2009年09月30日

塚崎 公義

 

普通の不況で済んだ理由



(はじめに)
 「100年に一度」と言われた危機も、リーマンショック後半年程度で収束に向かい、世界恐慌が再来することもなく、今や既に「危機の後遺症としての、普通の不況」に「成り下がって」います。 せいぜい議論があるのは景気に二番底があるか否か、といった程度で、半年前とは緊張感がまるで違うわけです。
 今回は、その理由について考えてみましょう。


(金融ムラは大混乱したが)
 今回の危機は、「小さなバブルが崩壊しただけなのに、金融ムラが大混乱に陥った」所に特徴があります。 米国の住宅バブル自体はそれほど大きくありませんでしたが、住宅ローンを証券化した商品の所有者が狼狽売りをしたり、リーマンショック後に金融機関相互の資金貸借が凍りついたりしたのです。 金融ムラ内部での狼狽や相互不信が原因でしたから、各国政府が金融ムラの人々を安心させる政策を採ったことで、自ずと危機は収束に向かいました。 これが、危機が短期間で収束した主因です。
 (このあたりの事情については拙稿「日本のバブル崩壊に学ばなかった米国」を御覧いただければ幸いです。
 日本のバブル崩壊に学ばなかった米国(1)
 日本のバブル崩壊に学ばなかった米国(2)
 日本のバブル崩壊に学ばなかった米国(3)
 日本のバブル崩壊に学ばなかった米国(4)


(世界恐慌との比較)
 世界恐慌時は、先立つバブルが巨大なものでした。 今回の住宅バブルとは比較にならない投資が行なわれていたため、後遺症も今回とは比べ物にならないほど大きかったはずです。
 加えて、当時は財政金融政策なども適切に行なわれず、景気を不必要に悪化させたわけですが、今回はおおむね適切な財政金融政策によって危機が収束したわけです。
 その意味では、はじめから世界恐慌が再来する可能性は極めて小さかったわけであり、「100年に一度」という言葉が先行したことで世界恐慌の再来が想起された事は、不必要な不安を煽り、人々の財布の紐を不必要に締める結果となったわけで、残念な事でありました。


(オイルショックとの比較)
 オイルショックの結果、各国は激しいインフレに見舞われました。 その結果、各国の政府・中央銀行は厳しい引締め政策によって景気を「悪くさせる」政策を採ったわけです。 そして、充分に景気が悪くなって、インフレが再燃する懸念が消えたことを確認してから景気浮揚策を採ったのです。
 今回は、一次産品価格の暴落によりインフレ懸念が無かった事から、各国の政府・中央銀行は、はじめから景気を回復させる政策を採る事が出来ました。 これが、短期間で景気が底を打って回復に向かった一因です。


(資金繰り難と需要減少)
 「お金はあるけれど買いたくない」人が多い時には、需要を喚起する事は容易ではありません。 老後のために手元資金を貯蓄する消費者、工場の稼働率が低いために設備投資を手控える企業、などにお金を使わせる事は難しいでしょう。
 一方で、「買いたいけれどもお金が借りられない」人が多い時には、需要を喚起する事は容易です。 返済能力のある人がお金を借りられるようにすれば良いからです。
 通常の景気悪化が前者であるのに対し、今回の景気悪化は後者でしたから、政府・中央銀行が金融業界の抱える問題に対処するだけで、需要は容易に回復して来たわけです。
 金融の混乱に伴う一時的な需要の減退が、後遺症として「普通の不況(失業増加による消費減少など)」をもたらした点については後述します。


(経済のサービス化)
 先進国経済がサービス化している事も、不況の深刻化を防いでいる一因と考えられます。 景気が悪くなった時に、自動車や洋服の買い替えを我慢する人は多いでしょうが、家賃支払いや子供の教育費などを削る人は多くないでしょう。
 したがって、経済がサービス化すると、景気の波が小さくなる傾向があります。 今次景気の落ち込みも、耐久消費財を中心とした落ち込みは急激でしたが、サービス支出はそれほど落ち込みませんでした。 景気が際限なく落ち込む事が無かった要因の一つが、先進国経済がサービス化していた事だと言えるでしょう。 ちなみに、今次不況は米国が震源地であり、需要の減少は米国国内であったにもかかわらず、成長率の低下幅は日本の方が大きかったわけですが、これは、「米国経済がサービス化していて、米国人に対するサービスを提供するのが米国人であり、米国人の使う耐久消費財を作っていたのが日本人であった」、という事が影響しているわけです。 (この差は、日米の景気の連動性などを考える上で重要です。米国人が節約すると日本の景気が悪化するという現象は、ITバブル崩壊の時にも見られましたし、今後も繰り返されると考えておいた方がよさそうです。)


(新興国の成長)
 今回の特長の一つとして、中国をはじめとする新興国が成長を続け、世界経済を底支えしている事が挙げられます。
 中国は、輸出比率が高いため、米国の輸入減少が大きな打撃となりましたが、もともと国内に投資機会が豊富にあったこと、積極的な財政金融政策が機動的に採られたこと、などが奏効し、米国経済とは明らかに「デカップリング」しているわけです。
 中国など新興国の世界経済に占めるウエイトが過去と比べて格段に大きくなっていることもあり、こうしたデカップリングが世界経済の安定に寄与する度合いも大きくなっているわけです。


(日本の失業率は過去最悪だが)
 日本の失業率は過去最悪を更新しています。 これは、二つの要因が重なった事によるものです。 一つは、金融危機の後遺症としての不況です。 金融危機の影響で需要が減り、生産が減り、「派遣切り」などで失業が増えた、ということです。 しかし、失業率は景気変動に遅れて動くということを考えれば、過度な懸念は不要です。 失業率は上昇が続いていますが、景気はすでに底を打って回復をはじめていますから、タイムラグを経て遠からず失業率は低下に向かうと考えてよいでしょう。
 今ひとつは、日本企業の体質の変化です。 従業員の共同体としての企業であった時代には、雇用の継続が企業の最優先課題でしたから、不況期にも社内失業が大量に発生する一方で統計上の失業率は低いままに留まっていたわけですが、これが最近では「人件費を固定費から変動費に転換する」との流行に乗って「派遣切り」などが増えているわけです。したがって、社内失業と実際の失業を合計した「実質的失業」は、過去の不況期の方がはるかに多かった可能性が高いのであって、今回発表された失業率が過去最悪だからと言って、今次不況が過去最高の深刻度であると考えるべきではありません。
 普通の不況は放置しておくと深刻化します(消費減→生産減→雇用減→所得減→消費減といった悪循環に陥る)が、今回は金融機能回復に伴う消費・投資回復効果がこうした効果を打ち消すため、悪循環に陥ることは無いでしょう。 これは、企業家マインドや消費者マインドに大きく影響します。 人々が景気が悪くなりそうだと思うと、消費者は消費を控え、企業はリストラを行ないますが、景気が底を打ったと人々が思えば、消費者の財布の紐が緩み、企業もリストラを思い止まるからです。


(今後の注目は政策リスクとインフルエンザ)
 景気の短期的な落ち込み方はかつて無いほど急激でしたが、回復スピードもかつて無いほど急激であり、後から振り返れば到底100年に一度という「記念すべき」不況という事にはならないでしょう。
 雇用の悪化は消費の抑制要因ですし、設備投資も設備稼働率の低さなどを考えると急激には回復しないかもしれません。 しかし、生産が既に回復基調にあることを考えると、経済活動全般としての景気は回復を続けていくでしょう。 回復のスピードについては議論があるでしょうが、景気が再び悪化して100年に一度と呼ばれるに相応しい不況が来るとは考えにくいと思います。
 むしろ日本経済にとっての短期的な懸念材料は、政策リスクだと思います。 政策決定過程が大幅に変更される事に伴う混乱、既存の政策の見直しに伴う混乱などが懸念されるということです。 たとえば政府与党と官僚機構との対立によって予算編成作業が滞るといった事態になれば、景気に与える影響も大きいものとなりかねません。 しばらくは、こうした政策リスクを注視しておく必要があるでしょう。
 加えて、為替介入を行なわないという宣言が急激な円高を招くリスクなど、将来的な不確定要素が増加してしまう可能性にも留意しておく必要があるでしょう。 リーマン・ショックを見れば明らかなように、市場は乱暴で、政策に隙があれば思わぬ大混乱に繋がりかねないからです。 (そもそも、長期的に内需主導型成長を目指すことと、短期的に円高を容認することとは、全く異なることだと思いますが、その点については別の機会に)。
 新型インフルエンザに関しても、現在の所、弱毒性ということで、経済への影響はそれほど大きくならない見込みですが、突然変異で強毒性のウイルスが出現する等の場合には、経済活動に大きな影響が出かねませんから、今後の展開には注目しておく必要があるでしょう。

 今回は以上です。

 




 


以 上

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