2008年10月01日

塚崎 公義

 

日米経済のデカップリングは可能か


(はじめに)
 米国経済は、住宅不況、金融危機、原油高の三重苦により低迷しています。日本経済も景気が後退していますが、米国が回復する前に日本経済が回復する「デカップリング」となる可能性はあるのでしょうか。
 米国で金融安定化法案が否決されるなど、不確定要因は数多くありますが、あえて明るいシナリオを考えてみることにしましょう。

(住宅不況)
 米国に於ける住宅バブル崩壊の第一の影響は、住宅不況です。住宅が建ちすぎたので需給関係が崩れて価格が急落し、新規に住宅を建てる人がいなくなって大工さんが失業している、というわけです。
 住宅投資はGDPの一定割合を占める重要な需要項目で、通常であれば金融緩和に対して敏感に反応するために景気対策を効きやすくする要因なのですが、今次局面ではバブル崩壊後の需給の崩れによって金融緩和によっても需要が顕在化しないという事態に陥っているわけです。
 住宅不況は、日米デカップリングの可能性を高める要因です。住宅投資が減ると困るのは米国の大工さんで、日本経済ではないからです。もちろん、失業した大工さんが、買う予定だった日本車を諦める、といった影響はあるでしょうが、間接的なものにとどまるわけです。

(金融不況)
 米国に於ける住宅バブル崩壊の第二の影響は、サブプライム問題に代表される金融不況です。これは、一義的には金融業界の話であり、邦銀の被った損失が限定的であったことを考えると、日本の実体経済に与える影響はそれほど大きくないと思われます。日本の株価が大幅に値下がっていますが、これは金融現象として下がっている面が強く、日本経済の先行きを懸念して下落している部分は一部でしょう。
 もっとも、10年前の日本の金融危機を思い出せば、安心は出来ません。銀行部門が一定以上の損失を抱えると、金融危機が発生して実体経済に多大な悪影響を与えることになりかねないからです。
 銀行が不良債権の多発によって「アツモノに懲りてナマスを吹く」ようになること、銀行の自己資本が減ることでBIS規制の制約から銀行が貸せなくなること、銀行の破綻が増加することによって銀行間資金貸借市場への資金の出し手が減ったり取り付け騒ぎが心配になったりして、各銀行が手元に現金を保有するために貸出を絞ること、等々の経路によって、銀行から資金が出て行かなくなる可能性があるわけです。
 そうなれば、銀行決算悪化→貸し渋り→不況深刻化→更なる銀行決算悪化、といったスパイラルに陥り、米国人がモノを買わなくなり、日本の輸出が激減する、といった可能性もあるでしょう。米国政府の対策がスパイラルに陥ることを回避出来るのか否か、日本経済にとっても正念場だと言えるでしょう。

(原油高)
 米国はガソリン大量消費社会ですから、原油価格が高騰し、ガソリン価格が高騰し、米国の消費者がその分だけ他の消費を控えるとすれば、大きな影響が出かねません。ガソリン価格高騰によって自動車販売が落ち込むといった影響も出ているようです。もっとも、米国は産油国ですし、メジャーも抱えていますから、原油高はマイナスばかりではないでしょう。自動車販売も、今後は低燃費車への買い替えの動きが出てくるでしょうから、持ち直して来るでしょう。
 更に言えば、一次産品価格が全体として高騰している中で、食料価格の高騰は食料輸出国である米国にプラスに働くでしょうから、そうした影響まで含めて考えれば、一次産品価格高騰の米国経済への影響は限定的だと言えるでしょう。
 一次産品価格の高騰がインフレを招き、金融引締めによって景気が悪化する、という場合は別ですが、そうした事態にも陥っていないようです。

(日米デカップリングの可能性)
 上記を総合的に考えると、金融危機と景気悪化のスパイラルさえ回避できれば、米国の景気悪化が日本経済に及ぼす悪影響は、それほど大きくないのかも知れません。
 一方で、中国経済は、9%程度の成長が出来そうだとすれば、日本からの輸出もある程度の増加は続けることが出来るでしょう。
 産油国などの需要も爆発的に伸びていますから、ここでも品質の高い日本製品は需要の増加が見込めるでしょう。
 エネルギー価格の高騰と地球温暖化対策への取り組みは、省エネ性能に優れた日本製品が世界市場に於けるシェアを高める方向に作用するでしょう。
 このように、対米輸出の落ち込みを補う要素も数多くあるため、輸出全体として大幅に落ち込んで景気の足を引っ張るとは限らないでしょう。
 そうした中で、日本の景気に大きな悪影響を及ぼしているのは一次産品価格の高騰です。日本は一次産品の多くを輸入に頼っていますから、これはアラブの王様等々が高率の消費税を課しているのと同じことです。小売価格に転嫁すれば個人消費が落ちるし、転嫁しなければ企業収益が落ちますが、いずれも景気に悪いことに違いありません。
 そうだとすると、今の日本経済にとっては、米国の景気悪化よりも一次産品価格の高騰の方が悪影響が大きいということになります。ちなみに、2008年前半の貿易統計によれば、原油輸入金額は対米輸出金額よりも大きく、食料・原燃料輸入金額は欧米向け輸出金額より大きくなっているわけです。欧米向け輸出が1割減る一方で一次産品価格が1割下がれば、受け取る輸出金額よりも支払う「消費税」の方が大きく減少するのです。
 そうだとすると、米国の景気悪化→一次産品の世界的需給の緩和観測→投機的資金の一次産品市場からの流出→一次産品価格の急落→日本経済の回復、といった可能性が、全く無いというわけでもなさそうに思われますが、いかがでしょうか。

(金融メルトダウンは回避出来るか)
 米国の下院が、金融安定化法案を否決しました。「納税者の資金でウォール街を救うことはダメ」ということのようです。
 心情的には分かりますが、ウォール街を救わないと納税者も一緒に沈むのです。手が「口ばかり美味しい物を食べているのはケシカラン」と言って食べ物を口に運ぶのを止めてしまう、というようなものです。したがって、この法案は、「結局は納税者の資金で納税者自身を救う法案」なのです。
 そのことを議員が理解していなかったのか、議員は理解していても納税者を納得させる自信がなかったのか、いずれにしても残念なことです。
 もしもこのまま公的資金投入が出来なければ、金融システムのメルトダウンといった可能性を含めて、相当深刻な事態も予想されるところです。

 もっとも、別の理解が可能かもしれません。多くの議員が可決を望みながらも、「法案はどうせ可決されるだろう。それならば、自分は反対票を投じて人気取りをしよう」と考えていたのかもしれません。そうだとすれば、反対票を投じた議員自体でさえも望んでいなかった結果となった、ということになるでしょう。
 そうであれば、似たような法案が今一度提出された時には、多くの議員が賛成票を投じるでしょうから、法案は可決されるでしょう。

 今一つの可能性は、否決してみたら株価が暴落し、ようやく納税者が困ることが議員にも理解できて、次に似たような法案が提出された時は無事に通過する、ということが考えられます。

 いずれにしても、早期に安定化策が実施されることを祈って止みません。



 


以 上

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