営をするとすれば、急激な円高に進む可能性は大きくないでしょう。そうであれば、需要要因による輸出の減少を、価格要因がある程度補ってくれるかもしれません。
 日本国内に目を移せば、不良債権問題には概ね決着がつき、金融システムは前回と比べて格段に安定しています。また、国民の日本経済に対する極端な悲観論は影を潜め、経済の先行きに対するコンフィデンスが前回よりも格段に改善しています。景気は気からということを考えると、これも大きな相違だと言えるでしょう。
 それより何より、今回は景気自体に勢いがあります。景気が回復あるいは拡大している時に外的なショックを受けると、景気が方向転換して不況に陥ることがありますが、その可能性は景気の足腰が弱いほど大きくなります。寒風にあたって風邪をひく確率が、健康人は低いが病み上がりの人は高いというのと同様です。その意味でも、今回は日本経済が充分な健康体ですから、ある程度のショックが来ても耐えられる可能性は高いと思われます。


 こうしたことを考えると、原油価格が更に高騰を続けて米国がスタグフレーション(不況とインフレの共存)にでも陥らない限り、日本経済の息の長い拡大は持続する可能性が高いのではないでしょうか。
 なお、前回のゼロ金利解除の時に、「日銀は誤った利上げによって景気の腰を折った」といった批判が聞かれましたが、そんなはずはありません。金利が0.25%上がったくらいで景気の方向が変わるほど経済は金利に敏感ではありません。その証拠に、過去の金融緩和や引き締めが一度で終わったことなどないわけです。前回の日銀の決定が誤りであったとしても、せいぜい「病み上がりの患者が寒風にあたって風邪をひいた時に、病室の暖房の温度を1度下げた」といった程度のことでしょう。同様に、今回の利上げが景気の方向を左右することはあり得ません。その意味でも、今回の景気の先行きを過度に悲観する必要はないと言えるでしょう。

 


以 上

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