2008年01月30日

塚崎 公義

 

世界を混乱させた「金融先進国」


(はじめに)
 サブプライム問題の影響が益々深刻化してきました。 サブプライム・ローンの焦げ付きも問題ですが、サブプライム・ローンが証券化されていたことが事態を深刻化させた面が大きいと思われます。 今回は、この点について考えてみましょう。

(不良債権問題は中規模)
 証券化がサブプライム問題を深刻化させたと言うと、「銀行がサブプライム・ローンを貸す際に、証券化することを前提にしていると、借り手の返済能力に関する審査が甘くなる」という指摘が先ず思い浮かびます。 たしかにそうした面はあるでしょう。
 しかし、それは今次騒動のキーポイントではありません。 というのは、今次騒動に於ける不良債権問題自体は、日本のバブル崩壊時と比べて遥かに軽微だと考えられるからです。
 日本のバブルは、商業地の地価が高騰し、商業地の担保価値を当てにした貸出が地価の下落で焦げ付いたというものでした。 地価の値上がり率と値下がり率が大きかったということもありますが、何よりも返済原資が当該土地の売却だという貸出が多かったわけです。 一方で、今次米国の住宅バブルは、値上がり率もそれほど高くありませんし、何よりも住宅ローンは原則として借り手の所得を返済原資とするものですから、住宅価格の値下がりが不良債権に直結するということではありません。
 サブプライム・ローンは、その例外ということなのでしょうが、その規模は1.6兆ドル程度と言われており、仮に住宅価格の下落率が20%でその半分が銀行の負担になったとしても、全米の銀行を合計した損失額は1600億ドルに止まります。 シティバンクだけで一昨年の利益が200億ドルあったことを考えれば、この数字は深刻な影響を及ぼすようなものではないでしょうし、銀行が自己資本不足に陥って貸し渋りをするといったことも考え難いでしょう。 ちなみに、住宅価格の下落率20%という数字は、過去10年間の実質住宅価格が1.5倍にしか上昇していないこと、その間に人々の所得も増加していること、などを考えれば、それほど楽観的な予測とは言えないでしょう。
 つまり、仮に米国の焦げ付いたサブプライム・ローンが総て銀行のバランスシートに残っていれば、そして銀行が時間をかけて担保不動産を処理していく方針を立てたとすれば、これほど大きな問題にはならなかったはずなのです。

(景気への悪影響も中程度)
 もちろん、そこそこの規模のバブルが崩壊したわけですから、景気への影響は避けられません。 第一は、バブル期の反動であり、第二は、不良債権処理の影響です。
 第一に、住宅投資や消費が「実力」以上に行なわれた分だけ、バブル崩壊後には「実力」以下に落ちることは当然でしょう。 住宅投資や消費の「実力」が100だとして、バブル期が101であれば、崩壊後は99となり、後に100に戻ります。 この際、バブル期に1%押し上げられた増加率が、バブル崩壊後に2%押し下げられるので、バブル崩壊の影響は比較的大きく感じられる場合があります。 バブルが5年間続いたあとで崩壊すれば、崩壊後に95となり、増加率が6%押し下げられる可能性もあるでしょう。
 ここで問題なのは、「事態の悪化が予想を超えたものだ」という印象を持つ人が多いことです。 株式市場も、「予想以上に事態は悪化している」として何度も急落しています。 そのメカニズムとして、まず、人間の想像力は乏しいもので、どうしても予測が現状に引きずられるという面があります。 したがって、住宅投資が落ちることは予想しても、「せいぜい101が100になる程度だろう」と考える人が多いはずです。 それが99になり、95になる過程で、予想以上の悪化と感じられるというわけです。
 中には、悪化を予想していない人もいるでしょう。 「米国の住宅需要は伸びる」と信じてきた人々は、「実力」が100から101に変化したのだと考えているでしょうから、101から100に落ちただけでも驚き、101に戻る筈だと考えるでしょうし、実際には更に落ちていくわけですから、理解不可能なことが起きているように感じるかもしれないでしょう。

 第二に、不良債権の処理が景気の悪化を加速する可能性があります。 不良債権処理で担保の住宅が一斉に売りに出され、住宅価格が下落することが、住宅投資と消費の両面から実体経済に悪影響を与えることになりかねません。 住宅価格が下がれば、住宅を新築せずに中古を買う人が増えたり、更には値下がり期待で買い控える人が出てきたりするでしょう。 住宅を担保に借金をして消費に充てる人が米国には大勢いますが、そうした消費が困難になることも、景気を下押しするでしょう。 「銀行が不良債権を処理したことで自己資本不足に陥って貸し渋りを行なう」といった可能性もあります。 一行だけが不良債権を処理すれば、それほどの損失にならない場合であっても、全行が一斉に処理すると、担保不動産の競売が殺到して買い手がつかず、銀行の回収額が思いのほか減少する可能性もあるからです。
 銀行が不良債権を時間をかけて処理していけば、こうした悪影響は緩和出来るのですが、[1]米銀は邦銀に比べて「不良債権を迅速に処理すべきだ」と考える傾向が強いこと、[2]住宅ローンが証券化されているので権利者が複数存在していて貸出条件の変更などが行ないにくいこと、などが影響して焦げ付いた住宅ローンが競売に結びつきやすいようです。

 しかし、これも深刻度は中程度でしょう。 バブルの規模が中程度でしたから、その反動も中程度にとどまるでしょうし、サブプライム・ローンの担保物件が全米の住宅に占める比率はさほど高くありませんから、競売が相次いでも価格の下落はそれほど激しいものとはならないでしょう。 「米国人が消費好きであるために潜在的な需要が強く、少し金利を下げれば景気が底支え出来る」、という面が日本よりもはるかに強いことにも留意が必要です。 「倹約家の国民がデフレ下で貯蓄に励み、金利ゼロでも借入需要が伸びなかった」という日本とは状況が異なると考えてよいでしょう。

(最大の問題は証券化商品の暴落)
 サブプライム問題の深刻さを理解する鍵は、サブプライム・ローンを証券化した商品の価格が暴落しているということでしょう。 本来、証券化商品の「妥当な」流通価格は、「住宅価格がどの程度下落するのかを予想し、その場合に当該商品にパッケージされている住宅ローンがどの程度回収出来るのかを予想する」ことにより、形成されるはずです。 そして、それが当該商品を保有している投資家の決算に反映されるはずです。
 しかし、実際の流通価格は「妥当な」価格を大きく下回っています。 投売りや換金売りが出ている一方で、買い手がほとんどいないため、非常に低い価格でしか取引されていないようです。 こうした価格で売りたいと思う投資家は少ないでしょうが、「投資家自身の資金繰りが悪化しているので、売れるものは値段を見ずに売らざるを得ない」という投資家は少なくないようです。 また、投資家の中には「損切り」というルールを設けている所も多いようで、社内ルールで「投資物件が一定幅以上の値下がりをしたら、売りたくなくても売る」と定めている場合には、やはり売らざるを得ないことになるでしょう。
 証券化商品が複雑に組まれているため、どの商品にどのようなサブプライム・ローンが組み込まれているのかが投資家にわかりにくく、疑心暗鬼からの売り物も出ているようです。 また、「不良債権は早期に処理するべきだ」という風潮も、こうした売りを加速しているかもしれません。 「サブプライム・ローンを証券化した商品を持っているというだけで株主に嫌われるので、売りたくないが売らざるを得ない」と考える投資家もいるからです。
 多くの投資家は、売らずに事態の回復を待っているでしょうが、その間に決算期が来れば、暴落した流通価格で保有商品を評価しなければなりません。 したがって、決算上の損が出ることは避けられません。 混乱が収まれば、証券化商品の価格が戻り、投資家のバランスシートも回復するでしょうが、それまで如何に耐えるかという問題があるわけです。
 大手金融機関の中には、途上国の政府に「法外な」条件で出資を頼んだ所もあるようです。 これは、既存の株主の利益を損なうのみならず、安全保障上も深刻な問題に繋がりかねないものであり、事態収束後も大きな傷跡となりかねません。
 こうした状況下、世界中の株価が大きく値下がりしています。 世界の株式時価総額の減少幅は、サブプライム・ローンの回収不能額とは比較できないほどの規模となっています。
 日本よりも遥かに小さなバブルで世界に激震を与えていることを考えると、彼等のバブルが日本と同じ規模であったら何が起きていたのか、考えるだけで恐ろしくなります。

(証券化が悪いとは言わないが)
 証券化商品の価格が暴落している今一つの要因は、特殊な商品であって流動性が乏しいために、ひとたび市況が悪化すると買い手が見つかりにくいという点にあります。 普通に住宅ローンを証券化した商品であれば、流動性がありますから、住宅ローンの不良債権化する確率を織り込んだ価格(あるいは若干それを下回る価格)で取引されることもあるでしょう。 しかし、今回問題となっている商品は、そうした通常の証券化商品を集めて再度組みなおした特殊な商品で、流動性がほとんど無いと言われています。
 何故そうした商品が作られていたかと言えば、投資家としての銀行が、BIS規制を気にして、「格付けが高くて利回りも高い商品」を望んだからです。 そうした商品は、レバレッジがかかった特殊なものですから、流動性が低く、誰かが売っただけで価格が暴落するという性質を持っていたというわけです。
 このように、今回の不運は、証券化とBIS規制が複合作用を起こして流動性が低い商品を大量に生み出し、そうしたリスクを十分に回避しないままに金融機関が証券化商品に投資をしてしまったという所にあるようです。
 証券化のスキーム自体は、金融の円滑化に大いに資しており、一方でBIS規制のスキーム自体も、金融機関の健全化に大いに資しており、いずれも必要不可欠なものと言えるでしょう。 したがって、証券化を禁止したりBIS規制を廃止したりすることは考えられません。 そうであれば、今回のような複合作用が起こり得ることを投資家がよく理解し、同じ失敗を繰り返さないように注意深く行動するということに尽きるのではないでしょうか。

(それでも米国崇拝は続くか)
 10年前、日本が金融危機にあえいでいたころ、グローバル・スタンダード信仰という形の米国崇拝が蔓延していました。 その後の米国は、LTCM危機、ITバブルの崩壊、エンロン事件等を経験しましたが、米国崇拝論者は根強く残っています。 今回も、米国崇拝は続くでしょう。
 もちろん、米国には、優れたところが沢山あります。 第一に、理屈が単純でわかりやすいことです。 「政府の裁量ではなく、市場が決めるべき」「悪いことは悪いので、避けるべき」といった理屈は、(それがベストな結果をもたらすか否かという問題は別として)、誰にでも理解でき、賛同も得やすいものでしょう。 第二に、失敗に学ぶ姿勢が素晴らしいことです。 「新しいことにチャレンジすれば失敗はあるでしょうが、失敗に学べば成長するのであって、何もせずに何も失敗しないよりも良い」といった価値観があるのでしょう。 わざわざ大西洋を渡って来た人々の子孫ですから、日本人とはDNAが相当異なっているようです。

 上記のように、世界の人々が米国流を高く評価していることは、理解出来ないことではありません。 しかし、日本にも日本のよい所はあり、日本流を一刀両断に否定してしまう必要は無いように思います。 米国には尊敬すべき点が多いことを認めつつも、日本には日本のやり方もあり、一長一短であるという捉え方がフェアであるように思われます。
 米国崇拝論者の中には、「米国は先進的な金融技術を持っていて、日本は遅れている」「邦銀は不良債権を抱え込んで処理を先送りしたから悲惨な事態に陥ったので、米国式を採用すべきだった」と言う人もいましたが、そうした論者は昨今の状況をどういう思いで見ているのでしょうか。



 


以 上

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