2008年10月14日

塚崎 公義

 

日本のバブル処理に学ばなかった米国


 



(はじめに)
 90年代の邦銀のバブル処理の拙さを物笑いの種にしていた米国で、金融システムが危機に陥りました。バブルの規模自体が日本よりも遥かに小さかったにもかかわらず、です。今回は、バブル処理の日米比較について考えてみましょう。


(邦銀が先送りした理由)
 邦銀は、バブル崩壊後に不良債権処理を先送りしました。その理由として、「あれほど事態が悪化するとは予想できなかったので、いつかは事態が好転すると考えて待っていたから」、「他行が黒字決算なのに自行だけ赤字決算をするわけにいかないから」、等がありますが、他にも様々な理由が考えられます。
 まず、不良債権だと認定すると引当金を積まざるを得ず、自己資本が減少します。それにより、BIS規制 が守れなくなって貸し渋りをせざるを得なくなると、利鞘収入が減るばかりではなく、銀行の評判も落ちるでしょう。悪くすると、経営状態が悪いと思われて取り付け騒ぎに会い、倒産してしまうかもしれません。
 また、不良債権だからといって、すぐに担保を競売すると、二束三文で買い叩かれる可能性がありますから、借り手を生かしておいて、少しづつでも返済させる方が、最終的な回収額は多くなる場合が少なくありません。
 当時の邦銀には、不良債権であるか否かという認定に関して幅広い裁量が認められていましたから、不良債権処理を先送りして、業務純益の範囲内で時間をかけて処理していく、という選択肢が合理的だったわけです。実際には、地価が予想外に下落を続けましたし、97年には「不運」にも金融危機が生じましたから、後から考えれば早く処理しておけばよかったようにも思われますが、当時の判断としては、誤まっていなかったと思います。

 一方で米国金融機関は、住宅バブルが崩壊した後、不良債権処理を積極的に進めました。「不良債権の認定に関しては、裁量の余地が少ないために認定して引当金を積まざるを得なかった」、「不良債権は早期に処理するべきだと考えて自発的に最終処理を進めた」、「決算時に不良債権残高が多いと市場の評価が下がるから、止むを得ず最終処理を進めた」、「他行が処理するだろうと考えて、値下がる前に売っておこうと考えた」、等々の理由によるのでしょうが、いずれにしても、邦銀とは異なる手法を採ったわけです。
 これには、住宅ローンそのものの処理(担保となっている住宅の競売等々)および、住宅ローン担保証券の売却がありました。特に話題となったのは、流動性の乏しい担保証券が大量に売りに出されたことによって価格が暴落し、本来の価値よりも遥かに低い価格で売却されたことです。
 これにより、銀行はBIS規制が厳しくなって貸し渋りを余儀なくされましたし、証券会社も投資家も大きな痛手を被むり、破綻に追い込まれる所も出てきたわけです。


(処理は合成の誤謬を招く)
 邦銀が先送り出来たのは、裁量の余地が広かったことに加え、大蔵省が暗黙に先送りを容認していたからでもあります。これに対しても、批判がありました。
 しかし、一部の銀行だけが不良債権を抱えている場合ならばともかく、銀行業界全体として巨額の不良債権を抱えている中で、各行が一斉に不良債権を処理したら、担保不動産の競売が殺到して買い手がつかなくなったでしょうし、倒産が多発して大不況になり、新たな不良債権が大量に発生していたでしょう。米国で何が起きたのかを見れば、「全行が一斉に不良債権を処理すると合成の誤謬で悲劇が起きる」ということがよくわかります。

 そう考えると、大蔵省が銀行の先送りを容認していたことも、判断として誤りではなかったと思います。
 もっとも、米国が日本の正しい経験に学ばなかったことは、ある意味で仕方のないことです。日本で97年に金融危機が起きたのを見て、「先送りしたから危機が起きたのだ」と考えてしまったのでしょう。経済は実験が出来ませんから、「処理していれば危機が起きなかった」のか、「処理していたら、更に深刻な危機に陥っていた」のか、処理して見るまでは分からないからです。

 なお、個別行の判断として、「後から考えれば早く処理しておけばよかったようにも思われますが」と上に記しましたが、マクロ的に見れば、個別行が先送りをしたことは幸いなことでした。各行が処理をするか否かという問題を考えると、「各行が処理しないから価格が下がらず、従って各行には処理を急ぐインセンティブが乏しい」という場合と、「各行が処理するから価格の低下が予想され、従って各行には処理を急ぐインセンティブが強まる」という場合があるわけで、これは均衡点が二つあることを意味しています。邦銀は前者の、米銀は後者の均衡点で推移した、というわけです。


(金融システムはダムである)
 金融システムが悪化しても、ある程度までは実体経済にあまり影響を与えません。しかし、ある程度以上に悪化すると、実体経済に深刻な悪影響を及ぼすようになります。ある程度までの洪水はダムが止めるが、それ以上の洪水でダムが決壊すると下流への被害は甚大となる、というイメージです。
 そうしたメカニズムには、BIS規制を通じたものと金融市場を通じたものがあります。
 第一のメカニズムは、「BIS比率が9%から8%になっても何も起きないが、8%が7%になると貸し渋りが生じる」ということです。貸し渋りは景気を悪化させて不良債権を増加させ、銀行の自己資本比率を低下させますから、一度このメカニズムが働くと、悪循環に陥ることになります。
 第二のメカニズムは、金融機関が倒産する可能性が出てきて、金融機関相互の資金貸借が止まることです。そうなると、必要な時に資金が借りられないと考えた銀行が、貸出を抑制して手元に現金を置くようになります。全行が一斉に貸出を抑制すると、マクロ経済には大きな悪影響が生じ、これが一層金融システムを傷つける、という悪循環に陥ります。


(米国が学ぶべき失敗はダムの決壊)
日本の失敗は、ダムを決壊させてしまったことです。三洋証券の破綻に際してコール市場で10億円のデフォルトが生じ、これが金融機関相互間の資金貸借を凍りつかせ、北海道拓殖銀行と山一證券の資金繰りを破綻させたほか、広く銀行の貸し渋りを招いて景気を急激に悪化させたのです。
 米国が日本から学ぶべきであったのは、ダムを決壊させたことが失敗だったということです。
 しかし、米国はリーマン・ブラザーズが破綻するのを助けずに見殺しにするという誤りを犯しました。リーマンを見殺しにすれば、次にはAIGが標的となることは容易に予想が出来たはずであるのに、です。
 「金融システムが傷んでいることが被害の本質であって、リーマンを助けても問題は解決しない」と考えたのかもしれませんが、ダムの決壊を防ぐ努力と決壊したダムの洪水を止める努力では桁違いだということを日本から学ばなかったとしか言いようがありません。

 米国が今一つ学ぶべきであったのは、危機に際して税金で銀行を救う事に対して世論の支持を得るのが困難だ、ということ、従って、事前に救済策の枠組みを定めておくべきだ、ということでしょう。しかし、自己資本規制を強化する、といった逆療法が導入されただけで、危機への対応策は何も準備されていませんでした。
 自己資本規制の強化は、危機を予防することには何がしか役立つのでしょうが、ひとたび危機が発生すると、金融危機→貸し渋り→景気悪化→不良債権増加→更なる貸し渋り、といった悪循環を招く要因となるだけで、危機を止める方向には作用しないのです。
 もっとも、この点については日本も学んでおらず、仮に今一度金融危機が発生した時に、再び住専騒動のような「民主主義のコスト」を払うことになるかもしれません。今回の米国の危機に学んで、体制の整備が望まれるところです。

 今回は、以上です。



 


以 上

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