2007年12月03日

塚崎 公義

 

誰も困らないドル安


(はじめに)
 ドル安が続いていますが、特に問題とはされていないようです。今回は、何故ドル安が問題とされないのか、考えてみましょう。

(ドル安が進行中)
 FRBの計算する実効為替レート(対主要通貨)は、2002年2月に112を付けて以降、緩やかな下落を続け、2007年11月には72となっています。物価上昇率格差を調整した値でも、概ね同様の傾向が見られます。また、ここに来て、サブプライム・ローン問題に起因する景気減速懸念がドル安を加速しているようです。
 円の対ドル相場は、他の通貨が対ドルで高くなる中、比較的安定していましたが、ここに来て円高が進んでいます。
 しかし、特に問題視はされていないようです。よく見ると、不思議なことに困っている国が見当たらないのです。

(誰も困っていない)
 一般に、自国通貨が高くなることのデメリットは、輸出が減って輸入が増えて国内生産が減少することです。自国通貨建てで見た輸出価格は下落し、輸出企業の収益を圧迫しますが、輸入価格も下落するので、概ね同額の円高差益が発生すると考えれば、価格変化の直接的な影響は概ねニュートラルだと考えてよいでしょう。(部門別に見れば、企業部門にデメリットが生じる一方で、家計部門にメリットが生じます i 。これが経済にとって望ましいことか否かは経済状況にもよるでしょうから、一概には言い難いでしょう)。
 一方で、自国通貨が高くなることのメリットは、インフレを抑制する効果が期待出来ることでしょう。
 こうしたメリットとデメリットの比較から最も素直に自国通貨高を歓迎しているのは、ユーロ圏でしょう。ユーロ圏は、もともとインフレへの警戒感が非常に強く、インフレ懸念が出てくると金融が引き締められて景気が失速しかねない風土にありますが、昨今の経済情勢を見ますと、景気が好調な一方でインフレが懸念されかねない状況となっています。こうした中で、自国通貨であるユーロが高くなることのデメリットは余り感じられず、むしろ需要超過を抑制するといった効果も見込まれるかもしれません。一方でユーロ高がインフレを抑制する効果は確実に見込まれますから、ユーロ圏は全体としてユーロ高を歓迎していると言えるでしょう。

 日本は、本来であれば円高に弱い経済です。勤勉に働いて倹約するという文化により、本源的に需要不足の経済だからです。円高による需要抑制がこれに追い討ちをかけるというわけです。さらに、最近ではインフレよりもデフレが心配な物価動向が続いていますから、円高の物価押し下げ効果がむしろ有害なものとなりかねません。
 しかし、今回は円高と言っても水準的には充分輸出採算のとれるレベルです。更に重要なことは、日本製品と競合するユーロ圏や韓国といった地域の通貨が数年前に比べて格段に高くなっているということです。日本の主要貿易相手は米国と中国ですが、米国は製造業が空洞化していますからドル安が日本の対米輸出入数量に与える影響は限定的でしょうし、中国製品と日本製品との競合は価格と品質という比較ですからストレートに価格変動が影響するわけではありません。その意味では、ユーロ圏や韓国などの方が、日本との直接貿易のウエイトはさほど高くありませんが、日本製品の競争力という観点からすれば重要なのかもしれません。

 米国は、製造業が空洞化しているため、ドル安になっても輸出が増えたり輸入が減ったりするメリットは大きくないようですが、一方で米国の輸入がドル建てで行なわれているため、ドル安が輸入インフレをもたらすといったデメリットも小さいようです。

 中国は、人民元の対ドルレートが緩やかに上昇していますが、他の通貨の対ドルレートがそれ以上に上昇しており、競争力はむしろ増しているかもしれません。それが国内経済の過熱を招くという懸念も聞かれますが、輸出産業の生産や設備投資が問題とされているわけではなく、それ以外の投資の過熱が問題となっているわけですから、国内の金融を引き締めれば良いのであって、ドル安のデメリットが大きいとは言い難いでしょう。

 産油国などには、ドル安によって受け取ったドルの価値が低下するというデメリットが生じているはずですが、原油価格の高騰により、それを補って余りある利益が上がっているというわけです。

(基軸通貨は安泰)
 ドル暴落といった事態に陥れば、世界経済は大混乱に陥るでしょう。しかし、それはドルという通貨に対する信認が揺らいだ場合のことでしょう。今回は、ドルという通貨に対する信認は保たれている中で、単に景気局面的にドルが売られているという面が強いようですから、暴落の心配はないでしょう。
 むしろ、緩やかなドル安は、将来的なドル暴落といった事態を予防する効果があるかもしれません。まず、空洞化しているとは言っても米国にも製造業は存在しており、自国通貨安が貿易収支を改善する効果が少しは見込まれるでしょう。また、対外純資産のマイナスが自動的に縮小する効果もドルの信認維持に役立つでしょう。米国の対外負債はドル建てが圧倒的に多いでしょうから、ドル安の直接的な影響はありませんが、米国の対外資産は非ドル建ても多いでしょうから、ユーロ等が対ドルで高くなれば、その分だけ自動的に米国の対外資産は増加することになるからです。

 長期的に見れば、ドルの基軸通貨としての機能は弱まっていくでしょう。通貨をユーロにペッグする国が増える、貿易をユーロ建てで行なう地域が拡大する、といった事は考えられるでしょうし、各国が外貨準備に占めるドルのウエイトを下げていくことも考えられるでしょう。しかし、それはドル安の影響というよりも、中・東欧、ロシア、アフリカといった諸国の経済がユーロ圏と密接に結びついていることによる面が強いように思われます。
 また、こうした動きが直ちに基軸通貨の交代につながるとは考えにくいでしょう。数十年先はわかりませんが、現在のところ、政治、軍事はもとより、経済面でも米国経済の活力は抜きん出ており、これと比較すると、ユーロはグローバルな基軸通貨としての役割を担うには実力不足でしょう。「偉大なるローカル通貨」が通用する地域が広がったとしても、ユーロはあくまでもローカル通貨にとどまるでしょう。

(ドル安は続くか)
 誰も困っていないということは、ドル安が更に進むのでしょうか。それは市場に聞くべき問題でしょうが、仮にドル安が進んだとしても、それを止めようという動きは出て来ないかもしれません。
 数年前に円高防止のための大量介入を行なった日本も、前回介入した対ドルレートのレベルで介入することは考えにくいでしょう。
 大量の個人マネーが外貨建て投信の形で流出しているようですが、こうしたマネーが「ドル安は日本政府が介入で阻止するだろうから、為替リスクは小さい」と考えているとすれば、多少の警戒感は持っておいた方が良いのかもしれませんね。


i :輸出価格低下のデメリットは専ら企業部門が負担する一方で、輸入価格低下の影響は円高メリットの波及という形で消費者に及びます。また、製品輸入価格の下落は、競合する国内メーカーに対して値下げ圧力となり、メーカーから消費者への所得移転が起こります。



 


以 上

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