2006年09月04日

塚崎 公義

 

米国の景気について



(はじめに)
 日本の景気は相変わらず指標を見る気もしないほど好調ですが、米国経済には変調の兆しが見えます。そこで、今回は米国経済について考えてみることにしました。


(景気減速)
 米国のGDP成長率は、高かった1−3月期に続いて4−6月もそれほど悪い数字にはならず、経済活動が全体としてみれば未だに活発であることを示唆しています。企業部門の生産や設備投資は堅調を維持していますし、個人消費も悪くない数字が出ています。

 しかし、景気の方向としては減速をはじめたようです。雇用拡大テンポが減速してきましたし、何よりも米国経済の好調を牽引してきた住宅ブームのピークアウトが明らかになってきました。住宅ブームに関しては、バブル的な面も指摘されていましたし、経済全体としてもインフレが懸念されはじめている状況ですから、住宅ブームの終焉などによって景気がある程度減速することは、ある意味では望ましいのかもしれません。

 今後は住宅投資の冷え込みに加え、ホーム・エクイティー・ローンなどを通じた消費行動も影響を受け、時差を伴って企業部門にも影響が波及していくことが予想されます。問題は、このまま景気が後退(あるいは失速?)するのかということです。

 米国景気の今後を考える際に重要なことは、現在の減速が金融政策の影響をどのように受けているのかということです。金融政策が実体経済に与える影響は1年半後から2年後がピークであると言われていることを考えると、やや極端ですが、現在の減速はFFレートが1%から2%に上昇したことを映じたものであり、2%から5.25%までの利上げの影響はこれから出てくるということになります。加えて、住宅ブームが終焉した後にはストック調整による住宅不振期が待っているかもしれませんし、原油価格高騰の影響もタイムラグを伴ってこれから本格化するのかもしれません。

 こうしたことを考えると、意外と早く景気が後退に向かい、金融緩和が必要な状況が来るのかもしれません。実際、米国の過去の金融政策を見ると、最後の利上げから最初の利下げまでの期間が短かくなっており、金融政策はタイムラグの長さ故に行き過ぎる傾向があることを示唆しています。(余談ですが、日本においても、昔から最後の利上げと利下げは無駄ないし有害であったと批判された例が多数あることが思い出されます。これは日本銀行が悪いからというよりも、金融政策というのはそれほど難しいものだということなのですが、世の中では日本銀行に対する批判が数多く聞かれることは同情に値すると言えるでしょう)。


(インフレ懸念)
 一方、インフレ懸念は高まりつつあります。これだけ原油価格が高騰すれば、物価が上がるのは当然だということなのかもしれません。これまで原油価格が上昇してもインフレが起きなかった理由として、「先進国経済の原油依存度が下がっている」こと、「IT革命やグローバリゼーションや規制緩和などで経済がインフレになりにくい体質に変化してきた」こと、などが指摘されてきましたが、後者については過信は禁物です。仮に「原油価格が高騰してもインフレにならないほど経済の体質が変化した」とすると、「原油価格が安定している時にはデフレになる」はずなのですが、過去の統計はそうなっていないわけで、経済体質の変化を過大評価しているのかも知れないからです。

 考えられることの第一は、単にタイムラグが長かっただけで、原油価格高騰の物価への影響は今後本格化するということです。第二は、GDPギャップが大きい時(経済全体の供給力が総需要を大きく上回っている時)には転嫁できないが、ギャップが縮小するにつれて加速度的に転嫁しやすくなるということです。いずれにしても、先行きのインフレを懸念させるものでしょう。

 ここに来て賃金(より厳密には単位労働コスト)が上昇していることも気になります。労働力需給が緩和の兆しを見せ始めた中で賃金が上昇しているということは、労使双方にインフレ期待が生じ始めているのかもしれません。賃金がCPIに大きな影響を与えることを考えると、今後のインフレ要因として賃金にも着目しておく必要があるでしょう。

 このように、原油価格高騰や賃金上昇の影響が今後の物価に反映されていくとすると、しばらくはインフレ懸念が拭えないと考えておく必要があるでしょう。インフレには慣性が働きやすく、インフレがインフレ期待を通じて更なるインフレをもたらす可能性もあります。そうだとすると、景気局面として金融緩和が必要となっても、インフレ懸念から利下げが行なえないという事態も予想されます。景気というものは、ひとたび方向を変えると、そのままの方向に走り続ける性質を持っていますから、金融緩和が行なわれないと、回復のきっかけが掴めないままに悪化を続けるということになりかねません。


(ダウンサイドリスクに要注意)
 上記は多分に頭の体操的な面もあり、過度の懸念は不要と思われます。しかし、米国経済に関しては、当面ダウンサイドリスクを念頭に置いて注意深く経済指標を見ていくべき段階にはいったということには留意しておくべきでしょう。「人間の想像力は乏しいもので、現状が持続すると予測する傾向がある」ということを念頭に置いて、転換期かも知れない時には柔軟な発想で先を読むように心がけたいものです。

 その際に参考になるのがエコノミストたちの予測ですが、エコノミストたちの予測も実績を後追いしがちな面があることには注意が必要です。エコノミストの予測と実際の景気の変動を比べると、景気の小幅な変化が予測されている場合には比較的大幅な変化が生じ、予測が実績を後追いするという場合が少なくありません。「景気は小幅に減速するだろうが失速するところまでは行かないだろう」という予測は、景気の方向が悪い方向に変化するという方向性はあっていても、変化幅は誤りであるという場合が少なくないということです。株の世界ではアナリストの予測が変化した場合には、次も同じ方向に変化する確率が高いという予測手法があるそうですが、景気に関しても同様のことが言えるように思います。

 人間の想像力の乏しさ以外にも、こうした傾向を助長しているものがあります。それは、極端な見通しを出すと外れた時に大恥をかくという発想です。もっとも、こうした傾向は、エコノミストの肩書きによっても差があるでしょう。一匹狼や目立とう系のエコノミストには少ない一方で組織で意思決定を行なうシンクタンクには比較的多いようです。また、市場参加者を顧客とするエコノミストは変化を先取りしようという積極的な(悪く言えば向こう見ずな)姿勢がある一方で、ファンダメンタルズをじっくり検討するエコノミストには「一つ一つの指標発表に一喜一憂せず大きな流れの変化を見る」傾向がありますから、慎重な(悪く言えば後追い的な)姿勢があるようです。「市場系エコノミストは、雨が降れば洪水を警告し、雨がやめば水不足を警告する。ファンダメンタルズ系エコノミストは悠然としていて、堤防決壊寸前に洪水に言及しはじめる」といったところでしょうか。

 そうしたことを考えながら、エコノミストたちの予測をいくつか読んでみると、意外な発見があるかもしれませんね。


 


以 上

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