2007年02月05日

塚崎 公義

 

円安こそ構造改革だ


(円安の持続可能性)
 日本の経常収支は相変わらず大幅な黒字を続けていますが、為替相場は円安気味に推移しています。日米の物価上昇率格差などを調整すると現在の円相場は21年ぶりの円安だという計算もあるようです。

 円安の一つの大きな要因として、個人マネーが外貨建て資産に向かい始めたことが指摘されています。それでは、なぜ個人マネーが海外に向かっているのでしょうか。日米金利差があるから、アジア経済が好調だから、といった理由が思いつきますが、過去に日米金利差が開いた局面でもアジア経済が好調だった局面でも個人マネーが動かなかったことを考えると、他にも理由がありそうです。

 たとえば「銀行が手数料稼ぎのために熱心に投信を販売しており、売れ筋である外貨建てを客に勧めている」「71年から95年までの間に1ドルが360円から80円になり、外貨資産という単語がほぼ為替差損と同義語であった時代から、10年以上も円高を経験しない時代となり、昔の恐怖心が薄れてきた」「少子高齢化で日本経済が長期的に衰退していくことが視野に入って来た」といった要因が効いているのかもしれません。そうだとすれば、多少金利差が縮まってもある程度の対外投資は続き、(多少は円高方向に為替が動くかもしれませんし、市場関係者は円高だと認識するかもしれませんが)水準としての円安は続くかもしれません。もっとも、筆者の為替予想ほど当てにならないものはありませんので、悪しからず。


(円安の景気刺激効果)
 仮に円安水準が続くとすると、それは日本経済にとって極めて望ましいことです。「輸出と輸入はほぼ同金額だから、円安で喜ぶ人と悲しむ人が同じだけいるはずで、日本経済にとってはプラスにもマイナスにもならないはずだ」と考えるわけにはいかないのです。

 輸出関係の人は、円安で大いに潤います。価格競争力がついて輸出数量が増え、生産活動が活発化します。輸出と関係ない国内製造業の人も、競合する輸入製品の円建て価格が値上がれば、競争力が増して生産活動が活発化します。生産活動の活発化は企業収益を増加させ、雇用を増やし、サラリーマンを潤すでしょう。製造業にとっては、輸入原材料価格が上がりますが、原材料分だけ自分の製品の価格を値上げをしても、競合する輸入製品の値上がりの方が大幅でしょうから、売上数量は減るよりも増える可能性が高いでしょう。消費者は値上がりで困るかもしれませんが、消費者の多くは一方でサラリーマンですから、人によって差はあるでしょうが、消費者全体としてはそれほど困らないはずです。

 日本は巨額の対外資産を持っています。政府の外貨準備、年金基金の外貨建て有価証券、直接投資した工場や不動産などが、巨額の利子や配当をもたらしていますが、こうした収入は外貨建てなので、円安になると自動的に増えるという効果も見込まれます。

 「自国通貨が安くなると輸入品価格があがってインフレが心配だ」という人がいます。欧州中央銀行などは、自国通貨安を望んでいないように見えますが、これは彼らがインフレを気にしているからでしょう。しかし、日本経済にはインフレ懸念はほとんどありませんから、円安で困ることは無いわけです。

 通貨危機時のタイの経験から、自国通貨安を望ましくないと考える人もいます。タイでは自国通貨が暴落したことで、ドルを借りていた人がドルの借金を返すために巨額の自国通貨が必要となり、大勢の人が破産しました。しかし、今の日本にはドル建ての借金をしている人はあまりいませんから、これも気にする必要はないでしょう。


(円安の経済構造改善効果)
 このように、円安は日本の景気に大変よい影響を与えるわけですが、円安の素晴らしさはそれにとどまりません。

 昨今は、景気が回復したおかげで失業が話題に上らなくなりましたが、日本経済の本質は相変わらず需要不足経済(すなわち高失業率経済)です。日本国民は勤勉に働き節約に励むため、多くのモノ(財およびサービス)が作られる一方で消費が少なく、売れ残りが生じやすい経済構造になっています。今は財政赤字と貿易黒字のおかげで余ったモノが何とかさばけていますが、財政赤字がゼロになるほどの緊縮財政を行い、貿易黒字がゼロになるほど海外の景気が悪化すれば、日本経済はひとたまりもなく大不況に陥るでしょう。つまり、日本経済は財政赤字と貿易黒字という二本の竹馬に乗っているわけです。

 では、二本の竹馬のどちらが望ましいかといえば、もちろん貿易黒字です。財政赤字は子孫に借金を残しますが、貿易黒字は子孫にドル建て資産という財産を残します。それだけではありません。財政赤字で失業を回避しようと思えばゼネコンが成長しますが、輸出が増えれば製造業が成長します。製造業の方がゼネコンよりも効率性が高いと言われていますから、この面でも輸出の方が望ましいことになります。

 「効率性の低い分野から高い分野へ資源配分を変更する」ことが小泉構造改革の主眼であったとすれば、まさに円安による輸出増こそ構造改革だと言えるのかもしれません。小泉構造改革を巡っては、景気重視か改革重視かという論争が繰り広げられていましたが、結果からすると、徹底介入で円高を防止し、国民の円高恐怖症を和らげて円安基調を作ったことこそ、景気回復にも有効で構造改革も進める、究極の選択だったのかもしれません。

 見方を変えると、為替介入は「新種の公共投資」だったのかもしれません。従来の公共投資の結果は「失業者の建設労働就業」と「国の負債としての国債と国の資産としての道路」です。為替介入の結果は「失業者の輸出産業就業」と「国の円建て負債とドル建て資産」です。失業者が就業したこと、国の円建て負債が増えたことは共通ですが、違いが二つあります。一つは就業した産業が非効率的なゼネコンであるか効率的な輸出産業であるかという違い、今一つは残った資産が「時と共に老朽化してメインテナンスコストがかかる道路」であるか「メインテナンスコストがかからず、時と共に利子分だけ増える外貨建て国債」であるかという違いです。族議員などにとっては公共投資の方が好ましいのかもしれませんが、国民にとっては介入の方が好ましいように思われます。


 安倍内閣になってから、為替介入は行なわれていませんが、引締め気味の財政政策と大幅に緩和された金融政策というポリシーミックスが引き続き採用されています。こうした政策は円安を通じて構造改革を促進すると考えてよいでしょう。日本経済が「最後の黄金時代」に向かって着実に進みつつあるとすれば、こうした政策も一翼を担っているということだと思います。

 先月、「遠い将来の話をするのであれば、ドルの暴落の心配よりも円暴落の心配の方が先かもしれません」と記しましたが、これは遠い将来の話です。遠い将来、少子高齢化が進めば日本経済が需要不足経済ではなくなるでしょう。そうなってから円が暴落すると、インフレになって困る可能性は充分にあります。しかし、当分の間は需要不足経済が続くでしょうから、少なくとも団塊の世代が完全に引退するまでは、円安は望ましいことであって心配するようなことではないはずです。




 


以 上

本稿は筆者個人の見解であり、筆者の属する組織などの見解を示すものではありません。
また、読者に投資などを勧誘するものでもありません。
TEL: 03-5297-7311 - FAX: 03-5297-7314
Copyright © 2000 CMD Co., Ltd. All rights reserved.
Prev Index Next