2008年10月20日

塚崎 公義

 

景気は遠からず底を打つ


 



(はじめに)
 金融危機が収まったと思ったら、今度は景気悪化を材料に株が売られています。景気はそれほど心配な状況なのでしょうか。今回は、日米の景気について考えて見ましょう。


(一命を取り留めた世界の金融システム)
 リーマン破綻により突如金融システムに激震が走り、金融市場が機能停止に陥ってから、約一ヶ月の混乱を経て、ようやく米国政府が「金融危機回避のためなら何でもする」という姿勢を打ち出しました。これで、世界の金融システムはメルトダウンの危機を脱し、「一命を取り留め」ました。
 金融市場は、正常化したとは言い難い状況ですが、米国政府の断固たる姿勢が揺るがない限りは、再びメルトダウンの心配をすることにはならないでしょう。
 これは、決定的に重要なことです。瀕死の病人が一命を取り留めた時点では、決して元気ではありませんが、医者に向かって「私はちっとも元気じゃない」と文句を言う事はないでしょう。どこまで治るのか、どれくらい時間がかかるのか、不安が残るとしても、安心感は何にも代えがたいものです。
 「メルトダウンの可能性に怯えていた段階」から「時間さえ経てば回復に向かうと信じられる段階」になったのですから、消費者心理、企業家心理、投資家心理、等々の総てが遠からず劇的に改善するでしょう。


(米国の景気回復は、それほど遠くない可能性)
 米国の経済指標が急激に悪化しており、景気の先行きに対する暗い見方が増加していますが、これは悲観しすぎでしょう。金融市場が機能停止していた1ヶ月間は、その前後とは比較にならないほど大きな悪影響が実体経済に及んでいた時期ですから、「統計的に非連続な異常値」であると考えるべきです。9月と10月の統計は、8月以前とも11月以降とも連続していないので、11月以降を予想する際にはミスリーディングだと考えるべきなのです。
 米国のバブルは住宅建設に限られていましたから、米国経済全体が痛んでいるわけではありません。大工さんと金融マンが失業しているに過ぎません。住宅着工は既に激減していますから、今後は「低水準横這い」であって、これ以上減ることはないでしょう。金融機関のリストラは、いま少し続くかもしれませんが、これも年内には終了するでしょう。
 問題は、金融危機時に売れ行きが鈍ったことが引き金となり、「売れない→作らない→雇わない→もらえない→買えない→売れない」という悪循環が発生しないか、ということです。
 これについては、「金融危機と不況では先行きの見通しが全く異なるので、過度な心配は無用」だと思われます。
 金融危機は、ある瞬間を境に劇的に事態の悪化が進行し、対応は一刻を争うのですが、一方で政府は対応に不慣れでミスを犯す可能性も高く、納税者も金融機関を救うことに消極的です。したがって、一歩間違えると金融システムがメルトダウンする可能性が否定出来ないわけです。特に今回は大統領選挙前後の政治の空白期間に危機が深刻化する可能性が懸念されたわけです。
 一方で、不況は対応が多少遅れたところで、劇的に事態が悪化するわけではありません。そもそも政府が通常の不況に対する対処法は熟知していますから、大きなミスを犯す可能性は大きくありません。そして、納税者も不況で中小企業が困っていると聞けば、銀行救済のための出費よりも遥かに柔軟に応じてくれるでしょう。
 おそらく、1−3月期のGDPは、リバウンドでプラスとなるでしょう。設備投資と住宅投資はタイムラグが長いためにマイナスとなりかねませんが、個人消費は10−12月期に落ち込んだ反動に加えてマインドの回復も見込まれるため、これを補うでしょう。ガソリン価格の低下も、個人消費には追い風でしょう。
 その後も基調としてはプラス成長が続くでしょう。景気の山と谷をどのように定義するのか、という問題はありますが、景況感としては、年明けとともに徐々に持ち直してくるのではないでしょうか。


(米国景気後退の日本への影響は限定的)
 「米国の景気が後退したのか否か」を判断する材料としては、米国の成長率が重視されますが、「米国の景気悪化が日本に与える影響」を考える際には、米国の成長率を見ることがミスリーディングとなる場合があるので、注意が必要です。
 米国人が支出を減らした場合に、米国企業の売上が減るのであれば、米国の成長率は落ちますが、日本への影響は軽微です(消費が減って輸入が減らず、GDPが減る)。一方で、米国人が支出を減らした場合に、日本企業の売上が減るのであれば、米国の成長率 はさほど落ちませんが(消費と輸入が減ってGDPは不変)、日本への影響は深刻です。ITバブルが崩壊した際は後者の、今次住宅バブルが崩壊した際は前者のケースに当たります。住宅バブルが崩壊しても、米国の大工さんが困るだけで、日本企業は直接には困りません。金融危機も、一義的には米国の金融機関が困るのであって、日本企業は直接には困りません。したがって、米国のGDP成長率が低下するわりには、日本経済の受ける打撃は大きくないはずです。
 リーマン・ショックは、米国の景気を一時的に落ち込ませましたが、比較的短期間で金融機能が回復に向かいましたから、金融業界を除けば、影響は限定的であったと期待されます。金融機関に勤めていた高給取りが失業したことは、米国経済には痛手かもしれませんが、日本製品の買い手に占める彼等のウエイトが高いとは考え難いでしょう。


(日本は年明けから回復に向かう可能性)
 日本経済の基調は健全です。バブルに踊ったわけではないので、家計も企業も金融機関もバランスシートはそれほど痛んでいませんし、企業が過剰な設備、人員、負債を抱えているわけでもありません。
 リーマン・ショック以前は、景気の減速も小幅でした。一次産品価格の高騰が「消費税」として景気を圧迫してきましたが、インフレ懸念が無い中では金融政策の足枷にはなりませんでした。米国の住宅バブル崩壊は、一義的には米国の大工さんを失業させただけで、日本の輸出を落ち込ませたわけではありませんでした。
 上記のとおりだとすれば、米国発のリーマン・ショックが日本経済に与えた影響も、実体経済面、金融システム面ともに限定的だった模様です。
 一方、米国の景気後退観測などを受けて、原油価格などのバブルが崩壊し、一次産品価格が暴落しました。日本の原油輸入額は対米輸出額よりも大きく、一次産品輸入額は欧米向け輸出額よりも大きいので、これが半額になれば、対米輸出、対欧輸出が相当減っても、影響は容易に相殺されるでしょう。アラブの王様が課していた巨額の消費税を撤廃したようなものだからです。ガソリンにように既に小売価格が下落しているものもありますし、タイムラグを経て値下がりするものもあるでしょう。原料高を転嫁できずに苦悩していた企業が一息つく場合もあるでしょう。いずれにしても、景気には大いにプラスです。
 中国の高成長も支えです。中国経済が減速するのか否かわかりませんが、いずれにしても8%、9%といった高い成長が続くでしょうから、日本経済の下支え要因としての役割は充分に果たしてくれると思います。米国経済後退によって中国経済も後退する、という可能性は大きくないでしょう。中国経済は、日本の高度成長期のようなものですから、消費も投資も需要は無限にあります。加えて、財政金融政策の余地が充分にあり、しかも政府には財政金融政策の発動で景気後退を阻止する強いインセンティブがあるのです。貧富の差が激しい中国では、景気が後退すると暴動が発生するリスクが高まりますが、中国政府にとってチベットなどでの暴動を繰り返したくないという思いは強いはずだからです。


(懸念材料は散見されるが)
 もちろん、懸念材料が無いわけではありません。最大のものは、何といっても米国経済が予想以上に落ち込むリスクでしょう。仮に金融仲介機能が回復せずに貸し渋り等々が続くとすれば、政府の財政金融政策の効果が遮断されてしまう可能性もあるでしょう。しかし、中央銀行が潤沢に資金を供給するでしょうし、金融仲介機能が衰えた金融機関の分を健全な金融機関が補う(他行の顧客を奪う)動きも時間とともに顕現化してくるでしょうから、深刻な事態が続くことは考え難いでしょう。
 米国経済の底打ちとともに、原油価格等々のバブルが再発するという懸念もあります。しかし、今次暴落によって買い方は相当の痛手を負っているでしょうから、容易には再出動出来ないでしょう。需給が簡単には引き締まらないであろうことも、バブル再発を防止してくれるでしょう。米国経済は底を打つといっても急激な成長軌道に戻るわけではありません。一方で、原油価格高騰時に計画された省エネ投資等々が実行に移されてタイムラグを経て需給緩和圧力として効いてくるであろうことも、明るい材料です。

 今回は以上です。


i GDPの増加率。GDP=消費、投資等の合計−輸入



 


以 上

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